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夏、海、カツオ6

 早朝のことだった。

 空が見え海が続くダンジョンとはいえ電波、電子機器が使えないのは共通で、朝焼けの空を背後にダンジョンを出る影がひとつ、穴から出るとスマホを耳に当てていた。

「はい、はい……分かりました、注意します」

 短い時間、咥えた煙草がまだ半分ほど残る程度で、その表情は七面倒臭いことを聞いたとばかりに眉を顰め、気持ちを吐露するように吐いた煙が空に消えゆく。

「はぁ……めんどくさ」

 通話を切り、それでも溢れ出した感情が口をつく。手の届くところに酒があれば溺れるほど飲んでいたであろう、しかし逃避したくとも現実からは逃れきれず諦めの境地で来た道を重い足取りで戻ることとなった。



「で、今日の間引きの前に報告だ。会社に連絡したんだが、どうやら最近密漁者が入り込んでいるらしい」

 今朝方得た情報を新堂は皆に報告する。

 場所はダンジョン内の小屋の中、寝室2つにリビングダイニング、風呂トイレは別の2LDK、昨晩麻雀をしていたそのリビングに社員一同揃っていた。

「……密漁」

「あぁ、困ったもんだ」

 新堂の言葉に皆沈黙、唯一静寂を切り裂いたのは舞の呟きで、それも細く痕をつけただけで後には何も残らない。

 考え、顔を伏せ、眉を寄せる。社員が思い思いの体勢で報告を噛み締めている中、舞はただ新堂へと注視していた。

「……」

「……なんだよ?」

 それがあまりにも真っ直ぐだったから、返答を待っていた新堂はたまらず声を上げる。

 ゆらりと栗毛が揺れる、顔を傾げて顎に指を置く姿は宿題に頭を悩ませる学生そのもの、疑問符を浮かべた表情は口ごもり、うーん、と小さく唸ってから口を開く。

「いえ、前に話したホームレスと違って今回は明確に嫌がるんですね」

「そりゃそうだ。うちの大事な収入源だしな」

「へぇ、でも魚も不味いのにそんなに売れるんですか? それとも蒲鉾(かまぼこ)みたいに加工するとか?」

「魚の身なんて買い手がつくわけないだろ。需要があるのは真珠に珊瑚(さんご)、あとは砂だな」

 なるほど、宝石もそうだが口に入れるものでなければ価値がある。とはいえ海中にあるものを取るのは一苦労ではすまないだろうが。

 納得しかけ、いや待てよ、とすんでのところで思いとどまる。

「砂……砂?」

 生まれて初めて聞いた単語のように聞き直す。砂とはあれか、そこら中に嫌という程転がっているさらさらとした物体か、それとも知らないだけで高級な砂というものがあるのか。または奇特な愛好家が世界中に居て世界各地の砂を集めてオークションでも開いているのだろうか。

 くだらない妄想に浸る舞に、新堂は深くため息をつく。

「知らんのか? 今世界中で砂は高値で取引されるんだよ。コンクリや埋め立て、良質な砂が減ってきているからな。ここの砂は採っても時間経過で元に戻るし普通の海と違って塩がないからコンクリートに使っても劣化しない、海洋ダンジョンは宝の山なんだよ」

「へぇ……あんまり聞かない話ですね」

 聞かないのではなく調べていないだけである。砂が売れることは度々ニュースでも報道されているし、不法に採掘することも問題になっている。しかし社外向けのパンフレットにそのことはどこを探しても、過去の分までひっくり返したとしても、ただの一文すら見つけることは出来ない。

 その理由は、

「言ったら手放さなくなるからな」

「うわぁ……」

 それを卑怯というなかれ、公益財団法人として助成金があるからと言ってそれにおんぶにだっこではいられない、ただでさえ利益にならない商売、儲けられるところは貪欲に押さえねばならなかった。

 舞とて子供ではない、それでも魚の小骨のように喉の引っかかりを覚えるがどうにか飲み込み、他に意見もないと見渡した新堂は、

「とりあえず仕事は今日の昼まで、気を引き締めて行くぞ」

 業務開始を告げるとまばらな返事にふっと息を吐いた。



「で、変わらず釣りですか」

 舞が1人ごちる。さざ波は寄せては帰り、竿の先に垂れる糸は海の中へと消えて行方知らず。

 今日も今日とて舞の竿は物静か、かの殷の国、太公望は餌を付けずに釣りをして天下人を待ったと言うが舞の針には餌もついているし天下人も待ってはいない。慣れた手つきで竿を振っても梨の礫、無言を通り越しての無表情のまま見えるのは口から吐き出した煙か雲か、感情の起伏なくただ小刻みに手を動かしていた。

「安全性ではこれが一番だからね」

 後ろで見ていた辛の言葉も煤けた背中には響かず、それでも煙草を愛飲できるだけ精神状態はマシな方で、それもなければ吸血鬼よろしく炎天下、灰となって消えていただろう、それほどまでに存在感が薄れていた。

 ろくに返事もしない舞を捨て置いて、

「見回りは私がしているから2人は釣りをお願いね」

「分かりました」

 並んで、間に2人分の距離を置いて同じく釣竿を持つ戸事が言葉を返していた。


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