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幕間 食堂1

 舞と辛がダンジョンに篭もり、早1週間。仕事の関係で迎えは別の職員が行くことになったのだが、そこには五体満足でモンスターの皮で作った服を被った、野生児になってしまった女性2人の姿があった。文明から離れた彼女たちの髪は毛先がはね飛び、陽の光から離れていたからかもやしのような白い肌にはうっすらと砂がまぶされている。主だった外傷はないように見えたが、あまり食べる物がなかったのか、あまりの不味さに食が進まなかったのか、幾分か筋が目立つ身体に、迎えに行った一行はその苦労を偲んでいた。地上に出たらまず背脂たっぷりのこってり豚骨ラーメンが食べたいと口を揃えて言ったところからもその苦労に同情の目が向けられていた。

 ただ実際のところ、辛は痩せてなどおらず、それどころか身も綺麗で髪ですら絹のように光沢を放ちその美貌に(かげ)りなどない。自在に身体を作り変えられるようになったおかげで、迎えが違和感を覚えないように、そう演じているだけであった。反面、舞は痩せて肌もヤスリをかけたように荒れていたが。

 服を着て文明の灯りの下、まず向かうのは飯屋、という訳がなく、提携の病院での調査からだった。問診に始まり採血、尿、便そして触診。昔は未知の感染症を警戒して病棟にすら入れない、さながら野戦病棟のような野ざらしにテントを建てただけの場所で1週間以上隔離されていたが、今は簡単な検査で済んでいる。ダンジョンには病原菌がなく、いわゆる無菌状態、むしろ人間が細菌を持ち込むせいで病気になるモンスターも確認されているほどだ。これではどちらが侵略者なのか、関係団体や政府はこの事実を黙秘しているが、どこからか嗅ぎつけた環境団体がよく槍玉に挙げている。

 手馴れているのだろう、検査はすぐに終わり、会社に戻れば普段の仕事。長期にダンジョンへ潜っていたとはいえ、それでルーチンワークが減るわけもなし、普段いくら暇だ暇だと騒いでいても個々人で抱えている仕事はあるわけで、袖机に入っている菓子で空腹を紛れさせながら、埃被ったデスクで雑務処理を行う。1時間もすればようやく待ちに待った昼食の時間だった。

「……どうしたんです?」

 いつものように新堂を先頭に舞と、今回は辛も連れ立って食堂に向かっていた時のことだった。空腹で目が回る女性陣の希望を打ち砕くように、人垣が背中を向けて、それはまさに山脈のように立ち塞がっていた。

「なんだろうなぁ……ちょっといいか?」

「はい?」

 背中を見上げるばかりの舞では分からず、程々に高身長の新堂ですら先が見えないほど、彼は手近にいた職員の肩を叩き事情聴取していた。

「何かあったのか?」

「えぇ、今日の日替わりが過去一不味いらしくて中は阿鼻叫喚(あびきょうかん)ですよ。特に六波羅部長が荒れてますね」

「まじか……」

 首から下げた社員証、深い緑の縁どりは業務2部のもので、『山田』の文字がプラケースに映し出されている、彼はその実態をまだ外に露呈していない新堂へ敬うように一礼し、自身の腹を満たすために野次馬の中から抜けて行ってしまった。

 行きたくないなと新堂の足が止まるが、そんなこと知らないと舞がその身体を押す。押し問答には新堂に軍配が上がるが、思わぬ助成にたたらを踏んで転がるように前のめりになると、示し合わせたのかすぅーっと道が生まれ、その連携の良さに額に青筋が浮かぶ。

 ……うっわ。

 新堂が見た光景は、正しく地獄絵図だった。大の大人が数人、スプーンを持ったまま泣いている、その嗚咽はどこまでも広がり、葬式よりも重苦しい空気が流れている。

 すんと鼻に香るのは湿り気を帯びた芳醇さと電気が走るすえた臭い。見渡せば所々で吐瀉物に顔を突っ込んでいる職員の姿が散見されていた。

 年に1度あるかないかという惨状、その中でも一際目を引くのは石像と見間違えるほど均整の取れた肉体美を持つ重戦車、実働1部部長、六波羅の姿だった。どれだけ役職を重ねても、社則に食事義務がある以上食べる時に食べなければならない、彼はその太すぎる鎖に抗う手段として橙が眩しい1リットルの紙パック、中身はオレンジジュースだろうか、それをボーリングのピンに見立ててテーブルの上に乗せていた。

 額には玉虫のように大きな汗が輝き、スプーンを握りしめた拳にはそこから飛び出すことがおかしい銀の持ち手があった。あまりに力を込めたせいか可哀想なスプーンは哀れ折れ曲がってしまったようだ。

 それでも揺るがぬ威信にかけて、六波羅は手を動かす。吐くことなど許されるはずもなく、手のひらに収まる程度のお椀に向かうスプーンが、振動工具並に震えている。汁に浸った銀の匙が持ち上がり、また沈み、大きく息を整えたあと、乗っていたのは1口分にも満たない、スポイトで垂らした程度のスープだった。

 口に運ぶまでの時間が長い、それでも観衆は息を飲んで見守り、都合3度挫けそうになった心を応援という鉄板で補強しつつ何とか口に運ぶ。飲んだのか飲んでいないのか分からない程度の量であるにもかかわらず、すうーと血の気の引いた表情を見せた直後、パックのジュースを一気飲み、割れんばかりの歓声が上がる。


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