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ダンジョン攻略9

 族長が指さしたのは山ゴブリンの中でも明らかに大きな個体で、ゴブリンに比べれば背の高い舞と同等の背丈だが、その体つきは厳ついの一言に尽きる。茶混じりの緑の肌は筋肉の線がくっきりと出て、しかし餓鬼のように細い四肢と膨れた腹は他のゴブリンと遜色ない。どんがった長い耳は左だけ少し欠けていて、総じて言えば大きな差はないように見えて、

 ……まずいなぁ。

 舞にとっては強敵以外の何者でもなかった。ただでさえ低い勝率がぐんと下がる、縦のバーが情けない音をたて落ちていく幻聴すら聞こえてきそうではあるが、

 ……おじいちゃん……?

 ……。

 ……くそかよ。

 こんな時優しく励まし的確な助言をしてくれる謎の老人の声はなく、むしろ今まであったことの方が怖くもあるが、今は目の前の相手に集中しなければならない。それはそれとして毒づくことも忘れず、舞は人だかりから出てきた相手を正面から見据えて、

『私、戦士。戦う』

 自身を鼓舞するために太腿を強く叩く。

 同時に一直線に整列していた山ゴブリン達も動く。線から円へ、新堂達をも巻き込んで瞬く間に簡易的な闘技場が形成される。

『戦う、戦う』

『お前、名前は?』

『名前? ない。戦士、強い、それだけ』

『……今からセンシ、名乗れ』

『センシ? センシ……センシ好き、センシ勝つ』

 ぎこちない会話の後、雑にセンシと名付けられた山ゴブリンは得物を構える。刃渡り60センチ程の、短剣や小ぶりな石斧を主とする種族にしては長く、その刀身は丁寧に磨かれているのかはたまた新品か、鏡のように輝きを放つ。刃を潰してあるなんて期待はしない方が賢明だろう。

 抜き身の刃の威圧感に舞は息を飲むが、それよりも背後に立つ2人の方が動揺していて、それも仕方のないことだった。友好的な雰囲気が一転して剣吞というかスポーツ観戦のような熱気に変わり、次になにが行われるのか考える判断材料がないなかで剣を向けられているのだ。これから襲い掛かりますと言われているようにも見えて、しかし舞の邪魔をしていいものか判断に迷い、結局のところ一番手っ取り早い方法は、 

「舞、どうなってるんだ? これって大丈夫なんだよな?」

 理解している人に聞くことのほかない。

 ――人が集中しているときに、もう……。

 今まさに生きるか死ぬかの勝負という緊張感が急激に薄れゆき、舞の心を苛立ちが支配する。これが小さな子供なら飴玉1つでも渡しておけば静かになるだろうが、生憎相手は大人であり、そんな気の利いたものも持っていない。物理的に黙らせようにも舞の力不足で、

 ……仕方ないか。

 これ以上余計な茶々を入れられると計画も台無しになると思い返し、本来よろしくはないが舞はセンシに背を向け、

「これから決闘するからまじで手は出さないでそこで応援していて」

「は? 決闘って――大丈夫なのか?」

 新堂の目線が相手であるセンシを一瞬捉えて戻ってくる。敵は剣を持ち、舞は何も握らず。たかがゴブリンと言えど、体格でいうなら相手に軍配が上がる、不安がよぎるのも無理がないことだった。

「大丈夫か大丈夫じゃないかでいうなら……あんまりよくないけど、これが最善なんだもん、やるしかないでしょ」

「よくねえのかよ。スタンロッドならあるけど使うか?」

「駄目、そんな自然じゃない武器使ったら認められなくなるから」

 他愛のない話をしながらも、意識が決闘に向いている舞へ、

「舞」

 いつでも動けるように気を滾らせていた六波羅が口を開く。無言のせいでむすっとした顔は今なお健在で、しかし内心では心配しながらも、

「お前がやると決めたなら口出しはしない。だから何があっても勝て」

「わかりました」

 それが信頼の表れと舞は静かに頷くが、まだ彼の言葉には続きがあった。

「それと、長年モンスターを相手していた側から言うと奴らも馬鹿じゃない。連携だってするしこちらを罠にもはめようとする。でもな、知らないことは知らないんだ、2千年以上戦争してきた人類にしかわからない戦い方ってもんがある。要は頭を使えってことだ、いいな」

「はい」

 具体的なアドバイスではなかったものの、ぐっと胸にくる言葉に舞は何か天啓じみたものを感じ首を縦に振る。これが新堂が言ったことならそれほど響かなかったことだろうと思ってしまうのは人望の差なのだろうか。

 セコンドのように構える2人から離れ、舞は向き直る。律儀に待っていたセンシに胸の前で拳を合わせ、それが山ゴブリン流の感謝の表しであり、センシもニンマリと笑う。

『待たせた、謝る』

『子、宥める。親、務め』

 ……子、子供かぁ。

 センシの、種族特有の価値観から出た無垢な言葉に、思わず吹き出しそうになる。親分子分という意味合いだと理解はしていても、あんな大きな子供を自分の股からひり出す姿を想像してしまい、それがあまりに現実味のない話で嫌なツボに入ってしまっていた。

 いかんいかんと切り替えたつもりでも口の端は僅かに歪みを残し、それでも大きく息を吐いて、吐瀉物のように喉に迫る痙攣をどうにか抑えて、舞は正面を見据える。ずっと臨戦状態で待っていたセンシは構えなどなく、棒立ちで剣だけが舞の方を向いていたのだが、その切先がしゅんと頭を垂れて、 

『武器、ない。どうした?』

『必要ない。私、勝つ』

 無手。武術の嗜みなどない舞にとって得物は寧ろ生兵法のもと、格好を付ける為に腕を前に伸ばし手のひらを天に向けて招くように指を曲げる。

『始め』

 それは突然、族長の声から始まった。同時に両者距離を詰めていく。

 長期戦は不利だ、体力なら相手の方があるから。

 距離を離したら負ける、相手の方がリーチが長いから。

 反応速度も互角、相手も同じ薬を使っているから。

 だから決めるは一撃、地面スレスレまで身体を寝かせ矢のように飛び出しながら冷静に彼我を分析し、1度の交差に全てを賭ける。向かい打つのは必殺の剣、首を落としたくてたまらないと刃が光り、上段の構えから頭上に迫り――。

 火花が散る。甲高い音を響かせ刃が弾かれる。同時に舞の手から左手から拳大の石が吹き飛んでいた。走り出した時に拾ったもので、頭上で咄嗟に腕を交差させ剣戟をやり過ごし、

 ――貰った!

 勢いそのままに1歩、もう1歩踏み込んで、センシの顎下を狙っていた。




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