夏、海、カツオ12
熱い砂浜を踏む足音がひとつ、ふたつ……無数に広がり、それはまるで蟻の大群のよう。頭の悪そうな色とりどりの髪は国境なき軍団にも見え、その実彼らはたいそう頭が悪かった。
手には大きなシャベル、近くのホームセンターで買ったものだろうかまだ値札のシールが付いていた、そして運搬用の一輪車が複数台、それとマスクとシュノーケル。何を目的にしているかはっきりと分かる点は評価に値する。
それが10数名と、なかなかの大所帯である。ゲートから入ってきた団体を迎えるのはダンジョンワーカーの面々だった。
横一列に4人は並び、1歩前に出たのは新堂だ。多勢に無勢ながら臆する様子もなく、ただ面倒事に対してはっきりと眉間に皺を寄せながら、間違って入ってきてしまった可能性を信じて口を開く。
「すみません、おたくら何もんですか? ここが私有地だと分かって入ってきてますよね?」
「なんだ? たった4人でやろうってのか?」
1人が言うと嘲笑が湧き上がる。質問にも答えず笑えない話に盛り上がりを見せる、怖いもの知らずの若者と看板をつければ動物園でも飾れるだろう。
新堂は対話を諦め後ろを見る。三者三様の表情でも特に目を引いたのは辛だ、体質ゆえ舞を心配することしか出来ないのにこんな些事に時間を取られ、今にも殴り殺しそうな目をしていた。
そうしたいのはやまやまなんだけど……。
心情は許しても社会が許してはくれない。現行犯逮捕はできるが過剰に痛めつけることは罪に問われる、かと言って他の誰かが助けに来てもくれず、
……あぁ、やだなぁ。
覚悟を決め、新堂はポケットに入れてある手帳を握る。
「不法侵入で警察呼びますよ」
「やれよ、どうせ奴らなんか入ってこれねぇよ」
「はぁ……」
ため息と共に取り出したのは警察手帳、未だ在籍扱いになっているため偽物では無い。
こういったことは珍しくなく、むしろ余計な手間を省くために会社から黙認されている。公務員が副業とは如何なものかという問いには聞かなかったことにするしかないが。
黄門様の印籠のごとく突き出された手帳には桜の代紋がきらりと輝き日本人なら誰しもがその意味を理解するだろう、案の定違法団体の面々も分かりやすくたじろいでみせるが、
「警察だ、現行犯逮捕する」
「――っち、やっちまえ! 証拠ならモンスターが食ってくれる」
何故だろう、追い込まれると悪人は皆同じ行動に出るのだ。
後先考えずに振られた拳は新堂の角ばった頬骨に当たり、体重が軽いこともあって無様に倒れる。砂が舞い上裸の身体を砂まみれにしながら、
「辛!」
「了解!」
……やりすぎるなよ!
言い忘れた言葉を胸の内に秘め、急ぎ立ち上がる。
「俺はな、歯医者が大っ嫌いなんだよ!」
やられたらやり返す、新堂は欠けた歯を吐き出しながら握り拳を相手の鼻っ面に突き立てる。まだ若い二十歳そこそこの男性は地面に倒れたまま鼻から血を流して起き上がる様子は微塵もなかった。
「あほらしいな、まったく」
4人目の相手を背負い肩から落ちるように投げ落とし、新堂は一息漏らしていた。
情況は敵味方入り乱れた混戦となり、しかし地面に倒れているのは侵入者だけであった。それもそのはず、事務職だからと言ってダンジョンに定期的に駆り出され、常人の身体能力をはるかに超えるモンスターと渡り合えるように訓練されているのだ、適当な長物を持っただけのチンピラに負ける通りなどない。
「闇バイトかなんかでしょ。しつこいっての」
その中でも圧倒的な力強さを見せたのが辛であった、一人当千、鎧袖一触、触れるだけで相手を昏倒させ、振りかぶられた鈍器はすり抜けるように透過していく。傍から見れば何が起こっているかわからないし、事情を知っている新堂ですらどうやっているのか見当もつかずにいた。
「琴子!」
舞うように踊るように、1人舞台に立つ辛が叫ぶ。琴子の後ろに頭1つ高い男がそのさらに上、スコップを振り上げて今にも叩きつけんとしていたからだ。
常人では考えられない跳躍を見せ横に跳ぶ辛は、道中に立ち塞がる男たちをなぎ倒し、それはまるでボーリングのピンのようで、それでも1歩足りないと見るや腕を伸ばし、明らかに届かない距離にもかかわらず長く伸びた手は戸事の腕を掴んでいた。そのまま入れ替わるように戸事を後方へと投げ飛ばした時にはスコップの鋭利な側面が眉間のすぐ先、舐めるほど近くにあった。
「辛さん!?」
抵抗する時間などあるはずもなくスコップの刃はスルスルと眉間に刺さり、勢いそのままに地面にまで到達する。感触としては豆腐を切った時に近いだろう、大柄な男はその事へ疑問を持つ前に顎を強打されて気を失っていた。
残ったのは拳を振った辛、その身体は真ん中でふたつに裂けて風通しは良さそうである。生々しいスプラッターな光景を見てしまったものは一瞬動きをとめ、その後の行動に度肝を抜かれることとなる。
「よいしょっと……あ、水着切れちゃったわね、溶かしてくっつくかしら。うん大丈夫そうね」
頭を両脇から押さえ、ただそれだけで元通り。手品だろうか、もしそうでないとしたら……考えるよりも早く無防備を晒していた者から新堂の攻撃の的になって昏倒していく。
「辛さん……」
「あー……課長どうしましょう?」
気付けば立っているのはダンジョンワーカーの4人のみとなっていた。間近で見ていた戸事は信じられないと目を丸くしながら辛に抱き着き、幻と化した切れ痕を探している。
辛の視線を向けられ、新堂は言葉に詰まる。仕方がなかった、それで済む話なのか不明で、
「どうするも何もなぁ。六波羅部長に相談しないとわかんねぇって」
上司にぶん投げる、もっとも社会人らしい行動をとる他なかった。




