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シーシャ1

 意を決してドアを開ける。

 ……やっぱりえぐい。

 新堂は分かっていたことを再認識する。外に漏れ出す程の煙、部屋の中がどうなっているか、など考えるまでもなかった。

 人の姿がぼやけるほどの霧の中を慎重に進む。ゆっくりと足を出して当たらなかった分だけ身体を前に出す。1歩2歩。3歩目でつま先に触れる物があり、そこからは手を伸ばして形を判別する。

 まるで阿片窟(あへんくつ)だな、と新堂は思う。歴史の教科書で見た様子が酷似していたはずだ。若しくは換気扇の壊れた汚い焼肉屋か。

 触れている物は固く、平らな面がある。表面はつるつるとしていて縁は直角に切り取られているようだ。膝上くらいの天板だろうな、と当たりをつけていると、

「……何してんの? さっさと座ったら?」

「舞か。どこに座れば?」

「えっと……椅子は……ないか。隣でいい?」

 新堂はあぁと答えるが、椅子がないのにどう座ればと疑問が湧く。というか何も見えない。

「換気扇ないの?」

「だんだん慣れるよ」

 えー……。

 投げやりな対処法に新堂は戸惑いを表情で示していた。しかし彼女の言うとおり、少しづつ物の輪郭がはっきりと見えるようになってきていた。

 ……へぇ。

 部屋を見渡して感嘆する。それなりの広さがある部屋には広いローテーブルが1台、それを挟むように2人がけのソファーが2つ。入口近くのソファーには既に2人座っており、もう1つは舞だけが座っていた。

 ローテーブルには4つの蒸留器のようなものが置かれており、

 ……シーシャか。

 目星をつけた新堂は促されるようにゆっくりと歩き出す。

 そして、

「いらっしゃい。シガーバー『バッドトリップ』へ」

「……なんだそのクソみたいな名前」

「そんなことないでしょ! ねぇ!?」

 空を引き裂くような強い口調で同調が煽られる。しかし彼女の意に反して、賛同の声はなかった。

 舞はわなわなと肩を震わせると、

「裏切ったな! あの桜の木の下で誓い合ったのに!」

「変な記憶を捏造(ねつぞう)すんな。それに店名なんざ、今日初めて聞いたぞ」

「そりゃ今考えたからね。ゆくゆくは銀座に店舗出すんだから」

 大柄な男性の返答を受け、舞は楽観的に笑う。

 ただの夢物語か、それとも本気で成り上がりを目指しているのか。判断に迷うところだが、新堂は愛用の煙草に火をつけながら、

「うちの会社副業禁止だぞ」

 無慈悲に告げる。

「えっ……そうなの?」

「あぁ。それにここ営業許可取ってんのか? 飲食物を提供するなら衛生管理者の資格と保健所への届けも必要になるが」

「ちょ、ちょっと待って。まだそこまでやるつもりはないから」

 舞は振り払うように手を振る。

 なんだ、と新堂は半ばあきれるように息を吐く。絵に描いた餅なら特に言うことはない。現時点では、だが。

 ……しかし。

 懐かしいなと、煙草を咥えながらガラスの本体から伸びるホースを手に取る。シーシャはまだ公安だった時に2、3度通ったことがある程度、それも全て付き合いだ。その時は紙煙草より軽く、ひたすらに甘い物だとしか感じていなかった。

 既に炭とたばこ葉もセッティングされているようだ。後は吸い込むだけで楽しむことが出来る。

 新堂は吸い口を口元に寄せて手を止める。首をゆっくりと回して、未来の店主へと目を向けた。

「……いくらか決まってるのか?」

「一本3000円になってます」

 今まで見たことのない笑顔で指が3本立つ。相場はわからないからなんとなく、

「割高じゃないか?」

 適当な値段交渉をする。

 3000円。ただのカフェにしては高く、高級な葉巻を買うくらいなら恐ろしく安い。決して払えない金額ではないが、急に招待されて金まで払うことがほんのすこしだけ(しゃく)に触っていた。

 特にホテルのように雰囲気を売る訳でもない。環境としては下の上くらいだろう。そう考えるとやはり割高く感じてしまう。

 それを聞いて、けちけちしてんねと嫌味を置いてから、

「飲食物持ち込みフリーなんだからこれくらい取らないと採算合わないの。その代わりたばこ葉はそこら辺の店よりいいもん使ってるから満足はさせられるはずよ」

 自信に満ちた声で舞は告げる。

 ほう……。

 言うじゃないかと、新堂は感心する。

 今新堂が愛用している煙草は市販のものだ。有名どころで、どこでも手に入る。何種類か試した中で一番()()()()くるから吸っているだけで、たばこ葉の違いなど分かるはずもなかった。メンソールか否かくらいだ、はっきりとわかるとしても。

 一日1箱以上吸うのにソムリエのようにこだわる必要はない。新堂の煙草に対するスタンスなんてそんなものだった。

 つまり、ハードルが低すぎて何でも満足してしまう人間に特別感を与えられるのかがポイントになる。安い筋張った輸入牛のステーキでも美味く食べる人間にとって、高くて柔らかい黒毛和牛が必要ないように。

 新堂は面白いと顔を歪ませながら金属の吸い口を咥える。ゆっくり、慎重に息を吸いこむと、熱い炭にいぶされた葉っぱから出た煙が水の中を通って肺に流れ込む。

 ……?

 なんの味もしない、と思った直後だった。

 えっ……?

 考える時間もなく意識が沈んでいく。身体は鉛のように重く、脳みそが稼働を停止していく。それなのに見える景色は煙を排除し、非常にはっきりとした情景を映していた。

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