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貧者の水5

「え……なにどういうこと?」

 責め立てられている、訳も分からず分かりやすく動揺する新堂はその是非を周りに問うが、悲しきかな、1番頼りになるはずの六波羅は蚊帳の外のことなのでと口を固く閉ざしたまま。仕方なくと言った様子で辛はため息をつき、

「舞ちゃん、面白くても課長で遊ぶのはなしだから」

「はーい」

 返事だけはいい、しかしそれ以上はスマイルだけで、それどころか、

「あ、課長」

「なんだぁ?」

「1週間くらいここに留まりますのでよろしくお願いします」

 少しばかり不貞腐れていた新堂に、いつも通り要求だけ通す。1度本気で怒られた方がいいのでは無いか、それで反省するたまではないと分かっていても、その傍若無人振りは目に余る。

「え……っと、何故?」

「ほら山ゴブリンの戦士、リーダーになったわけですよ。それが当日いきなり辞めますってなったらやばいと思いません? 普通に殺されますよ?」

「だからって……」

「やんなきゃいけないこともあるので説明しておいて下さい」

「なんだよ、やんなきゃならないことって」

 ごく普通の疑問、それを聞いて舞は、いつもどおりの表情ではなく、困ったような恥ずかしいような、頬をひっかいて視線を泳がせていた。

 なんだ、と皆の目が集中するのは仕方がないことで、ますます舞は小さくなった。見当つくはずもなく、責め立てるように追い込まれた少女は一度大きく胸を膨らませて、

「……子作り」

 一言。集中していた視線が霧散する。

 ……。

 ……すぅ。

 ……はぁ。

「あんだって?」

 気のせいか、聞き間違いか。新堂は聞き返す。そういう男だった。

「変態、キモイ、最低最悪、ハゲ」

「ハゲてねえよ!」

 罵声の雨が降る。新堂は言い返すが、

「課長、さすがにないわ」

 ドン引きである。辛は同じ性として舞を擁護する。それにしてもドン引きである。

 しかし、

 うーん……。

 モンスターは人を性的対象としない、ただ捕食するだけだ。その前提が崩れたのは調査不足か、舞が山ゴブリンに近い存在という特例なのか。女として気になる所であり、迂闊に根掘り葉掘り聞くことが出来ないことでもあった。

 気炎を吐く舞は、まだ気分が収まらないようで、野良犬のようにぐるると喉を鳴らしていた。が、それも無駄なことかとあきらめると、

「こういう人だから。初日も根掘り葉掘り聞いてくるしでさ、ヤバくない?」

 同じ女性の辛に同意を求めていた。

 求められても相手は上司、ただ同じ女性としては看過できるものでもないし、事情を知らないにしても一言くらい謝るべきで聞き返すなんて言語道断、総括して聞くなと苦笑いするほかなかった。

 これ以上この話題を膨らませるのは危険だと辛は感じていた。責めれば責めるほど味が出るのが新堂という男なのだが、あまりやりすぎると簡単にすねる傾向にあり、特に昔何かあったのであろう、ハラスメントに関しては特に反応が過敏になる。機嫌を取り戻させるにも一苦労と、経験が物語る。

「でも、えっと大丈夫? 嫌なら私がどうにかするけど」

「大丈夫ですよ。1回10秒もかからないしどんだけ頑張っても子供なんかできるわけが無いんだから。い号ダンジョンじゃ石女(うまずめ)とか言われてまして、言ってきた奴全員の頭ひっぱたいてきましたけど」

 はははと笑う舞。本人は気にしていないようだが場の雰囲気は氷点下を下回りブリザードが吹きすさぶ。

「あぁ……そう。いいならいいんだけど」

「それに比べて人間ってねちっこいですよね。大学の時男と付き合ってみたけど、もうこりごりですよ」

 それを聞いて1人膝から崩れ落ちた人物がいた。密かに気持ちを抱いていた巨人、六波羅である。

「部長? 部長!?」

 新堂が肩を持ち声を掛ける。その奇行に舞が、

「どしたの?」

「あんまり生々しい話はやめろ、こちとら男社会で抵抗がないんだよ」

「知らんがな」

 正論である。真顔の女性陣の目は戸惑いと冷ややかさに満ちて、さらに男達を傷つける。そんな寸劇(コント)には付き合っていられないと辛は先に己の用を済ますことを決めていた。 

「課長、私も残るわ」

「な、なんでだよ」

 1人ならず2人、彼の脳裏には上司にどう言い訳しようかという言葉が浮かんでいるに違いない。ちゃんとした理由がなければ頑として頷かないつもりであるのだろう、口をきつく結びやや身体を引いて見る様はなかなかに格好が悪いものであった。

「いや常識的に考えて1人残しておけないし、私もこの身体に慣れるまで外出られないから。今外に出たら即殺されるか露出狂として捕まる未来しか見えないし」

 辛が淡々と告げる。服もなく、全身を人間の形にかたどっても一部の肌の質感や色はスライムのまま、あれはモンスターか、はたまた痴女か、そんな噂になるくらいならダンジョンで埋もれていたほうがましだ。

 要救助者が残るという異例の事態に、しかし理由もしっかりあったとするならば、新堂はうーんと長く唸るしかできずにいた。

「……わかった、どうにかする」

 苦渋の選択に、新堂は嫌々ながら頷く。それで解決、という訳ではなく、着るものがないことは変わらないため、

「着替え用意してください、琴子に言えば分かるので」

「うーん……分かった」

 そこに僅かな違和感があったとしても、新堂は気付かない。彼はそういう男だからだ。

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