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ダンジョン攻略7

 階段を降りてすぐ、先頭を歩く舞が足を止め、続く2人もそれに習う。

 突き当りが丁字路になっている道だった。分岐の端で立ち止まった舞は壁沿いに頭だけを出して左右を確認すると、その上に新堂、六波羅と続き団子を作る。若干舞と新堂の間が離れているのは身長差だけでなく、服が汚れることを嫌ったようだ。

 視界には早朝の、カーテンから漏れる光に照らされた室内のような明るさが続いていて、よくよく目を凝らしても果ては闇の中にあり、

「……あれは……ゴブリンか」

「山ゴブリンです」

 その中でモゾモゾと動く影を見つけた六波羅へ舞が訂正する。その姿形は熟練のハンターでも区別が難しいほど差異がなく、また差異を考える必要がないほど生態が似通っていた。

 周囲には他に影はなく、珍しく単独で行動しているゴブリンへ六波羅が1歩踏み出すが、その進行方向に舞の腕が伸びていた。待て、という合図に特に疑問も持たず従う彼を置いて、代わりに舞が出ていた。その不用心な足取りは真っ直ぐ伸びて、わざとらしい気配に当然山ゴブリンも反応する。

 相手から滲み出る警戒の色が強くなり、それでも詰め寄る舞の姿に後ろで見ている大人2人は心中穏やかでなく、そもそも彼女が何をしたいのかすらわからないのだ、心配の仕方すら悩む始末に初々しいカップルよろしく顔を見合わせていた。

 やれ伏兵だ、奇襲だと考えられる中で、舞は喉を鳴らす。おおよそ人が判別出来ない騒音のようなダミ声で、

『おーい』

『何者だ!?』

 意思疎通が出来ているのかいないのか、山ゴブリンは腰に帯いていた、錆の浮く茶色く煤けたナイフを舞に突きつける。様子見していた大人達は流石に看過できないと身体を乗り出すが、それを見ることが出来ない舞はただ笑顔を浮かべて、

『生まれたばかり、仲間、家族(ファミリー)

『お前、変な臭い』

「ぶっ殺すぞ」

 飛び出したのはただの地声で。当然相手には伝わらず、肌が裂けるほど引き攣った笑みは道化のようで、道化は道化らしくしておけということのなのだろうか、山ゴブリンの視線は舞の後ろへと注がれていた。

 ナイフの切っ先が揺れ、

『家族、大事。後ろ、敵?』

 刺された方向に舞も振り返る。案の定というべきなのだろう、頭だけ出していたはずの男共が通路の真ん中まで飛び出している姿を見て、

 ……もう少し隠れときなさいよ。

 予定ではもっと穏便に話を進めるつもりだった目論見が破綻し、そもそもの原因は舞の説明不十分によるところが大半どころか全てを占めていたが、彼女はそのことを一分(いちぶ)も脳裏によぎることなく、急な作戦変更に頭を悩ませていた。

『敵、違う。手下』

『大きいの、敵。手下、違う』

 ……むぅ。

 ゴブリンのくせして頭の回るやつだと舞は口を尖らせる。山ゴブリンの言うことはもっともで、ダンジョン内最弱のモンスターなのだ、外敵しかいないしその殆どが自分よりも大きいのだから異物に対して過敏すぎる反応をしていかなければ生存は難しい。

 と同時にそれほど文化が発達していないことも、舞は知っていた。原始的な生活を送る彼らにとって優先される意見とはなにか、それさえわかっていればこの後すべき行動の道筋も見えてくる。

『待て』

 舞は大見得を切るように手のひらを見せる。はたしてそれが山ゴブリンにも伝わるジェスチャーなのかは置いておくとして、言うことをやけに素直に聞くのは今の舞の姿が人間の姿とは程遠く、同族と認められているからなのだろう。泥まみれの肌はゴブリンの緑かかった茶色によく似ていて、身長もたいした差がない。このままゴブリン社会に溶け込んだほうが生きやすいのではないかというほど、今の舞はゴブリンそのものだった。

 警戒しながらもおとなしくなった山ゴブリンをよそに、舞はくるりと反転する。だんだんと乾いてきた泥が数枚剥がれ落ちてきているが、 それは彼女の心根の汚さには何1つ影響しないようであった。

 一連の流れを見続けて、結局何をしているのか理解できていない大人たちのもとへ、舞がその小さな足をゆっくりのんびり、とても優雅とはかけ離れた足取りで戻ってくる。少しの自信をにじませた表情は上手く事が運んでいるようにも見えて、

「お前……話せたんだな」

「片言ですけど」

 新堂の言葉にやや投げやりな返答をすると、舞は六波羅へ向けて両手を広げていた。それが意味することとは、やはり見当がつかず次の言葉を待つ2人へじれったそうに腕が上下に振られる。

「……えっ、なに?」

「肩車ですよ、こんな小さな子供が手を伸ばしたらそれしかないじゃないですか」

 そうだろうか? いやそうなのかもしれない。

 言いくるめられるように六波羅は丸太みたいな腕を伸ばして下から舞の脇に手を入れる。紙のように軽い少女の身体は煙のようにするすると持ち上がり、茶色く濁った水を足先から垂れ流している。うわぁ、と怪訝そうに見つめる新堂に、六波羅も一瞬躊躇して手が止まっていた。汚い臭い変な病気になりそうと、否定する言葉はいくつも浮かぶが足を振って催促する少女に、いやいやながら、本当に嫌だと顔に貼り付けてもなお、生来の人の好さが出てしまっているのか六波羅は目を閉じて少女を肩に乗せていた。

 天井すれすれ、少しの弾みでぶつけてしまうのではないかという危惧も、新しい視線を味わう少女には届かず、

『どうだ!』

『手下だ、手下だ』

 頭上で地獄の底のような雑音で話す舞と、それに合わせて明日亡くなるだろう老人の盆踊りさながらぎこちなく手足を動かす山ゴブリンの姿に、これが現実で起きていい事なのか、もしくはあの煙草が実は危険なもので幻覚でも見せられているのではないかと不安が六波羅の顔に出ていた。

 そんなこと露も知らず、

『族長、会う。連れてけ』

『戦士、案内する』

 山ゴブリンは何か叫ぶと、1人ダンジョンの奥へと消えていく。

「行きましょう」

「待って、説明してくれないとなんにもわかんないんだけど、これ本当に大丈夫なんだよな?」

 六波羅の頭をベチャベチャの手のひらで叩く舞に、新堂が問いかける。答えなど当然の権利のようになく、ただ小さな少女が癇癪を起こす前にその指示に従うしか道は残されていなかった。

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