実働1部3
昼食後たっぷりの喫煙時間を設けたあと舞は再び校庭に戻っていた。
……2着用意しろってこういうことだったのね。
事前に言われてた通り、予備の体操服に着替えた舞は休憩中に冷えた身体をほぐすために軽い柔軟運動をしていた。汗と水道水で酷いことになった身体は社内にあるシャワー室でリフレッシュし、服は洗濯後、乾燥室にぶち込まれている。帰る頃にはすっかり乾いていることだろう。
疲労は完全には取れていないし、翌日の筋肉痛が怖いけれど今はまだ身体が動くことを確認していると、教官役の新堂が遅れてやってきているのを目の端で捉えていた。
後ろにもう1人の影を連れている彼は、前屈で逆さを向いている舞に向かって言う。
「さて午後からは戦闘訓練だ」
「早くないですか?」
「言ったろ、大人しくなるまで走らせるって。素養があるなら早めに切り上げるんだよ」
「なるほどぉ」
納得した声を出しながら、舞は身体を起こして、そのまま逸らす。
……あれ?
走り込む理由を思い出し、空を見上げたまま舞は止まる。そして、
「……じゃあさっき走らされたのって」
身体を戻して見つめる先にあった顔は、直視を避けるように横を向いていた。
「こっち向けよ!」
反抗心を削ぎ落とすためのしごきは舞に必要なかった。その不条理に砂を蹴る。
……私怨かな。私怨だよな。
どのことだろうか。身に覚えがあり過ぎて絞れないが、そんなことで報復しようとする心の狭さに腹が立つ。
グルルと唸りながら睨みつけるが、当の本人はどこ行く風か、全て忘れたように気の抜けた笑みを浮かべて、
「じゃあ戦闘訓練だが先生を呼んである」
「先生?」
想定していなかった言葉に上擦った声を上げ、舞は新堂の裏を見るように身体を傾ける。とはいえそこにいる人物が誰かは最初からわかっていた。
「你好」
「辛さんじゃん」
手を振るのは人事部最高身長の女性だ。新堂よりも拳1つ分大きい彼女は上下分かれたセパレートのスポーツウェア姿だった。
……おぉ。
普段より強調された胸部よりも、薄く線の入った腹筋に目が行く。見れば全身の皮膚がくまなく張り詰めていて、隣の骨と皮よりも強靭に見えていた。
彼女はリアカーを引いていた。ちらりと覗くと、そこには山のように積まれた武具防具がある。
物騒だと他人事のように舞が思っていると、
「彼女は人事部で最強だからな、胸を借りるつもりで行け」
「イエス」
中国語の次は英語。大きな胸を揺らして親指を立てる彼女の顔は満天の笑顔だった。
「そうなんですね」
なら宝の持ち腐れでは無いか、と喉まででかかった言葉を舞は飲み込む。代わりに新堂へ目を向け、
「……でも課長も公安っていうエリートなんですよね? それでも辛さんのほうが強いんですか?」
「どうだろな。本気で戦ってくれないし課長は。まぁ負ける気はしないけどさ」
「言われてますよ?」
代わりに答える辛の男勝りな言葉を舞はそのまま回す。
どうなんだろうと興味がわくが、当の本人は首を振り、
「勘弁してくれ。ガチガチの特殊工作員に勝てるわけないだろ。ゴム弾催涙ガス使ってとんとんだよ」
明確に否定する。
うーん……。
ただの謙遜か、それとも状況次第なら勝てるという自信なのか。分かることはその言葉を聞いて辛は牙を剥いて笑っていた。
「じゃあそれで10本勝負する?」
新堂の肩に腕を乗せ耳元で囁く彼女に、誘いを振り払いそのまま肩を落とし、
「恨みを買うようなことしたかなぁ……結構誠実に対応してたはずなんだけど」
項垂れたまま細々と呟いていた。
見てみたいなぁ……。
銃撃戦からの肉弾戦。それはまるで映画のようで。モンスターの掃討に何の役にも立たないだろうけれど見応えだけはありそうだった。
何より、安全圏で観戦できることがいい。体格差だけでも辛に勝てる未来は見えなかったからだ。
やるとなれば本気でやるが土台無理なものは無理である。一方的に蹂躙される絵を見るより鬼気迫る肉薄の様子を見る方が楽しいに違いなかった。
その場合どちらを応援すればいいのだろうかと舞が頭を悩ませていると、
「それとこれとは別だろう? こっちに来てから腕が鈍ってるんだからたまには実践しておかないと。いつ刺客に襲われるかわからないんだし」
「知るか。そこはちゃんと味方を作っておけ」
あくまで乗り気な辛を新堂が鬱陶しくあしらう。それよりも気になるワードに舞は口を挟んでいた。
「刺客?」
「うん、どこも一枚岩じゃないってことだね」
「……聞いていい話なの?」
また裏側の話が飛び出して、舞は顔を顰める。疎外感を感じると共に、大っぴらに話していることへ、
夢が崩れるぅ……。
日夜日陰で暗闘するはずの2人が和気あいあいとしている姿に納得のいかないしこりを抱いていた。
「自分で言う分にはな。話していいことくらい理解して話しているさ」
という新堂へ舞は疑いの目を向ける。
要所要所で抜けてるからなぁ……。
実は既にやらかしているのではないかという疑念はなかなか晴れるものではなかった。




