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ダンジョン攻略4

 掃討が完了しているダンジョンでは、光源に松明(たいまつ)を用いるのが普通である。特殊な磁場で長い銅線が使えないため、いちいちバッテリーを交換する必要のあるライトよりも、非常時そのまま簡易的な武器になる松明の方が都合いいからだ。

 しかし未探索地域の多いダンジョンでは己の居場所を誇示してしまう為推奨されていない。灯りを目掛けて()の群れのようにモンスターが四方八方から吸い寄せられてくるからだ。その塩梅は難しく、敵は大丈夫だろうと甘えた考えを軽々と打ち破ってくる。

 では真っ暗闇の中を探索し続けなければならないのかと言うとそうではない。ダンジョンにはそこら中に淡く光る夜光苔(やこうごけ)が生えており、薄暗いながらも輪郭がわかる程度には明るさを保っていた。

 意気揚々とダンジョンに入った3人は、淡々と侵略を進めていた。先頭に六波羅を置くことで、上層に出現するスライムや巨大な蝙蝠(こうもり)など、弱いモンスターを軽々と屠殺(とさつ)していく。その実力に偽りなしと言った様子で、1層2層と下っているのに息が上がる様子もない。

 彼の武器は、驚くべきか納得いくというか、その鍛えに鍛え上げられた肉体であった。鉄骨が自律して動いているような、左を殴ればスライムが四散し、右を掴めばオークの頭が潰れる。足を前に出しては相手の身体を大砲の弾にしてしまうのだから、

 ……もう1人で十分なのでは?

 舞がそう思うのも仕方がないほど八面六臂(はちめんろっぴ)の活躍を見せていた。

 捜索活動は順調で、また順調ではなかった。辛が本隊とはぐれた12階層までは苦労なく進めたがその間に見つけることが出来なかったからだ。1階1階降りる度に、暗い(とばり)のような重苦しい雰囲気が周囲にまとわりついていた。

「……帰還した奴の話ではここら辺に罠があるって話だが」

 ようやくたどり着いた、いやたどり着いてしまった現場で六波羅が呟くように言う。

 ただの三叉路。四方をつるりとした岩に囲まれ、戦いの後かいくつかの死体が山になっている。後数時間もすれば、死体漁り(スカベンジ)を生業とするモンスターによって、文字通り舐め取られたように綺麗になることだろう。

 3人は手分けして周辺を見て回る。手持ちの武器で地面をつついてみたり、先が空洞になっていないか叩いてみたりと、元々場所が分かっているだけにたいした時間もかからず、

「……ないですね」

 こういう場合、セオリーとしてスイッチや感圧板があるものだが、何も見当たらず舞は音を上げる。

 ……困ったなぁ。

 焦る気持ちを落ち着かせるために思わず伸びた手はポーチに当たり、癖になった手つきで煙草を咥える。ぼう、と立ち上るライターの火は真っ直ぐに伸びて、仄暗い地の底に1点のシミを作っていた。

「パイプじゃないんだな」

「お気に入りなの。壊れたら替えがきかないからね」

 ダンジョン内で火を起こすことは良くないが、煙草程度なら問題ない。新堂も市販の安い煙草を口にして、吐き出した紫煙がふた筋、天井に薄雲を作る。

 ……ん?

 強化された知覚が何かを訴える。煙、煙、煙。頭上で渦を巻いて消えゆくそれに合わせて身体を揺する。

 それはごく普通の出来事だ。煙草の煙は上に昇り、周囲に紛れて消えていく。それが密閉されたダンジョンであっても。

 ……あっ。

 そうかと目を輝かせると同時に背中に酷い汗が吹き出る。まずいまずいまずい、目覚まし時計のようにけたたましく脳内にアラートが鳴る。

「部長!」

 弾けるように声を出す、それと同時に舞は身をかがめて地面に息を吹きかける。地虫の如く地を這う姿は、とうとう気が狂ったのかと周りを納得させるには十分な奇行だった。

 ……あった。

 薄暗い中、ライターの頼りない光を当てに目を右往左往させる。ずりずりと頬が削れていくことも構わず、何度も何度も、煙草の煙を胸に詰めては焚き火を絶やさぬような必死さで息を吐き続け、ついにそれを見つけていた。

 酷い酸欠で頭がプレス機に挟まれているような痛みを訴えるし、熱と疲労で汗ばんだ肌には砂粒が刺さり身体を重だるくする。それら全てを頭の外に追いやって、舞は地面に手を当てる。

 ……やっぱり。

 立ち上がり、振り返る。やけに真面目くさった顔で注目していた男2人に向かい、

「……植生変化が起きてる」

 苦々しく、苦虫を噛み潰したように告げる。

「なんだそれ?」

「何!?」

「えっ……えっ……と、何?」

 新堂は惚けた顔で舞を見ていたが、驚き顔を顰める六波羅の反応を聞いて、あ、これはまずいと取り繕うように驚いた風を装っていた。

 ……まじかぁ。

 知らぬなら知らぬで別にいい。が、見栄のため誤魔化す大人らしからぬ行動にため息が漏れる。男とはどうしてこうも素直になれないのか、呆れて言葉を失ってしまう。

 本人の意図せぬところでまた評価を1つ落とした新堂は、肩に手を置かれ、振り返ればそこにモンスターのような威圧を放つ六波羅がいた。怒っている、そういう訳ではなく自然体のまま圧が強い彼は、

「分からないなら分からないでいいんだからな」

 子供に諭すように言われ、小さくはい、と泣いていた。

「植生変化ってのはハンターの中での通説に過ぎなくてな、一般的な言葉じゃねえんだ。知らなくて恥じる事なんてないぞ」

「そうなんですか……なんで舞は知ってんだよ」

「やーさん経由。おかしなことじゃないでしょ」

「……そっすね。で、それはなんなんです?」

「ダンジョンで湧いてくるモンスターの傾向が変わるって話だ。原因はわかんねえけど山ん中で水棲モンスターが湧いたり、逆に海の近くで火山系モンスターが出たりな。熱帯で氷系モンスターなんて極端なことは起きねえが元々なんで湧くのか原理もわかってねぇからハンターの中で内輪話にしかなってねぇんだ。俺も初めて見たし」

 と言って六波羅は舞を見つめる。

 魅力に惹かれて、などという訳もなく、発見したものへの説明を求めているのだろう。舞は地面に軽く触れて手についた砂粒を払い落とすと、

「これ、サンドワームの跡だよ。岩の間から細かい砂が流れ落ちて空気の通り道になってるの」

 告げられた言葉に、六波羅は腕を組み、すぅーと青色の吐息をつく。

 横の細い方、新堂もモンスターについては理解したようで眉間を押さえていた。

 サンドワーム。主に砂漠に出来たダンジョンで湧くモンスターであり、ミミズと百足(ムカデ)を足したような外見をしている。他のモンスターに漏れず、その大きさは人と同じかそれ以上、最大で60メートルを超えるものすら発見されていた。強いか弱いかの話でいえば弱い部類に入り、動きはのろまで硬くもなく、1対1でも遅れを取らないが、難点は移動のために長い穴を掘るところにあった。

 サンドワームは粘液を出しながら地中を進む。自身の進んだ跡が崩れないよう細かく砕いた土砂をまとめておく為にだ。しかし粘液が乾かないうちはまだ柔らかく、スポンジ状の穴に落ちるというケースが多々報告されていた。

 つまり、

「落ちたかぁ……」

「十中八九」

 新堂が額に手を当て神に祈るように天を仰ぎ呟いたことへ、舞が答える。時に10階層をもぶち抜く長い穴を掘ることもあるため、捜索範囲の拡大に頭が痛い。

 明確な作戦が思いつかないまま、静寂の時間はただ通り過ぎていく。舞はすっかり短くなった煙草を吹き出すと、まだ赤い火が灯るそれをぐりぐりと靴裏で捻り、

「とりあえず下に行きましょうか」

 そんな消極的でありふれた答えを口にしていた。 

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