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初仕事6

 おかしいと新堂は考える。

 前回の調査報告ではまだダンジョンからモンスターが溢れるほどの時間は経過していないはずだった。例外はあれど関東7都県に50近いダンジョンを持っている会社の出した統計がそう大きく外れているとは考えにくい。

 ダンジョンは7つのフェーズに分けてある。ダンジョンが出来た黎明期(れいめいき)、下に拡張を進める成長1期、横にも広げ始める成長2期、そしてモンスターが外へ(あふ)れるようになる肥大期となっていた。蓮田さんのダンジョンは成長2期になったばかり、肥大期にはまだ数ヶ月の猶予があった。

 そのはずなのに――。

 何事にも例外はあるが、あまりにもタイミングが良すぎることへ違和感が拭えない。

 新堂は少女を見る。幼く純真そうな顔の裏を読むことは出来ないが、彼女のせいであると疑っていなかった。夜巡 舞。正体不明の彼女ならやりうる、そうでなければイレギュラーなことが起こったと分厚い報告書を書かねばならなくなるから。

「蓮田さん」

 その彼女が口火を切った。





「蓮田さん」

 舞はまだ微かに湿り気の残る髪に指を通しながら言う。

 ……眠い。

 閉じたがる(まぶた)に活を入れることでどうにか目を開いていられる状態だった。

 原因は昨日からほぼ一睡もしていない事だ。夜の間中走り回り、外来生物(かぞく)と共に水浴びをして帰る。雪解け水が流れ込む池の水は心臓が停止するほど冷たい。しばらくして()れそぼつ身体を自然乾燥させながら朝焼けの空を背に物音立てず布団へ戻ったが、煙を吸い過ぎた頭は簡単には意識を飛ばすことを良しとしなかった。

 丁度薬効が切れて数分にも満たない刹那の時間だけ失神するように眠っていたところを揺さぶり起こされて、気分よくいられるほど聖人ではない。今も舞は自分のふとももを強くひねりながら、家主へと意識を集中させていた。

 揺れる頭に揺れる視界。限界はすぐそこまで来ていた。

「……なんだ?」

 老人が返事をする。何1つ見逃さまいとする鋭い眼光が突き刺さる。

 舞は臆さず枕元に置いてあったバッグを開く。多量のパンフレットが顔をのぞかせているなかから、数枚引っ張り出して畳の上に並べていた。

 几帳面に並んだ4枚の紙。どれも会社が発行しているダンジョン運営に関するプランだった。既に何度も手渡されているはずのそれらから1枚手に取り、掲げる。

「今後、こんなケースが何度も訪れることとなります。テレビや新聞は調子のいいことばかりを垂れ流しているし、ここに来た会社の人もまだ急ぐ段階ではないと真剣に説明をしていなかったんだと思います。だってもっと大きな被害が出てから泣きついてきてもらったほうが値段交渉しやすいんですから」

「そんな――」

 口を挟もうとした新堂を目で制止する。

「大人、会社なんてそんなものですよね。確かに肥大期までは時間があるけど、その間にしておかなければならない事ってすごく多いんです。ダンジョンにもぐる人材の確保、取れた資材の売り先、人を集める交通手段。成功していると言われているところは多額の投資をして自治体や大学、研究機関と協力しているんです」

「ならうまくいくようにすればいいんだろう。自治体や大学に話を通していけばいい、それにあんたたちの会社に任せても成功するとは限らないんだろう」

「そうです。だってダンジョンは災害なんですから」

 舞は言い切る。海外では主流の考え方だし、舞も的を得ていると考えていた。

 たまたま油田が敷地内に湧いたからと言って、産出量が少なければ土壌汚染だけで終わってしまう。温泉だって硫黄の濃度が高ければただの毒ガスでしかない。ダンジョンはそれと何ら変わらないのだ。

 ならどうするか。災害にあったなら泣き寝入りをするのか。今の社会はそんな血も涙もない政策をとってはいなかった。

 舞が掲げた1枚の紙には、運営権の貸与と書かれている。

「土地はおじいちゃんのもの、ダンジョンは会社に貸して定期収入を得る。素材や入場料による収入はなくなるけど、モンスターによる被害は会社が持つ。下手にハイリスク・ハイリターンを狙うよりも確実な道を行くべきです。お子さんの為にも」

「どうして――」

「玄関にあった古新聞、ダンジョン関係のチラシ以外にも老人ホームの案内だけが残してありました。奥様も居ない今、1人で生きていくには辛くなった時の為にお金が必要なんですよね?」

 舞が告げる。

 ……もちろんそれだけじゃないんだろうけど。

 子どもがいて孫がいるなら、かかるお金は家計に重くのしかかる。どう見ても年金で生活している老人が力になるためには、立派な収入源が必要だった。

 気持ちは分かるが、それでは無理なのだ。何故なら――。

「おじいちゃんが亡くなった後、お子さんがダンジョン経営できると思いますか?」

「それは……」

「無理です。無理ですよ。こんな簡単に非常事態が発生する、まだ誰もが手探りなのに急に任されたとして上手くやれるはずがありません。相続放棄するしかないんです。幼少期から慣れ親しんだこの家を手放す決断をさせるんですか?」

「……」

 矢継ぎ早に責め立てられ、蓮田は黙ってしまう。

 ……うーん。

 言いすぎた、と舞は思わない。十分現実的なことしか言っていないからだ。

 ただ、上手くやれるなら老人の構想通りが1番利益になることも理解していた。そのためには、

 立地がなぁ……。

 都心から車で3時間、最寄りのインターや駅からも遠く、バスも1時間に1本あるかないか。ごく一般的な田舎だから、県内にあるもっと利便性のいいダンジョンに人が取られてしまうのだ。

 悪いところを上げればキリがなく、いいところなど特にない。事業として成功するかどうかを議論する余地などなく、いかにリスクを排除するか、それしか考えることが出来なくなっていた。

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