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ダンジョン攻略1

 その日、社内は騒然となっていた。

 息苦しい緊張感の中、社内にいる全職員には待機命令が通達され、各部部長は緊急会議に呼び出されていた。人事部も同様だったが、辛はいつものように実働1部への応援、琴子が有給と、部内には3人しかいない状況だ。

 昼休みを終えてすぐのことだった。せわしなく走り回る音が廊下に響き渡り、ただ事ではないことを伝えている。何が起きたのか舞が尋ねる前に走り出した新堂はデスクのパソコンを見て、口を(つぐ)んでいた。

 その真剣な表情が声を掛けることをためらわさせる。1つだけわかっていることは良くないことが起きているということだけだ。

 黙祷(もくとう)のように静まり返る時間は一服の時間にも満たず、

「――部長!」

 オフィスに入ってきた狂島を見るなり新堂は椅子を跳ねのけて立ち上がる。つかつかと足早に駆け寄る彼はぶつかる直前でブレーキをかけて(やり)穿(うが)つほど強く見つめていた。そして

「12のBで遭難って聞きましたけど――」

「いさおっち、駄目だよ。君が慌ててたら下が不安になるでしょ?」

 ゆっくりと諭す言葉に新堂は振り返る。部下2人の視線に気付いた彼は深く呼吸をしてから向き直り、

「すみません、落ち着きました」

 一礼して姿勢を正す。

 狂島はいささか嬉しそうに頬を緩ませて、しかしすぐにいつもの薄ら寒い笑みを浮かべる。

 そして、告げる。

「緊急の役員会で12のBダンジョンによる遭難事故があったと報告があったよ。8人でアタックしていたうち2人が行方不明、残り6名は重軽傷で撤退、命に別状はないみたい」

 話に聞き耳を立てていた舞はそう、と細かく頷いていた。

 安全に安全を重ねたダンジョンアタックですら、不測の事態は起こり得る。むしろ今まで無かったことが奇跡だ。

 そして、遭難。ダンジョン内での行方不明はそのまま死亡扱いになる。ごく稀に舞のように生きている可能性もあるが、遭難から1時間を過ぎれば生存は半々まで下がる。襲われてはぐれるケースが多い為当然の数字なのだが、その1時間を乗り切れる状況なら意外と長く生きていることもあった。

 ……なんだろ。

 違和感。舞はそれを感じ取っていた。何にと言えば新堂の行動だ。同じ社員が遭難したにしては焦りが前に出過ぎている。

 その理由は、彼の口から飛び出した。

「辛は、どっちなんですか?」

 ……えっ?

 告げられた言葉の意味を理解する前に、狂島が首を横に振る。

 そんなまさか。いや、ありえる。辛は今日ヘルプで実働1部に行っていると朝礼で言われていたから。

 同僚のピンチに目を丸くする舞を置いて、新堂は声を低くして聞いていた。

「……捜索隊は出すんですよね」

「そうなんだけど……人材不足でね。2次遭難の可能性も考えると新人は付けられないし、他の実働1部の面々はそれぞれのダンジョンだしで」

「じゃあどうするんですか? 見殺しにするなんて言わないですよね?」

 新堂は食い下がる。

 どうしよう……。

 答えのでない会話を聞いて舞も焦っていた。

 昨日まで談笑していた相手が今日消える。人生にはそんな不幸がありふれているのだろうけれど、簡単に受け入れるほど老衰していなかった。

 ……い……舞よ。

 ――おじいちゃん!?

 舞よ、巧遅(こうち)拙速(せっそく)()かずだ。

 は? 何語? わけわかんないんだけど。

 頭に浮かぶジジイの幻像をかき消しながら舞は椅子から立ち上がる。そして話し合う2人の元へと駆け寄ると、

「新堂課長」

 新堂の裾を掴んでいた。

 思いのほか力が強かったのか、身体を後ろに傾けた彼は、首だけを半回転させ見下ろす。焦りを乗せた目が左右に揺れる。

「ちょっと待ってろ。今それどころじゃ――」

「それどころじゃなくないですよ。行ける人で行くしかないんですよね」

「いや、まぁ……そうなんだけど……」

 新堂の声は弱々しく消えていく。

 緊急会議で話は済んでいる。だから今話すことなど何1つなく、動く段階なのだ。

 1分1秒が惜しい。舞は前に出て狂島を見上げる。

「行ける人って誰ですか?」

「六波羅部長しかいない」

 ……嘘ぉ。

 そんなことは無いだろうと目線を向けるが、狂島は言葉を覆さない。数百人が在籍している会社でそんなことがあるのだろうか。

 ただ今その言葉の審議(しんぎ)をしている場合ではない。

「あと何人欲しい感じですか?」

「4人、いや2人でも――」

「課長、2人いますよね?」

「……いや、待て待て。ただのアタックと救助は違うんだぞ? こういうことは専門に任せないと。実働1部で他に行ってる奴らから手が空くのを待つしかないんだって」 

「時間がないのにごちゃごちゃ抜かしてる余裕があるなら行けるってことですね。六波羅部長のところに行ってきます」

 言葉だけ残して、舞は新堂の手に指を絡める。

「ま――」

「待ちなさい」

 何か言いかけた新堂の上から、狂島が言葉を重ねる。

 時間が惜しいと急く舞は足を止め、振り返る。そこにはいつもの表情ではない、やや真剣な雰囲気を纏った彼がいた。

「夜巡ちゃん」

「なんですか?」

「僕は反対だよ。1人で済む命を3つも失いたくない」

 へぇ……。

 数の問題、リスクの問題。部長としての姿がそこにあった。

 普段からそうしていれば少しは見られた顔なのに、と皮肉を浮かべながら、

「……ベストは?」

 問う。そして望む答えを待った。

 くりくりと大きな目に見つめられ、狂島は息を飲む。素質を問う、進退を問う、信用を問う。もはやなんでもいい、ただ命令のように力強い黒眸(こくぼう)を前にして笑みを浮かべていた。

「全員帰ってくること。出来るのかな?」

「出来るじゃない、やるんでしょ」

「じゃあお願いね」

 まるでコピーを取ってと言わんばかりに軽い口調で、狂島は部下を死地に送る。送られた側も不遜な笑みで返す。ただ舞は新堂を掴む手とは逆の手で指を1本立てると、 

「なら1つ、約束してくれませんか?」

 前置きし、

「今度部長の仕事が見てみたいです」

「……え、そんなことでいいの?」

「はい。じゃあ行ってきます」

 返答も待たずに駆け出していた。

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