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飲み会3

「いいの? あっちに加わらなくて」

 時間は少し巻き戻り薬師寺が席に座り数分が経った頃。巨漢2人が仲良く並んでいる様子を傍目に、辛が尋ねていた。

 話をしていると言うより出方を伺っているような、静かな時間が流れている。もどかしくもあり、開いた溝の深さを物語っているようで、舞は、

「面倒くさくないですか? おっさんの絡みを見てるのって。ああいうのは当事者だけでやればいいんですよ」

 興味なく答える。

 ただ1人、会話に参加する訳でも無く胃痛を酒で薄めている男性については、居ないものとして扱うのが正解だ。

「課長は……?」

「あれは不運の星の下に生まれたんです。否が応でも巻き込まれてしまう体質なんです、諦めましょう」

 舞はいい終わりに手を合わせる。南無南無。ただ可哀想なので追加で生中を3つほど頼み、彼の前に並べておいた。

 煙草を嗜みながら、なかなか減らない食事に手をつける。どれも家庭料理とは一線を画す味わいで、普段食べている食堂のモンスター料理とは比べ物にならないほど美味だ。

「たまにはこういう食事も良いですよね」

「そだね。普段は自炊してんの?」

「半々ですかね。近くに新しく出来たスーパーのお弁当が安くて頼ることも多いです」

「最近はクオリティもあがってるからね。わかるわぁ」

 中身のない話に華を咲かせる。飲み会とはこういうものでよくて、話題がなくて慰みに煙草を吸ったりひたすらに酒を飲んで口を閉じるものではない。

 うら若き乙女達は身体を向き合わせて談笑する。そこに余人の立ち入る隙はない。

「舞……あ、ごめん」

「いいですよー。課長からも呼び捨てですし」

「じゃあお言葉に甘えて。舞はどうしてうちの会社に来たん?」

 話の流れは会社のこと、特に舞のことへと移っていた。

 またか、と思わなくもない。新堂からも嫌気がさすほど尋ねられる程度には興味のある話題だからだ。

 舞は嫌な顔1つせず、

「い号ダンジョンに戻るためですね」

 言い切る。調べればわかる事だから隠すようなことでもないと考えて。

「戻る?」

「つまんない話ですよ。とにかくあのダンジョンに行かなきゃならないんです」

「そうかぁ……」

 濁した言葉に深読みした辛はそれ以上聞こうとはしなかった。

 別に言い淀んだ訳ではなく、ただ面倒くさかっただけだが、

 こうすればいいのか……。

 馬鹿正直に丁寧な言葉を紡ぐよりも、憂いを顔に浮かべて情報を小出しにする方が楽であることを舞は学んでいた。

 しかし会話は途切れてしまう。誰かが言っていた、ただ質問に答えるだけは会話では無いという言葉通り、今度は舞から口を開く。

「辛さん日本語上手ですよね」

「うん、教育されたからねぇ」

「えっと……誰に?」

 躊躇いながら舞はさらに聞く。

「本国の教官ね。日本向けの産業スパイを育成するところの出なのよ」

「おぉ……それって聞いていいんですか?」

「隠そうにもバレてるから。今更ね」

 わぁ……。

 相変わらず気遣いをピッチャー返しするのが得意なようで、舞も気にすることをやめていた。それよりも身近はなかなかいない存在への期待が勝つ。

「スパイってどんなことするんですか? やっぱり潜入して銃撃戦になったり色仕掛けしたりするんですか?」

「映画の見すぎ。私の場合は仕事で得た情報をリークするくらいね」

「そうなんですかぁ」

 なーんだ、と舞は肩を落としてグラスに口を付ける。喉を通る烏龍茶が興奮の熱を冷ましていく。

 普段の仕事ぶりからして派手なことをしていないのは分かっていたのでそんなに期待はしていなかった。いや、嘘だ。めちゃくちゃ期待していた。モデル顔負けのスタイルにスタンド要らずの運動能力、男女ともに惹き付ける中性的な顔つき、と映像化に映える要素しかない。

 勿体ないなと、口には出さずに考えていると、 

「割のいい副業みたいなものだから。家族がいないなら金はいくらあってもいいからね」

「家族……」

 ぼやくように呟いた言葉には真剣さが滲み出ていた。

 辛は力無く微笑み、

「私、戸籍がなくてさ。一人っ子政策で女として生まれたから。貧しい農村の出だから男の子が欲しかったのよ。だから居場所と目的をくれた教官には感謝してるわ」

「いい話ですね」

 その独白に、舞も笑みで返す。しかし、賛同されると思っていなかったのか辛は驚いたように目を丸くする。 

「……そう言われるとは思わなかったわ。皆気まずい顔をするから」

「そうですか? 求められるっていい事だと思いますよ」

「ありがとうね」

 感謝の意にいえいえと舞は頭を下げてみせる。

 ……ははは。

 気まずくなかった訳では無い。躊躇無く暗い話をぶち込んできたことには胸が詰まる思いだったが、もう気にしたら負けなのだと学んだ結果だった。

 新堂に追加のビールを与えながら、なおも話は続く。

「でもスパイってバレても仕事出来るんですね」

「うちの部以外が人手不足なのとまだたいした情報がないからかな。泳がされてるか見逃されてるようにも思えるけど」

「誰に?」

「狂島部長」

 あー……。

 やりかねない。頭に胡散臭いあの笑顔を浮かべながら舞は頷く。

 個人ごとに仕事の割り振りが済んでいる人事部にとって隣が何をしているか知らないことも多い。辛ですらまともに話す機会も今日が初めてのことだった。舞の仕事は書類整理や印刷、封入作業がメインで、作業後の引継ぎは新堂を通す為仕事の話すら殆どしないほどだ。

 だからといって狂島は異常だ。朝定時ギリギリに部屋に入り、朝礼後に消える。その後は彼の気分次第で戻ってくる以外、業務終了時間まで会うことは出来ない。しかし問題が起きた時はいち早く情報を掴み、的確に指示を出す。その俊敏さに監視カメラでもつけているのかと疑ったが見える範囲には何もなかった。

「あの人って普段何してるんですか?」

 うっすら気味の悪さすら感じて舞は尋ねるが、辛はゆっくり首を振り、

「それが分かんないんだよね。朝礼終わりに皆で後をつけてったことあるけどいつも見失っちゃって。他の部長さんも知らないらしいけど、あの人会社好きだから悪いことはしてないってさ」

「そうなんですねぇ」

 結局疑念は疑念のまま。晴れることはなくもやもやが残る。

 ま、どうでもいいかと頭を切り替えた時だった。

「――馬鹿にすんじゃねぇ!」

 突然テーブルが跳ねたかと思えば、場所も弁えない大声が響く。

 ……何やってんだか。

 新堂だ。彼がジョッキを叩きつけ何か喚いている姿が目に入る。

「かちょ――」

「大丈夫ですよ、大人なんだから」

 止めようとした辛の肩を持って静止させる。話の流れではどうやら薬師寺が言い過ぎたようで、

 ……まったく。

 彼は他人を慮ることを知らないからよく揉める。個人の在り方だと主張するせいで改善もない。子供ではないので舞も何か言うつもりはないため、心の中でそっと煙草代を値上げしておく。

 ふと、視線を感じて舞は横を向く。

 辛が見つめていた。そのやんわりとした視線とアルコールで頬に朱を差した顔に同性ながらも惹き寄せられる。

「……仕事楽しい?」

 脈絡のない唐突な質問に、あーと舞は声をだしてから、

「まぁまぁです……いや、楽しいほうなんでしょうね」

 社交辞令じみた返答しか出来ずにいた。

 どうした、という疑問は騒音に掻き消される。辛の後ろから耳障りの悪い騒音が響いていたからだ。

「あっ……あーあ」

 どうしてこう、と頭を抱える。

 そこには壁にもたれ掛かる新堂の姿があった。目を閉じ、首が変に曲がっているのか寝苦しそうにいびきをかいている。

 うちの男共は……。

 少しは体面を気にしろと呆れた息を吐く。叩き起してもいいが酔いの回った頭でちゃんと家に辿り着くか不安が残る。ちょうど今朝見たネットニュースで、自分で脱いだか、または剥かれたのか、路上に全裸で寝転がる男性が今朝見つかったと報道されていた。上司がその二の舞になってしまうことは可哀想に思えて、 

「何やってんだか……うちで寝かせるか」

「えっ……危なくない?」

 ぼやいた言葉に辛が止めようとする。

 ……あぁ。

 女性と男性が1つ屋根の下、それを警戒しているのだろう。言われて初めて気付いた。

 これが、私と?

 舞はおもわず噴き出して笑う。そして、

「ないです、ないです。こんな身体に欲情なんてするわけないじゃないですか」

 自分の身体を指さして言う。見た目は小学生なのだ、40も超えたおじさんが相手したがるとは思えない。

 だから、

「やーさん」

「なんだ?」

「お開きにするから二次会行くなら2人でお願いね」

「はいよ」

 薬師丸は返事をすると中途半端にぬるくなったビールを一息で飲み干す。そして項垂れるように口を閉ざしてる六波羅の肩を抱いて、

「よし、キャバクラ行こうぜ」

「いや、明日仕事なんですけど」

「かてぇなぁ。有給でもなんでも使えばいいだろ」

 ポケットからくしゃくしゃになった札を雑にテーブルの上へ置いて、嫌がる六波羅を連れて先に出て行ってしまった。

「……大丈夫なの、あれ?」

「大丈夫じゃないですか? 本当に嫌なら殴ってでも拒否するでしょうし」

「野蛮すぎじゃない?」

 ……そう?

 違ったかなと、舞は首を捻る。身近にいる男性は普段そうやっているからそれが常識だと認識していたが、普通じゃないのか。

 ……ま、いいか。

 会計を済ませ2人がかりで泥酔した新堂をタクシーに放り込む。運転手の嫌そうな顔を背中に感じながら、

「今日はありがとうございました」

 1人別に帰る辛へ頭を下げる。

 彼女はにへらと笑いながら手を振って、

「こちらこそ楽しかったよ。また明日ね」

「はい」

 そこで彼女と別れる。




 それから約半日後、辛は行方不明者となっていた。

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