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実働1部1

 吉川市での1件の翌日のことだった。

「いさおっち」

 始業から2時間が経った時だった。いつものように煙草休憩を勝手に取っていた新堂が職場へ戻る途中、背後からの声に足を止めていた。

 振り返れば彼がいる。狂島だ。今日も神出鬼没っぷりを遺憾無く発揮し、朝礼以外で姿を見せていなかった。今はどういう訳か昔何かしらで使われていた小部屋、今は資料保管室として使われている場所から、頭だけ出していた。

 生首が浮いているようにも見える彼に、

「どうかしましたか?」

 新堂は慣れた様子で答える。

 ……なんだろなぁ。

 ニコチンの回った冴えた頭で考えるが、特に思い浮かぶものはない。強いて言えば昨日の1件だが報告書を作成しているのは広報部で、ヘルプの人事部がとやかく言われる必要はなかったからだ。

 油断しきった顔を晒す新堂に、狂島が本題を告げる。

「いや、たいしたことじゃないんだけど。外にゴーレムが出てきちゃった件でさ」

「はい」

「……他にやり方はなかったのかな?」

 言葉にするのを躊躇うような素振りを見せて狂島が言う。

 ……うーん、わからん。

 言葉の裏に潜む真意に辿り着けず、新堂は頭を搔く。

 やり方なら無限にある。しかし1番安く済む方法ならあの状況ではあれが最上だったはずだ。それは広報部も認めていることである。

「問題ありましたか?」

 仕方なく尋ねるしか方法はなく。

 聞かれた狂島も眉を寄せて頷くように目を閉じていた。そして、

「割れた道路の補修工事代と市道を一時封鎖した件で経理部と法務部から小言を言われてね。広報部からはベストな対応だったって援護を貰ったんだけど一応聞いておかないと体面が悪くてねぇ」

「広報部の言う通りですよ。人的被害無くあの場を解決するにはあれ以外の方法はありませんでした」

 断言する。そういう共通認識で上に報告していることを、新堂の一存で変えることは出来ないし変えるつもりもない。

 沈黙。探るような目が新堂を貫く。

 ……何か?

 話は終わっているはずなのに狂島の目線は動かない。嘘くさい笑顔の後ろにどのような謀略が潜んでいるかを考えると、

「――ならよかったよー」

 急に態度を軟化させ柔和な笑みを作る。

 ……うわぁ。

 新堂は表情を崩さず内心で唾を吐く。直感と今までの経験が絶対にろくでもないことを考えていると告げていた。

 それは案の定で、

「でも、あの作戦考えたのいさおっちじゃないよね?」

 数歩近づいた狂島が、言う。脅すようにゆっくりと声は低くだ。

 お互いと吐息が重なるほどの距離に、新堂は軽い目眩を覚える。

 ――パワハラですよ。

 ……うるさい。

 聞こえないはずの懐かしい声を振り払い、心と一緒に背筋を伸ばす。

「それが何か?」

「あまり目立って欲しくないと言ったの忘れたのかな?」

「それも加味してあの方法しかありませんでした」

 なるほどと納得しながら言葉を紡ぐ。

 狂島は舞のことを遠くから刺しに来ただけだ。そう考えると気が楽になる。

 新たな睨み合いは1分にも渡り、脂ぎった汗が背筋を伝う。新堂には後ろめたいことは何も無いのだからさっさと諦めてくれと願うしかできなかった。

 その時視線が外れ、

「……そ。ならおっけー。業務頑張ってね」

 新堂の肩を叩くと言葉を残し踵を返して行ってしまった。

 1人残された新堂はゆっくりと身体を傾けると壁に背中をつく。深く吸ったままになっていた息を長く吐いて、

 ……どっと疲れた。

 午後は休みを取ろうと決意していた。 





 むさっ……。

 目の前に広がる光景を見て舞はそんな感想を抱く。

 そこは旧校舎から外に出たグラウンドだった。たいして広くもない敷地に押し固められた砂地があるだけで、囲うように設置されている鉄網のフェンスの下には雑草が青々と茂っている。

 午前中の時間、太陽が白く光る下に舞はいた。いつものスーツ姿ではなく、動きやすい学生時代の体操着だ。普通なら大きくなった身体に合わず捨てられている物だが、舞にとっては悲しいことにいつでもちょうどいいサイズでしかなかった。

 他には10数人の男の姿があった。額に汗を流し、それぞれに課せられた訓練をひたすらに行う。時折教官らしき男性の怒鳴り声とそれに返事をするやけくそのような大声を前にして、1人離れた場所にいた舞は、

 ……よくやるなぁ。

 他人事のような感想を抱いていた。

 どうしてこうなっているのか。それは今朝の朝礼のことだった。

「今日から1週間業務1部ね」

 朝礼にだけは必ずいる狂島が手持ち無沙汰な舞と新堂に対していつものように突然の命令を下していた。

 そんなことがまかり通るほど人事部の仕事は少なかった。一般的な企業では仕事に対しての評価で給与の計算をしたり、入退職や異動する人への手続、研修など様々な業務を行っているのだが、ダンジョンワーカーでは基本、給与に査定はなく、特別な理由がない限り異動もない。退職も入社初日が異常に多いだけでそれを乗り越えてしまえば数は少なく、研修も各部で行うため人事部が手配する必要はないのだ。

 採用についてはハローワークに募集をかけているが年始からの業務になるため、じゃあ今なにやってるのと他の部から問われるとまともに反論が出来ず、結局は非常時のヘルプ要因としての立場を確立していた。

 だから突然出向命令が出ても対応はできる。しかし、

「1部ですか?」

 狂島の言葉を聞いて、新堂が驚いたように聞き返していた。

「何か?」

「最初は2部からの方がいいんじゃないですか? 向こうもこんなちび助連れてこられても困るでしょうし」

 珍しく反論する新堂が、隣に立つ舞の頭を押しボタンのように叩いていた。

 その馴れ馴れしい行動に、払いのけようと伸ばした手は空を切る。

 ……あぁもう。

 手が触れる直前に新堂が手を引っ込める。最近では行動を読まれているように攻撃が当たらなくなったことを素直に腹立たしく感じていた。

 何事もなかったようにどうですかと尋ねる彼に、狂島は一度頷くが表情は渋く、

「でも1部研修は皆通った道だし。それとも調査部にする?」

「1部でお願いします」

 譲歩に対して新堂は即答で意見を覆していた。

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