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ダンジョン攻略10

「……頭の使い方ってあれで合ってます?」

「……聞くな」

 観戦していた新堂が問いかけ、六波羅は眉を寄せ目を細めて言葉を絞り出す。

 物の見事に決まった頭突きは山ゴブリンが少し浮くほどの衝撃で、たまらず背中から落ちる。勝負あったようにも見えるが相手も代表として出ている身、直ぐに起き上がろうとしたところを性根の悪い笑みを浮かべた舞が、額から血を垂れ流しながら剣を蹴り飛ばし馬乗りになる。

 そのまま拳打を振り下ろして終了かと誰もが思い浮かべたが、下で暴れる山ゴブリンの抵抗に、荒波に()まれる船のように舞は姿勢を崩す。せっかくのチャンスがふいになったように見えても、直ぐに腕を取りそのまま股に挟んで極め技へと移っていた。

 腕十字固め。(けん)はすっかり伸びて並大抵のことでは剥がせない。よしっと新堂が歓喜の声をあげるが、

「――不味いな」

 六波羅がポツリと呟いた直後、絹をさくような絶叫が響き渡り、太腿(ふともも)を押さえて転がる舞の姿があった。

 拘束を逃れた山ゴブリンは立ち上がり口元に散らかる血痕を腕で拭い取る。

「舞!?」

「――心配、ないってぇの!」

 新堂の心配する声に、腕を突き立て、上体を起こした舞が()える。直ぐに立ち上がるが震える足には大きく歯型が付いて滝のように血が流れ落ち、見ているだけで痛々しい姿に、

「止めないと」

 1歩勇んだ新堂の胸に硬い手が当てられる。

「部長、なんで――」

「信じろ」

「信じろったって、あんな小さな女の子に何が出来るって言うんですか! 相手はモンスターなんですよ!?」

「それでも、だ。俺たちはダンジョンで壊すことしか知らねえけどよ、あいつは違うんだろうな。なんて言うか……生きてんだよ、モンスターと一緒に。人間とモンスターがなんて馬鹿げてる話だが、ここはあいつの家で俺たちは余所者(おきゃくさん)なんだろうよ。だからでしゃばっちゃいけねえんだ」

「……」

 六波羅の腕を押しのけようとしていた圧がなくなり、代わりというように新堂は彼へ鋭い目線を向け、

「……なんか、優しすぎやしません? もしかして惚れました?」

「はぁ!? なんでそんな話になるんだよ! 惚れる訳ないだろふざけんな」

「そんなに否定されるとますます――」

 それ以上言う前に胸ぐらをグッと掴まれる。刃も通さないはずの硬い布地は簡単に歪み、そのせいで喉が閉まり新堂は息苦しさと驚きで目を丸くしていた。

「――ない、わかったな?」

 過剰な反応はむしろ自白しているかのようで、

 ……趣味悪いっすよ。

 美女と野獣ならぬ小学生と相撲レスラー。傍から見れば犯罪的というよりも微笑ましい親子にしか見えず、埋めがたい体格差は交際に支障が出るだろう。そもそも唯我独尊的(ゆいがどくそんてき)な彼女の性格が、男女の関係に向いているとも思えず、

「わ、分かりました……ちなみにどこがいいと思ったんです?」

「話変わってねえぞ……今は後輩の応援しとけよ」

 手が離され、下世話な目をした新堂に苦言が飛ぶ。

 六波羅の言う通り目を向ければ、両者立ち上がり、舞が相手の足を踏みつけ殴り合いの喧嘩、いや勝負をしていた。なかなかボクシングの試合でも見ないような熱のこもった、互いに1歩も引かない殴り合いは、手数では山ゴブリンが、一撃の重さでは拳に石を隠し持つ舞に軍配が上がる。

 そも殴ること自体に慣れていないのか、互いに子供の喧嘩のようにただ大振りのパンチを繰り返しているだけなのだが、執拗に顔面を狙っているため裂けた頬から血が飛び、噴き出た汗が舞っている。それに呼応して周囲のボルテージも上がり、祭りのような喧噪に包まれていた。技術のない根性だけの試合は泥臭く、美しさや品性を感じさせなかったが、ある種人類の根源というのだろうか、遠く昔に忘れてきた野性味を呼び起こし、

「舞! 頑張れっ!」

 自然と喉が開くのは酔いの回ったような高揚感がさせているからだろうか。

 何度目かの殴打の後、顔を腫らした舞と山ゴブリンはいつしか殴ることをやめ、お互いの指を絡めるように掴んでいた。愛情表現には程遠い、鬼気迫る表情のまま相手を押し倒さんと腕の筋肉がうねる。全力同士がぶつかり合い、何がそこまでさせるのかと疑問に思わせるほど真剣で、いつまで続くのかと心配になるほど息を飲む状況は突如終わりを告げることとなった。

 不意に舞の身体が揺らぎ、そのまま押され込むように倒れる。ついに限界が来たのかと誰もが考え、戦士を讃える文言を思い浮かべた時、馬乗りになる山ゴブリンが宙を舞っていた。倒れたはずの舞が、いや倒れながら相手の腹を膝に乗せ、足を蹴り上げるように持ち上げて投げ飛ばす、いわゆる巴投げをやってのける。それがあまりに綺麗に決まったものだから驚いたのは相手の山ゴブリンだっただろう、一瞬の静寂の中時間がゆっくりと流れ地面に着くまでの間抵抗らしい抵抗を見せずに背中を強かに打ち付ける。

 岩が固まってできた硬い地面に肉と骨の奏でる嫌な音が響き揺れ、波が引くように音が止み、次第に困惑混じりのざわめきが打ち寄せる。打ちどころが悪かったのか、山ゴブリンは真夏の道路に転がる蛙のごとく指を動かすことすら忘れたようで、ゆっくりと立ち上がった舞がそのさらけ出された腹に軽く、敬意を表して足を起く。

『我、勝ちぃ!』

『ウオォォ!』

 拳を天に突き上げ叫び上げた勝利の咆哮は、更に大きな歓声の濁流に呑み込まれていた。

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