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幕間 戦闘

 モンスター、強酸バブルの性質を持つ辛のことを大っぴらに出来ず、そのくらいの理性は残っていたようで辛と六波羅、そして舞と、巻き込まれないようそそくさと退散しようとしていた新堂は、会社裏にある雑木林の中にいた。敷地内ではどこに目があるか分からず、かといってヤブ蚊の舞い散る場所でなくともいいのではと舞は思うが、一刻も早く決着をつけたいと意気込む2人は細い木などものともせずにただ相手だけを見据えていた。

 ここは巌流島かと空目するほど空気は張り詰め、黙して構える2人は奇しくも同じ体勢、中腰に利き手を腰に添え、間合いを測るように左手を突き出す。距離は大股で3歩、視線を遮る1本の木を挟んで始まりの鐘を待つ。

 合図はない、風が木々を揺らし1枚の葉が落ちてくる。それが2人の視線の間を通過した時、ほぼ同時に動き出していた。

「ふんっ!」

 お互い1歩蹴り出して、先に仕掛けたのは六波羅、彼の丸太のごとき腕は細い木を捉えると破砕、砕けた幹が辛に降り注ぐ。大小様々な欠片が顔に身体にと当たるが彼女は気にする様子もなく、木の幹を砕いても減衰することなく迫る拳に、己の拳を合わせていた。

 札束を叩きつけたような音が空気を割り、追従するように緑色の液体が散る、辛の右腕は付け根から弾け、背中から生えたもう1本の右手が服を突き破り六波羅の顔面へ。しかしそれも急に湧いて出た彼の左手に握りつぶされ、周囲を焦がすにとどまった。

 情け容赦という言葉を母の(はら)に忘れてきたのか、軽々しく人体を破壊する六波羅は、追撃の手を緩めず辛の顔に前蹴りを食らわせる。顔より大きな靴底に、回避するタイミングもなく直撃、辛の頭は柘榴(ざくろ)より脆く吹き飛んでいた。

 どう考えても致命傷でやりすぎ、にも関わらず六波羅の表情に勝利の笑みや慢心もなく、うさぎのように後ろへ飛び跳ね、先程までいたところには胴に向かって伸びる杭が突き出ていた。太く滑らかな表面のそれは斜めに天へと向かい、先端は木漏れ日に反射して鋭利に輝く。

「人間性はどうした」

「勝てるならなんでもするわ」

 六波羅の問いに、弾けて無くなったはずの頭がボコボコと生え答える。確かにその様は人間には見えないが、躊躇無く頭を踏みつける彼も似たようなものだった。

 仕切り直し、1度空いた距離はなかなかに埋めがたく、しかし整えるほど呼吸も乱れていない。常人では控えめに言って戦闘不能の傷を負ったはずの辛は1合前と変わらず、服が溶け右肩が露出している程度、対して六波羅は突き出した拳は赤く爛れ始め、肉の焼ける匂いが白い煙に乗って漂っている。

 どちらが優勢か、それは素人目には判断出来ず、しかし1つだけはっきりしていることがある、この闘いはふざけた理由から始まってどちらが勝者になろうともまるで意味が無いということだ。

 だから観客、舞は近くの切り株に腰を降ろし、日曜朝に放送している特撮のような戦闘をつまらなそうに欠伸をしながら見ていた。運動能力はあるがスポーツ観戦の趣味がない彼女にとって、見る人が見れば感嘆の嵐を呼ぶ激闘も、犬も食わない痴話喧嘩にしか見えず、そもそもの諍いの根底に関わっていると知りながら、それすらも遺憾に思っているのだが、これ以上付き合う理由もないかなとスマホで時間を確認する。

 まもなく午後1時、ろくに昼飯も食べられなかった鬱憤も込めて大きく息を吸い込む。

「ねえ、そろそろ昼休み終わるよー」

「決着つけてから!」

「馬鹿言ってないで帰ろうよ、首になったらどうすんの? 無職と一緒にいたくないんだけど」

 そう簡単に首になることは無いと分かっていながら、舞は足を組み手のひらに顎を乗せ突き放すように言う。やる気のない一言に、毒気は失せて2人は拳を降ろし、

「舞ちゃん、私はこの男の毒牙から守ろうと――」

「毒牙って、何するわけじゃないでしょうよ。そもそも付き合う理由もないしつもりもないし」

「……」

 流れ弾のようにフラれ、六波羅は無言のまま肩を落とし、反面辛が勝ち誇ったように八重歯を見せて笑う。そもそも彼女が勝った訳でもないのに厚顔(こうがん)(はなは)だしく、

「わたしゃトロフィーでもなんでもないのに取り合いするとか何考えてるの? 言いたいことがあるなら先にすることがあるでしょ」

「……ごめん」

 当事者なのに除け者にされていた恨み節が突き刺さり、辛はしゅんとなって頭を下げる。

 ……阿呆ばっか。

 だから人間は面倒くさいと、舞は頭を搔く。ここまで人に好かれることに悪い気はしていないが、そこに自分の意思が介入していないならただの人形遊び、全くもってごめんである。

 喧騒の雰囲気は地面に流れ落ち、残ったのは身体が萎んだようにすら見える、意気消沈した2人、もうケリはついたと舞は立ち上がり、

「じゃああとはよろしくお願いします」

「? ……俺?」

 顔面を狙うキラーパスを受けただついてきただけの新堂は自分に向けて指を指す。

「部下のメンタルケアも課長の仕事でしょ」

「部長混じってるんですけど」

 一瞥すれば熊のような巨体が身体を丸めて見つめている、色々な意味で恐ろしい光景に、新堂は無理無理と首を横に振るが、

「……課長なら上手くやれると信じてます」 

「わー、信頼されてんねー。あとで見てろよ」

 面倒臭さと、ともかく場を収集させねばという気持ちを計りにかけて、恨み真髄の目で舞を見つめていた。

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