はじまりの地へ 12
後悔とは、覆水盆に返らず、もうどうにもならないから後悔なのだ。それは何も波平に限った話ではなく、彼――見た目上彼女――の揺れる感情に心動かぬものは居なかった。
1人を除いて、だが。
「じゃあ要件も済んだから銘に戻すね」
「ちょ、ちょっと待て。お前人の心はないのかよ」
無情な舞の一言を新堂が口をふさぐように止める。せっかく話ができたというのに感動の再会はもう終わりと言われてしまえばだれでも同じ反応になることだろう。
その行動へ、舞は目を細めてひどく不機嫌な顔をしていた。
「これ以上何を話す必要があるんですか? 波平さんが恨んでいないって言ってるんです。よかっためでたしで終わりじゃないですか」
当然のことを当然のように言う、何も間違ってはいないのだから性格が悪い。
舞の言い分はもっともで、準備に相応の時間がかかってしまっていたが本来の目的は元気のない狂島の煮え切らない態度をどうにかする為、波平がどう思っているかを確認することだった。それ以上を望むなら別件として扱わなければならず、それに舞が力を貸す理由がなかった。
それは何も舞に限った話ではない。興味深く動向を見守っていた薬師丸と六波羅も付き合う時間に限りがある。気が済むまでここにいればいいというわけにもいかず、明日どころか今日地上に戻ってからも仕事があるのだからある程度計画性を考える必要があった。特に狂島と新堂は役職付き、責任のある立場なのだからなおさらである。
「……わかった、俺から最後に聞かせてくれ」
「どうぞ」
やりくるめられたことに新堂は苦渋を舐めた顔をしながら舞に了承を得る。その舞はというとまったく、紙の一枚ほども興味がないという顔をしてくつろぎの体勢に戻っていた。
これではどちらが上司か、甚だ疑問ではあるが、今気にすることではないと新堂は波平へと向き直る。
「ひとつ、どうしてダンジョン原理主義団体なんてもんに参加してたんだ? 俺らにとって天敵みたいなもんだろ」
ことの原因、ダンジョンからモンスターが溢れ出ることこそが自然と考える危険思想を持った彼らに同調していた理由、それがどうしても分からずにいたからだ。
狂島が何かしたのか、まずはそこを疑うのは当然で、動向を探らせるために潜入などはすぐに思いつく。しかし、それにしては気の落ち込みようが異常であり、なによりあの日、狂島の言っていた言葉が妙にのどに刺さっていた。波平が何を見たのか、ただの言葉遊びには思えない真実があるような気がしていた。
というのは考えすぎだったかと、新堂はすぐに思い改めることになる。話を振られた波平はなんというか、生来の純朴さを欠片も失うことなく、ただ気恥ずかしいというように頬を搔いていた。
「いやぁ……信じてもらえないと思いますけど悪い人ばかりじゃないんですよ」
「そうか……そりゃ無理だろ」
うなずく、わけもなく新堂は首を振る。今や彼らの悪行は白日の下にさらけ出され、日陰すら歩けない。活動にも制限が入り、警察による家宅捜索なども積極的に行われていた。
人権、自由の侵害などというが、日本において宗教や団体による犯罪への忌避感は他の国の比にならない。それは歴史を知っているものなら誰もが感じることであり、一線を越えたとなればいくらでも鬼になれる国民性の表れでもあった。
古巣を擁護したい気持ちはわからないでもない。ここにいるもののほとんどが前職、何かしらの現場で働いていたものなのだから。つらいこと、苦しいこともあっただろう、しかしそれが全てではない。少なからず心救われることも、結果として糧としたことまで否定することはおかしいのだ。
とはいえ、その古巣に背中を撃たれてまで擁護するとはいかなるものか。世話になった恩よりも恨み言のひとつでも先にこぼれるべきなのである。下手人は全員ダンジョンによって亡骸となったとしても、それで全てが解決したわけではないのだから。
新堂が無駄に考えを巡らせていると、波平がゆっくりと口を開く。
そこから語られるのは、だれも知らない世界の話だった。
「モンスター愛好会って知ってますか?」
突然波平が言いだしたことに、数人が首を横に振る。
言っていることがわからないわけではない、おそらく字面のとおりなのだろう。だがしかし、その間引きを生業のひとつとしている立場からしてみれば受け入れられるかどうかは別の話である。酪農家と動物愛護団体の関係に近いだろう。
全員の反応を見た波平はですよねと小さく呟いて、
「世の中そういう人もいるっていうわけです。モンスターなんて珍しい生き物、気になるというのもわからない話じゃないでしょう? 特に黎明期に出るモンスターなんて犬猫と変わらないくらいか弱い生物なんですから、研究材料として以外にも結構引き取り手が多かったんです」
「お前もそのひとりだったってわけか?」
話の流れを先読んで新堂が言うが、波平は違いますと首を横に振っていた。
そして、その視線は横にずれ、王様のように大きい態度をとる少女へと向く。




