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幕間 相談

 内線が鳴る、新堂が受話器を取ると2時間前に別れた人とそっくりの声が耳を打つ。

「……話があるんだが、来てくれるか?」

 嫌です、と言えればどれだけ楽だろう、新堂は渋々、半目になって能面を被るように無表情、顔色は白くなりなで肩がさらに酷くなっても、了承して席を立った。



「相談なんだが――」

 六波羅の部屋に入るなり口を開いた彼に、新堂は大きく、嫌々来ましたというようにため息をついて、

「部長、一言よろしいでしょうか」

 先手を制するものは勝負を制す、立場を(わきま)えず遮る言葉に、六波羅は若干の戸惑いを見せながらあぁと頷く。

 その所作受け答えひとつひとつが鼻につく、そう考えながら新堂は話を組み立て、口から出荷していた。

「あの後、どうなったかご存知でしょうか。フライシャークには精神に異常をきたす成分が入っている可能性があるため今後は口にすることを禁ずる。本当にそうかどうかは別として、そういうことにしておかないと不幸になる人が何人も出る、つまり見逃されたということが分かっていますか?」

「分かっている」

 こういう状況で間髪入れずに肯定するというのは何も考えていない証拠なんだけど、と新堂はぐっと堪える。そもそも分かっているならやらかさない事が上策で、やらかしてから反省していると言われても……となるのは仕方がない。

 不信感を募らせながら、新堂はさらに続ける。一言、という言葉は忘れていた。

「言っておきますけど舞との間を持って欲しいとかなら却下します。だいたいあのちんちくりんの何処がいいんですか、前も思いましたけど趣味悪いです」

「趣味悪いって……」

 趣味悪いだろう、あれは1人で生きていける人間で他人を重荷だとしか思っていないのだから。

 結局何が言いたいか分からぬまま、六波羅は眉間を押さえて項垂れ黙る、無言の間に帰ろうかと新堂が口を開こうとした時だった。

「……俺はこれからどうしたらいい?」

 えぇ……。

 やっぱり分かってないじゃんと思わざるを得ない。顔を伏せたまま問い尋ねる六波羅は、肩に200キロのバーベルを乗せているように動かず、その脳内には()の文字が占めているようだけれど、新堂は構うことなく一蹴する。

「普通にしててください。贔屓しないで目も合わせず、他の職員と同じように扱ってください、それしか出来ないしやっちゃ駄目です」

「いや、それだと……進展しなくないか?」

 この期に及んでふざけたことを言う。それが駄目だと言ったばかりなのに。恋は盲目と言うが、当の本人以外何1つ楽しくないものだと、新堂は再認識する。

 六波羅はバレない程度に顔を上げこっそりと顔色を伺っている、それはまるで親に怒られている子供のようで、その姿に在りし日の勇姿はない。恋に焦がれる少年と言うには(いささ)か歳と筋肉を付けすぎて、そういうことは若いうちに済ませておくことで、今なお独身であるということは縁に恵まれなかったことがうかがい知れる。確か40前後、そう考えると20ちょっとのお姉ちゃんに懸想(けそう)するおっさんとはなかなかに犯罪的である。

 だいたい同い年、少し年上の新堂にとって、思春期の女子生徒のテンションで恋バナというのはなかなか骨が折れることであり、端的に言えば勝手にやってろ、巻き込むなということであるから、

「……休みにデートでも誘ったらどうですか? 社外なら文句も出ないでしょうし」

 適当と言うか順当な手順と言うか、10人が10人同じように答えるであろう回答に、六波羅はそれは神の啓示かと言うほど目を見開き、感心して頷いていた。ことこのような反応では童貞なのではという疑惑も生まれるものである。

「そうだな、そうする……すまん、助かった」

 手を合わせありがたやと拝まれる、人に頼られるという誇らしくもどこか虚しい感情を胸に抱き、新堂は一礼して部屋を出ていた。

 ……やってられんわ。



 六波羅の個室を出てすぐの事だった。リノリウムの床が西日を反射させ程なくすれば燃えるような赤に染まる、1歩進む事に硬い床と革靴の底が軽い音を響かせ、壁に沿って上り天井で落ちてくる、独特な反響音に耳を傾けている時、新堂の目に入ってきたのは女性の影だった。

 細く長い影法師が階段を下り壁にその姿を映す。影絵のようにゆらゆらと揺れる影は足音共にその姿を大きく、色濃くし、

「おう」

「課長、お疲れ様です」

 辛がいた。お互い出会うことが偶然であったため立ち止まり、新堂は手を挙げ辛は頭を少しだけ下げた会釈で返す。

「どうかしたか?」

「いえ、資料の片付けをしていただけです」

 確かに、資料室と人事部との動線上に辛はいた、不思議なことでは無い、だから新堂はお疲れさんとその横を通り過ぎて中庭の喫煙所へと足を伸ばしていた。

 が、叶わず。

「課長、ご相談があるのですが」

「……」

 新堂の額に汗が滲む、またか、と思うのも仕方がなくて、つい先程そのような話をしたばかり、皆どうして舞の言うことを真に受けるのかと頭が痛くなる。

 ここで嫌な顔ひとつも出来れば違う未来もあったのだが、新堂は数拍置いて、

「……煙草吸いながらでもいいか?」

 そういうところがつけ込まれる原因であることをまだ彼は知らなかった。





「舞ちゃんの事なんですけど……」

 知ってる。なかば予言じみた、出来れば当たって欲しくなかった答えに一服して感情を殺す。

 もはや口を開くことも面倒で、新堂はただ次を待つ、手すりに肘を置いて、おおよそ人の話を聞く体勢ではなく、夏本番の蝉の声に耳を傾けていた。

「……協力してくれません?」

「やだ」

 にべもなく断るのには理由があって、どちらかに加担した場合、もう片一方に殺されかねない、理性があれば問題ないが今更彼彼女にそれを期待するのは難しい。

 新堂の一言に、辛は予想していなかったのか、何故協力してもらえると思っていたのか甚だ疑問だが、ショックを受けてたじろぎ、

「なんでですか!?」

「なんでって……そもそもどういう感情なんだよ」

「そりゃ好き、ラブですよ。命の恩人だし、直談判までして助けに来てくれたし、1億以上する貧者の水だって――あっ」

 言い過ぎたと口を手で覆うがもう遅い、新堂の耳に否が応でも届いた言葉は聞き流すには強すぎる刺激で、

「え、あいつ貧者の水持ってんの?」

「あ、いや……はい。でもまだあるかどうかは知りませんよ?」

 今更そこはどうでもよく、いや良くないのか、直ぐに判断出来ない。

 唇に指を当て他言無用を願う辛を横目に、新堂は咥えた煙草を上下に振る。聞かなければ良かった、それだけははっきりしていて、また安月給の身ではそれだけの資産が羨ましく、

 ……よし、保留しよう。

 先日の調査停止命令の件もある、今は深入りせずに気に留めておく事が賢明だと、新堂は判断していた。

「分かった。とりあえず聞かなかったことにする」

「ありがとうございます」

 つい先日までミステリアスな美女だった辛は、今では見る影もない面白女に変わっている、原因に舞が関わっていると考えると恐怖しかない。

「あ、課長」

 そこへ噂の人物がやってくるのはもはやホラー映画かなにかで、新堂は口から煙草を落とし、長く溜まっていた灰がワイシャツに付く。あーあ、と手で払いながら、

「急に声掛けてくるなよ」

「急? 急でした?」

 ここは喫煙所、見晴らしのいい渡り廊下であるため、いつ人が来てもおかしくないし、事前に察知することも出来る。単純に気を抜いていた新堂が勝手に驚いただけで、舞には何一つ非がなかったのだが、律儀にすみませんと頭を下げる。

 そして当初の目的通り咥え煙草に火をつけると、

「課長」

「なんだ? 今日の相談窓口は終了してますので明日以降にしてください」

「何言ってるんですか。部長が定例の会議資料まだかって言ってましたよ」

「そういうことは早く言え」

 タイミングがどうしても意地悪く感じてしまうのは少女の普段の性格のせいだろうか、新堂は落とした煙草を拾い、灰皿に捨てると1人重い足を引きずりながらその場を後にしていた。


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