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人事部3

 ダンジョンの概要を流し読みする舞は次のページへと手を早めていた。

 美辞麗句の薄っぺらい歴史の後はダンジョンに現れるモンスターの一覧だった。小学生程の背丈がある緑の皮膚の亜人と粘液状の青いアメーバ。どちらもどこのダンジョンにも現れる代表的なモンスターだ。

 通称ゴブリンとスライム。ゲームのようでゲームのような何かだ。程々に弱く亜種が豊富で知能も低い。ダンジョンに入るならこれくらいは狩れないと話にならない。

 そして最も人を殺しているモンスターもこの2種だった。

 単純に数が多く四方八方から絶えず襲ってくる。薄暗く入り組んだ隘路(あいろ)では質量よりも身軽さの方が勝つようだ。あと的が小さいほど当てにくいということもある。

 厄介、という点なら他にも当てはまるモンスターは多い。というより全て厄介だ。他国のように銃火器を持って攻め入ることが可能ならまだしも、銃刀法がある日本では十分な殺傷力を持つ武器からして不足している。死傷者が多い理由の1つでもあった。

 結論としては、他の害虫駆除と同様に専門家に任せて夢なんて見るべきではないのだ。

 一通り見終えた舞はテキストを配られた時と同様に戻す。顔には退屈という言葉を貼り付けて。

 見上げた先にある時計はまだたいして時間が経過していないことを示していた。

「暇だなぁ……」

「そうか、暇か」

 ぽつりと吐露(とろ)した言葉に返答があった。思いがけない反応に舞は声がした方、背後を向いて立ち上がる。

「すみません! 仕事中に――」

「いや気にしなくていいぞ。あの部長のことだからわざとつまらなく作ってるだろうし」

 出ていった方とは別の扉から現れた新堂は半ば愚痴(ぐち)のような、苦い台詞を吐いて舞の隣に立った。そしてまっさらな紙に目を落とし、

「……テストするか」

 そう言って1枚の紙と取り替えた。

 ……タイミング悪いなぁ、もう。

 舞は内心で冷や汗を浮かべながら席に戻る。裏返しの面を見つめているとホワイトボードの前で気だるげに仁王立ちする新堂が安物の腕時計に目をやりながら、

「時間は……5分でいいだろ。開始」

 唐突に宣言する。

 あまりに予兆なく始まったテストに舞は眉を寄せながらもテスト用紙をひっくり返してペンを持つ。1問目から最後まで軽く目を通したが、気に病むほどの問題ではないことに安堵(あんど)の息を吐きつつゆっくりと問題文を読み進めていた。

 ふぅ……。

 2分程度で最後の問題まで書き終え、見直しに同じだけの時間をかける。それでも余った時間はペンを置いて試験官の顔を見て過ごしていた。

「終わったか?」

「はい」

「ちなみに、点数が半分も取れていないなら異動させるからな」

 新堂は意地の悪い台詞を吐く。その言葉に舞は再びペンを持つことなく(うなず)いていた。

 沈黙を肯定と受け取った新堂は答えを読み上げていく。回収して、ではなく自己採点をしろということだった。

 問題は全部で10問、その全てがテキストに載っていた情報だ。しかもご丁寧に重要な箇所は赤字と太字で強調されている。先ほどの脅すような口ぶりも、最低限これくらいはできないと業務に支障をきたすからと考えれば当然と言ってもいいほどだった。

 舞は3色ボールペンから赤を選び、軽快に丸を付けていく。大学入試、自動車免許を乗り越えてきた彼女にとって万が一にも間違うことはない。

「――以上、得点は?」

「全問正解です」

「そうか、本当によかったよ」

 新堂は何かに浸るように感慨深く頷いていた。

 ……どういうこと?

 馬鹿にされているとも取れるリアクションに舞はただただ首を傾げることしか出来なかった。



 予定よりも早く自習を終えた舞はまだ視聴覚室にいた。

 新堂から次の予定まで休んでいろと言われていたからだ。休んでいいではなく、休んでいろ。つまりそれ以外するなという意味合いが隠れていた。

 その新堂は部屋から出ていた。ちょっと、とだけ言った彼に舞は御手洗いか何かと思っていた。

「すまん、待たせた」

「いえ」

 数分もかからず戻ってきた新堂は手に紙の入ったクリアファイルだけを持っていた。それが何かと尋ねる前に、

「これは言えないなら言えないでいいんだけど」

 もったいぶった前置きをして、

「――所属はどこだ?」

「はい?」

「履歴書には大卒としか書いてなくてな。別にどこのひも付きでも邪険になんてしないがこっちの仕事とかち合うのだけは避けたくてさ」

「すみません。おっしゃってる意味が不明なのですけど……」

 舞は首を傾げながら答える。理解しようにも海外の言葉で言われているような感覚で頭に入っていなかった。

 その態度を見て新堂は笑っていた。一言、若いなとつぶやいた後、

「仕事熱心なのは感心するがそう肩肘張るなよ。ちなみに俺は公安からの出向だ。こっちも言ったんだからいいだろ?」

「いや、だからなんの話ですか!?」

 言葉尻が強くなる。精一杯首を横に振りアピールすると、新堂は考えを読むように目を見つめて、

「……誰かにこの会社を調査しろと言われたんじゃないのか?」

「なんですか、その陰謀論みたいな話は。FBIでもCIAでもないですって」

 舞は冗談めかして笑みを作る。映画の見過ぎだとなかば馬鹿にしていた。

 しかし新堂は想定と違う反応に、小さく眉間にしわを寄せていた。

「……本当なのか? 今隠すとなかなか後に引けなくなるぞ?」

「本当です。大体調査することなんて何があるんですか?」

「……いや。ならいい」

 そう言って新堂は口をつぐむ。

 ……言えよ、そこまで言ったら。

 隠し事をされているようで舞は恨めしそうに目線を上に向ける。

 公安、公安かぁ……。

 新堂が口を滑らせた言葉を反芻(はんすう)する。公安が何をしている機関なのかを舞は知らないが、国家が大手を振って関われないことであることだけは理解出来ていた。それが何かまでは分からないけれど。

 ……ま、いっか。

 見つめる先の人物は銅像のように固まったままだ。それ以上聞けないのなら舞に聞く気はなかった。仕事さえまともにしてくれれば、どうでもいいとさえ思っていた。

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