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幕間 調査結果2

「何も?」

「えぇ、何も無い。特にダンジョンへの関わりについて言えば真っ白ね」

 面白みがないと、声色が告げる。

 ……すこし、意外だったな。

 聞いたことを神経質な細い文字で書き綴りながら、新堂はふむ、と頷く。あの3人のなかで頭脳(ブレーン)は誰かと問われれば森だと即答できる。ならばダンジョンにも関わっているのだろうという推測は砂上の楼閣(ろうかく)のように崩れ去った。

 ではなぜ彼は他2人とつるんでいるのだろうか、その答えを考える前に電話からでもね、と話の続きが垂れ流されてくる。

「射撃訓練で目覚しい成績を収めたことが1度だけあるのよ。翌年には普通になっていたけど目に怪我でもしたのかしら?」

「いや、それはこっちで検討がつく」

「……何か隠してる?」

 言って、問われ、やらかしたと新堂は目頭にペンを押し当てる。森が好成績を収めたのはあのたばこ葉のおかげであろう、考える時間が増えるだけでも急に飛び出してくる的を狙い撃つ競技において優位性は揺るがない。

 懸念しているのはあの煙草、いや煙草なわけが無い何かの正体が未だよくわかっていない事だ。不確定のことを無闇矢鱈と吹聴(ふいちょう)することははばかられ、

「いんや、気まぐれな性格なんだろうってだけさ。それより他2人に関しては?」

 はぐらかす。例えそれが苦し紛れの言い訳と察してしまわれても構わない。追及されても口を閉じてしまえばいいことだからだ。

 気まずい沈黙がしばらく続き、しかし新堂は待つ姿勢を止めようとせず、先に根負けしたのは電話の先の女性であった。

「……いいけど。次は夜巡 舞、22歳。ダンジョン最初の被害者にして生き残り、あなたの言うとおりちゃんと新聞にも取り上げられていたわ」

 既知の内容に、新堂は軽く頷くだけで手は動かさない。

「ダンジョンから出て事情聴取を受けたけれど、内容は支離滅裂。今で言うゴブリンと暮らしていたとかダンジョンに戻らなくちゃとか、子供がいるとか何とか。精神鑑定の結果は正常だけれども、警察は家族の亡くなったショックでゴブリンのことを家族と思ってしまっていると判断したみたいね」

「なる……舞が先なのか?」

「ちょっと、話の腰を折らないでよ、それについては後」

「すまん……」

 針のような鋭い口調に思わず慣れ親しんだ謝罪の言葉が口に出る。しかし女性は気付いていないのか、それとも気にも留めていないのか、原稿を読み上げるニュースキャスターのように次へ次へと口を動かしていた。

「で、その後は近くの親戚、母方の祖父母の元に預けられたみたいだけどすぐに脱走、ダンジョンへ向かう所を何度も警察に補導されているわ。その頃には国の持ち物になっていたから当然ね」

 やりそうだな、と新堂の頬が緩む。理屈よりも己の心情を重視する少女の姿は昔から変わらないようだ。

「それからはモンスターに犯された女って言う噂が広がったこともあって本人だけ上京。親の遺産で食いつないでいたみたいだけど高校には通わず高卒認定を受けて大学に入学、成績はお世辞にもいいとは言えないけど卒業して今の会社に入社ってところね」

「苦労してんだなぁ」

 ろくでもない感想が口から飛び出す。走り書きのメモは必要以上を書き記さず、そこに人の情は含まれていない。

 だから、電話越しに嘲笑するような鼻で笑う音と共に、女性は呆れて、

「酷い男ね、他人事みたいに言って」

 責められ、新堂はコツコツとペンで紙面を叩く。

「言っても他人事だしな、代われるわけでもないし。それよりも今の話だと大人2人に出会った形跡が無いようだが?」

「薬師寺 雨生とはい号ダンジョンで会ったというか救出されたというか。どうやら双方ともに酷い怪我をしていたようでその治療を薬師寺が逃げ出したせいで調書がないのよ」

 ……うーん。

 新堂はペンを置き、腕を組む。流れは見えてきたが肝心のところにはかすりもしていないような、今だ霧の中をさまよっている感覚は不快以外何物でもない。そもそも調査の依頼は舞の知っている貧者の水についての知識であり、それにつながる背後を漁ることは遠回りでもあった。余計な虎の尾を踏まないための策だったが、舞の言動や行動を見るに、気にしすぎだったかもと今更ながら思えてしまっていた。

 ただ結論を急ぐ必要は無い。全ては報告を聞き終えてから考え直せばよいことでもあった。

 となるともう1人、森との出会いだが――。

「森に関しては、補導する側される側って感じね。高校に通うはずの3年間、暴力沙汰や喫煙で何度も補導されている、その担当刑事が森だったそうよ」

「暴力沙汰か……やりかねないな」

「可愛らしい見た目に反して凶暴なのね、この子」

 写真でも見ながら話しているのか、女性の感想に新堂はうんうんと頷き、

「今もそう変わらないさ。誰かに手綱(たづな)をつけて欲しいといつも願ってるよ」

「……そういう趣味があったの?」

 ……。

 唐突に知性のないことを言われたせいで新堂の動きが止まる。スマホを耳から少し離して大きく息を吸うと、アルカイックスマイル、純朴な表情に口角をあげただけの薄い笑みを浮かべ、

「アホなこと言ってんじゃない。時間は有限なんだから早く報告しろよ」

 おおよそ昼近くまでぐーすかと大いびきをかいていた人間の台詞とは思えないが、自分のことは棚に上げても恥じるような人間ではなかった。

 それに対して嫌味の1つでも飛ぶかと思われたがそんなことはなく、電話越しに聞こえてきたのはこれみよがしについた大きなため息だった。

「つまらない人……で、薬師寺 雨生についてなんだけど……私から言えることは何も無いわ」

「……ふぅ」

 聞いて一息、胸の中の熱気を吐き出す。

 その表情に憤りや不満といった紅はなく、あらかじめ回答を盗み見していたような白に染まっていた。

「あら、動じないのね。文句のひとつでも言うかと思ったのに」

「薄々な。彼が問題なんじゃない、その後ろになんかがいるんだろ、で、今回それに止められたと」

「そういうこと。久々に本庁から呼び出し食らったから本気で消されると思ったわ」

 冗談めかした台詞だが嘘はなく、必要とあらば手心は加えない、公安とはそういう場所であり、つくづく今の会社へ出向になって良かったと新堂は気付かれないように喉を震わせる。国の(いしずえ)ならば仕方ないとバカ真面目に受け入れる者もいるが、この不良職員にそこまで身を捧げるつもりは毛ほどもなかった。

 ただし懸念は残る。敵では無いが将来障害となり得る相手が一体どこの誰なのか、聞くことすらはばかられる可能性もあり、それでも平静を装い新堂は口を開く。

「……内部か?」

「どうだろ。もっと上か、さらにその上ってことも有り得るかもね」

 濁したのか、濁してくれたのか。どちらにせよそれ以上聞き出すことは出来ないと暗に伝えられて、新堂はメモ帳を閉じる。

 ……うーん。

 進展した、のだろうか。くだらないゴシップ記事を切り抜き保管(スクラップ)しているようで手応えがなく、片肘をついて手に頬を乗せる。そもそも自分が調べようと思ったことはもしかしたら誰からも必要とされていない内容で、ただ藪蛇をつつく真似をしているのだとしたら、そう考えて新堂は気だるげに首を横に振る。

 ……違うな。

 仮に望まれていなくとも貧者の水は諍いの元であることは明白で、まだ利用法が確立していないから誰も手を出していないだけ、新しいエネルギーないしは活用法が有用であると証明が成されれば、世界中が敵に回るやも知れぬ。1企業では太刀打ち出来ない相手に不意打ちで瓦解(がかい)する可能性だけでも守る必要があった。

 なお、貧者の水による被害者とまさかの加害者が既に社内で発生していることを新堂は知らず、知ってしまえば今の気苦労など自動販売機の前で100円玉を落とした程度の憂鬱さにしか感じないことだろう。

 根は怠惰であり善性、新堂が指の中でペンを回しながら次の手を考えていると、まだ繋がっていた電話から、

「なんにせよ1度睨まれたからには手を引くわ。本当に消されかねないもの、あの子みたいに」

「……」

 ピタと手を止めペンを握りしめる。不意に力を入れたせいか軸のプラスチックは砕け、しかし手を払う新堂の表情には無が浮いていた。

 黙ったまま3秒、先にしびれを切らしたのは電話の相手で、

「言い返したりしないの?」

 (さぐ)るような低い囁きが新堂の耳を叩き、しかし肺の中の空気を力なく押し出して、

「もう大人になったよ。ただいちいち人を試すような言い方するな」

「はいはい、ご忠告どうも」

 ふん、と鼻を鳴らす態度は傲慢そのもの、性格の悪さが露呈していて、それだけ気安い仲であることの証左でもあった。

 そして、

「……割り切れて良かったと思うわ」

 掻き消えそうな小言はノイズが混じり電波に乗って、新堂は背中から上るむず痒さへうなじに爪を立てる。

「割り切れたんじゃない、思い出さないようにしているだけだ」

「カッコ悪いわね、相変わらず」

 言うだけ言って切れた電話。耳から離しスマホを置いた新堂は、

 ……あれ、罵倒されて終わりなん?

 状況についていけず、静けさを取り戻した部屋のなかでしばらく虚空を見つめていた。 

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