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飲み会2

 いつからいたのか。そこには六波羅を超える巨漢が気だるそうに立っていた。

 声を聞き、目で見て、気配に(おのの)く。六波羅はすぐに立ち上がると、低い天井に擦らせながら頭を下げる。

「――っ!? 先輩、お久しぶりです!」

「おいおい、別に先輩風吹かせてなかったろ。お前の会社にいるんじゃないんだ、もっと気楽に呼べよ」

 急にやってきた男、薬師寺 雨生は運ばれてきたジョッキとグラスを受け取り六波羅の隣に座る。ただでさえ窮屈な空間に男の蒸し暑さが追加されていた。

 やられた……。

 退路を塞がれ、見つからないように六波羅は表情を歪める。逃げ出そうにも薬師寺の身体が栓になって1歩も動くことが出来ないでいた。

「――で、いつまで突っ立ってんだ? 迷惑だろ」

「すみません、失礼します」

 また頭を下げて着座する。空きのグラスの代わりに置かれた琥珀(こはく)の液体は氷が溶けてカラリと音を立てる。

「ほんじゃカンパーイ」

 全員にドリンクが行き渡ったところで、舞が2度目の音頭をとる。ただしまともに反応したのは薬師寺だけで、残り3人はぎこちなく手をあげるに留まっていた。特に新堂は緊張からか小刻みに震え、持ったジョッキの表面に波がたつ。よく見ればかすかに目元が潤んでいた。

 ……どうすればいいんだ?

 無言。通夜(つや)のような重苦しい雰囲気に間が持たずグラスに口をつける。アルコールにより(かも)された薫香が鼻を抜けていく。会話を探して目を走らせるが誰1人視線が合わず、

 ……仕方ない、か。

 この状況が誰のために用意されたのかと問われれば答えを言う必要すらない。要らぬお節介に口元を歪ませながら六波羅は横を向く。 

「先輩……この新入社員とはどういう関係で?」

「保護者」

「じゃない」

 間髪(かんはつ)入れず向かいの席から否定の言葉が飛ぶ。横から新堂が余計な口を挟むなと後頭部を叩くところが見えていた。

 仲良いな、と場違いに考える。まだ数ヶ月しか経っていないというのに、まるで親友のようだ。いささか新堂が下に見られているようにも見えるが他人が口出しするところではない。

 会話が止まってしまった。次の言葉を探しあぐねていると、先に薬師寺が話を続ける。

「……こいつがい号ダンジョンで迷ってたところを拾ったんだ。親戚も引き取らねぇって言うんでしばらく面倒見てた」

「そうなんですか……」

「洗濯ひとつ出来ないで面倒見るなんて言うんじゃないの。家事のほとんどは私がしてたのよ!」

「だ、そうだ」

 舞の非難も何処吹く風、薬師寺は他人事のように答える。

 意外だ……。

 良くも悪くもおおらかだと認識していた彼が、子供を引き取るような真似をするとは。男女の関係ですら面倒くさいと一蹴して風俗(インスタントな)店で済ませる人から出る言葉とは到底思えない。

「意外でした」

 思わず考えが口に出る。それに薬師寺は機嫌悪くなるどころか含むような笑みを浮かべていた。

「そりゃそうだ。子供は嫌いだしな、うるさくて敵わん。それより――」

 1度区切り、そして、

「――聞きたいことがあるなら早くしろよ。それともまだ口を開くには飲み足りないか?」

 冷たいナイフのような言葉を刺しこんでいた。

 あぁ……だから苦手なんだ……。

 人の気持ちも考えず、悩みをろくでもないとぶった斬る。自分のような後ろ向きな人間にはあまりに眩しく、そして遠い存在だ。

 5年という年月は熱を冷ますには十分で、綺麗な水も色濃く濁る。あの時言えなかったこと、その中でも燻り続けた小さな種火を六波羅は吐き出した。

「先輩は、あの時どうして俺たちを見捨てたんですか?」

 道はあったはずだ。全てを丸く収める、そんな道が。戦友は死なず、偉大な先達の後ろを歩き、こんな小汚い飲み屋で気軽に愚痴を零す。そして燃え尽きたように退職する、ごく普通の未来。

 綻びが生まれたのならそれは薬師寺が去ったことだ。時に煽り、時に止める彼の存在は重しとしてよく働いていた。それが居なくなったからチームは死んだ、残ったのは心を病んだ臆病者だけ。

 その真意を聞きたかった。5年、それだけの時間がかかってようやく口に出せた。

 薬師寺は懐から出した煙草を咥えて火を灯す。じりじりと減っていく長さが残り時間を示しているようだった。

 ただ無言の時間が経過する。何も変化がないまま1本目の煙草は吸い終わり、2本目に移る。そしてふう、と紫煙を吐き、顔を見ずに口を開く。

「……言い訳にしかならんから言ってなかったがあの日のあの選択を後悔したことは無い。ただ1つ、お前がそんなに軟弱だったことだけが誤算だった」

「――っ!」

 咄嗟に拳を握る。手のひらに爪がくい込み、濃い痕を刻む。

 ……仲間が死んだのは俺のせいだというのか――。

 激情に身体が震えていた。今にも飛びかかり、その喉を掻っ切ろうと腕が飛び出しそうになる。眉間には血管が浮かび、がりがりと音が鳴るほど奥歯を噛む六波羅を薬師寺は一瞥して、

「ここで殴れないからお前は駄目なんだよ」

 その言葉は一線を越えた。

「っ――」

「――馬鹿にすんじゃねぇ!」

 怒鳴り、テーブルにジョッキを叩きつけるように置く。気炎を吐いて睨みつけるのは新堂だった。

 彼は眉を吊り上げて、前のめりになる。周囲は水をかけたように静まり返り、注目を集めていた。

「六波羅さんはなぁ、自分の命だけ背負ってんじゃねえんだ。こっちが採用したどんなに使えないヤツでも使いもんになるまで面倒みるし文句1つ言わねえ。1人でなんの責任も取らずにダンジョン行ってる奴なんかよりうちの部長はずっと偉いんだよ!」

 ……こいつ。

 新堂の前にはいつの間にか空になったジョッキが並んでいた。急に飲みすぎたせいでみっともない姿を見せている彼を眺めると、昂っていた感情がすんっと冷える。

 そもそも言っていることはめちゃくちゃだ。使えない奴しか採用しない人事部には日常的に文句を言っているし抗議もしている。新人の面倒を見ているのは自分ではなくちゃんと教育係がいるし、なにより新堂の部長は狂島であって自分ではない。フォローと言うよりはただ自分に酔っているだけの言葉は驚くほど心に響かない。

 これ以上痴態を積み上げる前にどうにかした方がいいと介護を期待するが、隣の女子2人は自分達の話に夢中で気付かない。いや、あれは分かって他人の振りをしているようだった。

 もう殴ってでも止めようかと六波羅が考えていると、隣で大きく笑う薬師寺がいた。

「はっはっは、なかなか愛されてるじゃねえか」

「いや……まぁ……はい……」

 六波羅は頬を引き攣らせるようにぎこちなく笑う。薬師寺の頭の中に出来上がってしまったまったく違う組織図をどう訂正すればいいかに悩んでいた。

 今だ新堂は薬師寺を敵視してぐるぐると唸っている。こうなったらもう全員の気が済むまで無言でいようと決めた時だった。

「1つだけ言っておく。過去に縛られるな。そして過去を見つめ直せ」

「見つめ直せ……?」

 珍しく含みのある物言いに、六波羅は聞き直す。言った本人も柄にもないことを口にした自覚があるのか、所在なさげに目を泳がせながら、

「すまねえな、これ以上は言えねぇ契約なんだ。まぁいい加減なにがあったか思い出す時が来たってことだな」

 契約、思い出す。どういうことだ、何を知っている。陰謀論じみたことを口走る男の真意が見えず、六波羅はただ小さく頷いていた。

「わかりました……」

「あとは……そうだな、もし壁にぶち当たったら、舞に言え。そうすれば越えられないもんも越えられるだろ」

「彼女が?」

「小さいからって舐めんなよ。少なくとも腑抜けたお前よりは強いぞ、心が」

 うん、それは知っている。見習いたくはないが、彼女も芯のある人間を探すほうが難しいだろう。見習いたくはないが。

 薬師寺はそれ以上の言葉をジョッキと一緒に飲み込んでしまう。そして新堂は倒れるように眠っていた。

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