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ダンジョン攻略6

 時間は巻き戻り……。

 救助の為に探索を続ける舞達一行は陰鬱(いんうつ)とした雰囲気をまとい、それでも当初の目的の為にダンジョンの奥へと進んでいた。今わかっていることは居なくなった地点より下の階層にいるだろうということだけ、どれだけ深く落ちてしまったかも分からぬ以上、少しでも人手が欲しいところだった。

 ダンジョンは1階層がとても深く迷路のように入り組んでいる。階段状に下がれるところもあれば、スロープのようになっているところもあり、尚且つそこが袋小路になっていることもしばしば。厄介なことにダンジョンは不定期にその姿を変えるため、事前に用意していた地図も全幅の信頼を寄せることは出来ない。

 外と違い壁は壊せるからと言ってやたらと破壊してしまえばどうなるか、実際に外国で行った結果から言うとその空間を満たす程の巨大なモンスター、特撮でしか見ないような怪物が生まれ、しかも外に出るという事態にまで発展した。討伐はされたものの周辺地域は無事とは言えず、空爆跡地のような荒涼とした大地を作るきっかけになった為不必要な壁の破壊は不文律(ふぶんりつ)で禁じられていた。

 目を皿にして、僅かな痕跡でも見逃さぬよう注意深く、しかし貴重な時間が刻一刻と過ぎていくことに焦りから足早になる一行は、通算3度目の階段を駆け下りていた時のことだった。

「あっ」

「どうした?」

 1列の真ん中にいた舞が足を止めると、後ろから新堂が問いかける。それに答えずいつものように紙煙草を咥えると、

「ふぅ……」

 火を付け気持ちよさそうに息を吐いていた。それだけでなく、吸っては自身の身にまとわりつかせるように吹きかける様子に、見ていた2人は顔を見合わせていた。

「……あれはどういう行動なんだ?」

「いやぁ……わかりません。なんなんでしょう、意味がないとは思いませんが」

「さっきもそうだがそもそも業務中になんで煙草を吸うんだ? いや、駄目とは言わないんだけど息苦しくなって不利だと思うぞ?」

 問われて、新堂はその口に愛想笑いを貼り付けて黙るしかなかった。

 ……何処まで説明してあるんだっけ?

 それは紛れもなく煙草のことで、本人がトラウマと断言する出来事のきっかけになったそれを、今まさに横で吸っているんですよと言っていいものか。あの飲み会で話しているならそもそもそんなことを聞かれないような気がして、それともう1つ、つい癖で吸ってしまったが新堂自身はなんら関係ない市販の煙草を吸っていたことへの弁解にも頭を悩ませなければならなかった。

 どうして先に言っておいてくれなかったのか、いつもこういう損な役回りは自分に押し付けられるんだと、言ってもしょうがない愚痴が一通り頭の上を通過した後、

「……言った方がいいですかね?」

 あくまで聞かれたので仕方なく答えましたという、言い訳を用意する矮小(わいしょう)な人間性を見せるのも勤め人としては仕方の無いことだった。

 当然そんなことで怒るような人ではないと分かっていても、並のモンスターより恐ろしいというのも事実な訳で、そんな彼はやや眉を下げて困ったように口を開く。

「ここまで来て隠し事は指揮に関わるんだが」

「あれです。部長が吸ったっていう煙、舞も吸ってるんです」

「大丈夫なのか?」

 それは当然の疑問で、あーやらうーやら口ごもる。安全性への疑問は新堂も心配しているところで、心配していても味への魅力に負けている訳だが、

「常飲してるので多分」

 下手に分かりませんと言うとじゃあやめろと言われるのが恐ろしくて、やんわりと肯定せざるを得なかった。

 2人が世間話をしながら目の端に収めていた少女は、ひとしきり謎の儀式を終えると、先程の話など耳にも入っていなかったように気楽な雰囲気で、煙草の魔力に酔いしれて目を(とろ)かせ、これみよがしに一息、一際濃い煙を新堂に浴びせる。

「課長も吸っといたらどうです?」

 まこと見事に、美味そうに吸う舞へごくりと喉を鳴らすも、

「……仕事中は吸いたくないんだけどな」

「?」

 悪魔の誘惑、その囁きを頭を振って振り払う。その理由が少女は分かっていないようで、子供らしいくりっとした目にはてなを浮かべていた。

「ただでさえ暇な仕事がながーく感じるなんてメリット無いだろ。それに――」

 1度区切るのはまだ後ろ髪引かれているからなのか。しかし簡単には愛飲できない理由もちゃんとあって、

「――高いんだよ。10本1000円だぞ。市販の煙草の何倍だよ」

 両手を開いて販売元に見せつける。確かにその価値はある味なのだけれど、いつもの様子で1日に20本も吸ってしまえば高めのランチより足が出て、業務の割に安い月給では気軽にという選択は出来なかった。

 まぁその販売元も、言われた言葉に唇を尖らせ、

「ハンドメイドですし、材料費もあるので。嫌なら買わなきゃいいんです」

「もうちょい値下げできませんかね。社員割とか」

「うちの社員じゃないでしょ……」

 呆れた表情を浮かべる彼女に、話を聞いていた六波羅はそっと新堂の後ろに立ち、その無防備な耳元へ、

「……色々大丈夫なのか?」

 大人として、常識的な質問をぶつけていた。

 ははは。

 はは。

 ……はぁ。

 大丈夫か大丈夫じゃないか。シーソーのように両天秤(りょうてんびん)しかない質問に、初めは愛想笑いを浮かべてやり過ごそうとしていた新堂は、力無くため息を漏らし、

「そこに関しては目をつぶって頂けると」

 六波羅の善性に期待するしかなく、言い終わりなんで客の自分が取り繕わなきゃならないんだと正当な不満を目に乗せて舞を睨んでいた。彼女も彼女でわざとらしく目を逸らし、当事者のはずなのに関係ありませんと背中で語り、それを遠い目をして眺めていた巨体の大男は、停滞していた話を進めるべく口を開く。

「で、急に吸い出して何かあったのか?」

「ちょっと探し物が見つかりまして」

 そう言って舞が指さしたのは、表面に鏡面を作る小さな小さな水溜まりだった。

 ……ふむ。

 わからない。わからないことはわからないでいいと言われていたので、新堂は素直に首を(かし)げる。おおよそ辛達の所在につながるような、重要な痕跡には見えず、

「これがどうかしたか?」

 先に六波羅が気持ちを代弁すると、舞は答えず、ただ来ていたシャツをめくり上げ始めていた。

 見た目通り小さな身体に乳白色の、瀬戸物のような白い背中をあられもなく見せつける。それだけでなく、1拍の間も置かずに下も手をかけて止める間もないまま、下着姿に変わる。

 突然の行動に劣情を刺激させ――られるわけもなく、田舎の子供がやいややいやと川遊びしているような、健康的な印象を与えるにとどまるが、信じがたくも一応成人女性のする行為にしてははしたなく、

「えっ……えっと何?」

「あんまりジロジロ見ないで貰えると助かるんですけどー」

「その前にわけを言え、馬鹿」

 恥ずかしいという気持ちがあるのかないのか、いつもの舞節ともいえる、なんの説明もないまま彼女はその浅い水溜まりに身体を浸していた。

 ゴロゴロと、串揚げに衣を纏わせるように、まんべんなく丁寧に泥だらけになっていく。付き合いたての女性がやり始めたら千年の恋慕も冷めるような、子供を持つ親が帰った後の洗濯と入浴に頭を抱えるほどつま先から頭の先まで薄汚れた舞は満足した様子で立ち上がり、余分についた泥を振り払い落としていた。

「ふぅ」

「きったね」

「50パー値上げしますよ」

 禁じ手を出されて新堂は黙らされる。言いくるめたことに満足した様子の舞は、汚水をまき散らしながら、

「さて行きましょう」

 やはりなんの説明も行わないまま、ダンジョンの奥地へと向かっていき、六波羅はかわいそうなものを見る目で新堂を一瞥した後、その後ろを追いかけていた。

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