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ダンジョン攻略3

 国道6号線、水戸街道を通り、松戸を超えたあたりで横道に逸れる。都会の鬱蒼(うっそう)としたコンクリートジャングルはところどころ緑の見える丘が増えるようになっていた。

 黒塗りのワンボックスは法定速度を無視して風を切り、車を避け、頭上にあるオービスの手前だけ減速する。急がば突破しないだけの冷静さと人間臭さが滲み出ていた。

 道中は順調で、徐々に細くなる道も軽々と踏破し、たどり着いたのは小高い丘の上、雑木林の手前だった。

 閑散とした木々の間に木漏れ日が降り注ぐ。小鳥が鳴き、虫がざわめき、幻灯(げんとう)の世界に迷い込んだような、絵になる風景が広がっていた。

 ワンボックスの運転席から男が降りる。肉体労働者よろしく大柄で彼が降りるだけで車は大きく上下していた。身につけているのはカーボン調をあしらった全身タイツのようで、急所にはアラミド繊維のパッチが当てられて、防刃、耐衝撃に一定の効果を持つ代わり、1着10万を超える高級品だ。

 異常なほど発達した胸筋、上腕二頭筋、大腿四頭筋を見せびらかしながら歩く後ろには、細長い小枝が、いや小枝のように細長く、簡単に手折れてしまいそうな痩躯(そうく)の男性が続く。

 同じ防具を身につけているのに、同じ人類なのかと疑問に持つほど細く頼りない。直前の彼と比較されているのだから尚のことだ。

 後部座席のパワースライドドアから降りた男性に続くのは子供のような少女だった。その顔はやさぐれており、子供らしい天真爛漫(てんしんらんまん)とした笑顔はない。そして唯一ごく普通の私服だった。

 それも仕方の無いこと。彼女に合うサイズの防具がなかったのだから。ある程度小柄な、例えば人事部の戸事のような女性にも対応しているとはいえ、成人女性の平均身長を20センチも下回る想定をしろという方が無理だった。

 3人は躊躇無(ちゅうちょな)く雑木林の中に入っていく。膝下まで伸びた、青々とした下草を踏み潰し侵略していき、その行為を非難するように一羽のカラスがけたたましく泣き叫びながら空を駆けていた。

 目的地まではものの数分で辿り着く。突然開けたところに出ると、現れたのは予想通り岩山、ぽっかりと口を開け来訪者を待っていた。早速入る、とその前に念入りに筋を伸ばす。車内に座りエアコンの風で凝り固まった身体をよく解してからでないとパフォーマンスが低下するからだ。

「ダンジョンで注意することは分かるか?」

 大柄の男性、六波羅が言葉を風に乗せる。相手を見ずに投げかけられた言葉の行先は舞である他なかった。

 寡黙(かもく)を貫いていた彼からの突然の問いに、考え、考えて、いやそんなことしてる時間は無いと思考を叩き切る。

「……なんですか?」

 脳内当てゲームに正解は無い。どこかに答えが書いてあるのなら別だが、研修のどこを思い返してもそんな記述はなかったはずだ。それでも一応挙げては見るが、数が多すぎて絞り込むことが出来ず、

「そりゃ、勘に頼らず感に頼ることだ」

「……禅問答(ぜんもんどう)か何かですか?」

 あらぬ方向へぶっ飛んだ答えに気分が良いはずもない。

 なんだそれと顔に貼り付けて見るが相手は見る気もないらしく、膨らませ過ぎた風船のように張り詰めたふくらはぎの仕上がり具合を気につつ、

「ある意味な。相手だって生きてるんだ、どいつもこいつもこっちの裏をかこうと必死なのさ。だから危険だと感が言うなら引く、行けると思ったら1度考え直す」

「先生、それじゃ進んでないです」

「おう、正直生身の人間よりもモンスターの方が強いんだ、進む方が間違ってる」

 なるほど真理だ、と舞は頷く。

 2年間という長い時間山ゴブリンと共に過ごしてきた彼女からしても、モンスターと戦うことほど馬鹿げていることはない。外の人間から見ればモンスターは人を襲うものと見えるようだが、その実ゴブリンだって襲われているし、襲う側もより強いモンスターに襲われている。その中で両手両足の指で数えることがふざけているようにしか見えないほど命の危機に遭遇し、それ以上の数の家族を切り捨ててきたからこそ、

 ……言われなくてもそうしてますけどね!

 舞は弱い。条件次第ではあるがダンジョンで最弱のスライムやゴブリンに完封負けするほどに。だからこそ磨かなければならなかった逃げ足と判断力には自信があった。そして今、それが通用しない可能性のある状況に突入しようとしていた。

「その上で進むならとにかく慎重に、徹底的に安全策を取って戦闘は最小限に留めるべきなんだ」

 そう、だからこそ、

「……で、今言った訳はなんでしょう?」

 先日の辛の言葉ではないが、戦わなければならない時はきっとある。貴重な時間を浪費してまで金言(きんげん)を伝えるその理由とはなんなのか。

 六波羅が、ではなく肉体だけでなく存在感まで薄くなった新堂が言う。

「つまりお前に信用がないんだろ」

「てい」

 前屈ついでに握っていた小石を投げる。手に余る程の大きさの石は、無理な体勢から放り投げ出され緩い放物線を描いて新堂の手に収まっていた。

 何となく理解していた。六波羅は舞のことを走る溶鉱炉(ようこうろ)か何かだと想定しているのではないかと。1度火がつけば周囲の被害も考えずに火を撒き散らし、1面焼け野原にする。お(しと)やかさを売りにしている佳人(かじん)を前にして何たる無礼な、その首切り落としてくれると意気込むより先に、視界の隅から飛んできた石が腹部に直撃する。

「甘い」

「ぐふっ」

 投げやりな台詞が耳に届くと同時に鈍痛が身体の隅から隅というところを駆けずり回る。

 ……くそぉ。

 普段なら簡単に避けられたそれも。煙草の力がなければ反応が間に合わない。昼から一服もしていないせいで世界の早さに取り残されていた。

 うずくまりながらもあぁ恨めしい、恨めしやと新堂を、親の仇のように睨みつける。ここで蛇ににらまれた蛙のようなしおらしさを見せれば可愛げの1つもあるというのに、ひょろ長い男は不遜な笑みを浮かべて勝ち誇るばかりだ。

「過度に緊張しているよりかはそんくらいでいた方がいいかもな。さてそろそろ行くぞ、なにか気付いたら遠慮なく言え」

 痴話喧嘩は犬も食わないと、 呆れを通り越して興味が無くなった六波羅の表情が消える。仕事モードに切り替わった彼は1人先に岩山へと向かっていた。

「うぅ……はい」

「新堂もな」

「分かりました」

 残された2人はとぼとぼと、重い足取りでその後ろ姿を追いかけていた。


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