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恐れていた事 6

 それなりには魅力的な提案だったと舞は考えていたが、モンスターの彼はしばらく喉を鳴らした後で、

『……まだ早いだろう』

「どうして?」

 明確に拒否され、これには舞も驚きを隠せずに目を丸くする。

『理由はなんですか?』

『我々もそちらも準備不足だろう。まずは言葉、そして文化、社会と理解してからでないと余計な混乱を招くこととなる。ついてはその問題に対しての協議を行いたい』

 見た目通りの真摯な対応に、舞は脳みそを叩かれたような衝撃に困惑していた。対応としては非常に思いやりに溢れ非の打ち所がないのだが、何しろ舞という少女は根回しという言葉が拒否反応が出るほど嫌いであり深く考えるくらいなら直情のまま行動する事を至上の喜びとしているのである。社会人としてどうなのかという話ではあるが、たまたま上手く行っているので成功体験が脳裏に焼き付いてしまっていた。

 あまりの眩しさに身を焦がされ、真っ白になって項垂れる舞を横目に見ていた戸事は交渉決裂を危惧してその肩を揺さぶる。

「ねぇ、大丈夫? 私、こんな所で死にたくないわよ?」

「……大丈夫です、ちょっと一発食らっただけですから。それより――」

 ことここに至っては舞だけで解決出来る話ではなくなった。とりあえず地上に上げてあとは流れでどうにかなるはずが、目論見は砂浜の城のように崩れ去っていた。

 事情を説明し終え、聞き入っていた戸事は胸に溜まった息を吐き出して、

「……真面目かっ! 温度差で風邪ひくわ」

「どういう意味です?」

「意味なんてないから聞くんじゃないわよ。それにしても……人間よりも社会に理解があって配慮も出来るってこっちが恥ずかしいくらいだわ。で、どうするつもり?」

 整理のついた戸事が舞に聞く。とはいえ2人のアタマに浮かんだ解答は全く持って同じものだった。





「えぇ……そんな話になってたの?」

 小休止をモンスターに告げ、ダンジョンワーカーの職員は頭を擦り合わせるように円を囲んでいた。

 情報共有後の狂島の第一声がそれである。もはや憔悴と言っていいだろう、話を聞くにつれ期待を裏切るように悪い方悪い方へと転がる事態に顔を青くする。それは六波羅も同様で、後は反応を保留していた。

 高度に政治的な判断が求められているのだ、同じ人間である外国移民ですら問題の火種が尽きないというのにモンスターを受け入れられるかなど問う必要もない。どれだけ常識を詰め込んだとしても1人で軍隊を相手取れる人ならざるものと同じ街に住めるかという問題がある。今すぐに彼らを地上にあげることは不可能であり、また今後の見通しもたっていない。かと言って無限に相手を待たせておくことも出来ないのだ。

 モンスターとの共存を政策に掲げた政党は現状間違いなく落選する。どれだけ危機感を煽ったとしても現場の声が届くには時間が必要で、すなわち社会不安にも繋がる。それは公益社団法人として避けるべき内容であり、しかし……。

 考えて答えが出るなら悩む必要などなく、今さらなかったことにも出来ないもどかしさに狂島の息が詰まる。厄介であるがいずれは解決しなければならなかった問題であるがゆえ、

「……とりあえずお互いよく知る事から始めようか。その間に法整備と認知を進めるよう上と掛け合ってみる」

 玉虫色の返事で時間を稼ぐ他なかった。




「――で、何しに来たの?」

 畳の間にて、銘が言う。相手は姉である舞だ。

 ちゃぶ台に顎を乗せ、膝を付け合せる2人以外近くには誰もいない。

 あれからしばらくが経過した。まだモンスターが社会に出ることは叶わないが、い号ダンジョンの周り、柵の中までは活動範囲を広げている。初めは人間とモンスター、お互い距離感を保ちつつ、有り体にいえば腫れ物扱いをしていたがひと月もすればそれなりの交流を行うようになっていた。特にダンジョンへ潜る際、魔法を使えるというのはとてつもないアドバンテージで今後仕事として彼らにハンターを依頼するようになるだろう。

 社会は大きく変化がないと思われたがまたそれも違う。どこで話が漏れたのか、人の口に戸は立てられないということなのだろう、ダンジョンワーカーがモンスターを飼っているという噂が世間に広まりつつあった。今では東京の社屋前に週刊誌の記者の姿が散見され非常に鬱陶しい。口さがない人など国家転覆用のテロ要員を育てているなどと言うため、会社の評判は過去最低を更新し続けていた。

 だと言うのに来年度の求人応募には例年並み、いやそれ以上の人が集まっていた。どうやら先日の銀行テロが関係しているようで、巻き込まれた小さな女の子のような痛ましい事件に感化されたというのだ。正義感は大変結構なのだが、面接担当の新堂はなんとも言えない顔をしながら真実は告げずにいた。

 今後、それこそ5年10年と緩やかに世の中は変化していくだろう。どれだけ劇的なことが起きても人間はなんだかんだ適応していくもので、前例に無理やりはめ込んで納得していく。じわじわと水を吸い込むように変化があろうとも明日明後日に影響しなければ案外受け入れられるというものだ。

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