表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

127/138

はじまりの地へ 11

「……えっと、久しぶり? いや、その前にここどこ? まるでわかんないんだけど何がどうなっているわけ?」

 あたふたと、本当に混乱しているようで、人の顔を見ては周囲に目を向け、また理解できずに顔を見る。誰も何もわからない状況にひとり追加されたせいで収拾がついていなかった。

 こういう時にまったく役に立たないのが舞であることを知っていた。今も目的は達したと満足げに煙草をふかしているのだから始末に負えない。ここで更なる説明を求めようものならまず不平不満が飛び出すに違いないと、新堂は期待することを諦めて口を開いていた。

「波平、なんだよな?」

「あ、はい。課長……ですよね?」

 お見合いでもここまでぎこちなくはないだろう、新堂はうなずいて答えるも次の言葉は喉につっかえてなかなか出てこない。ある意味当然だ、殺したかったわけではない、事情があったにせよ一度は引き金を引いて命を奪った相手にかける言葉などそう簡単にはないのだから。

 まず謝るべきか、いや謝ったところでどうなる話ではないと、ころころと表情を変えても新堂の口からこぼれるのは苦悶に満ちた低いうなり声だけ。このままでは時間を無駄にするだけとわかっていても気持ちだけ焦るばかりで的確な言葉など浮かんでこない。他人に助け舟を求める立場でもないことがなおのこと彼を苦しめていた。

 その現状を打開できるのはひとり、より立場が上のものしか居なかった。

「本当に波平君なのかい?」

 まごつく新堂の横から狂島が声をかける。

「部長……えっと、お疲れ様です」

「……申し訳ない」

 会話という体すら成り立たず、すれ違うだけの言葉が交わることなくすり抜けていく。波平としてはこの現状を理解しようと努めてみているのだが、なにぶん明確な答えを持っている人物がこれ以上話す気はないかのようにくつろいでしまっているのだから救いがない。

 狂島が頭を下げている間、波平は何となくではあるがわかったことを頭の中でまとめていた。依然として理解及ばないところは多く、特に自分の身体がやけに縮んで視線も低くなっていることに驚きを隠せずにいたが、それよりも、

「……ここってダンジョンの中ですよね? もしかして呼ばれた感じですか?」

 収拾をつけるために簡単な質問から始めることにしていた。

「あ、あぁそうだな。舞の口車に乗ってい号ダンジョンまで来たんだが、銘……舞の妹で――」

「あ、そこら辺は大丈夫です」

 一から十まで説明されては時間がもったいないと、波平は新堂の言葉を遮る。

 経緯はわかった、後はその理由だ。い号ダンジョンと言えば世界初のダンジョンであることは自明の理、その危険性も折り紙付きである。それでもなお波平へ会いに来た理由があるわけで、

「わざわざこんな所まで……仕事の引き継ぎで困っている、とかじゃないですよね?」

 波平はわざとおどけて答えてみせるが反応はなしのつぶて、当然であった。

 急遽穴を開けたとて閑職である人事部に支障などあるはずがない。自虐的なことを言って見せても軽く無視されたことに気恥ずかしさを覚えながら、波平はうーんと天を見上げていた。

 ではなんだろうか。死人にくちなしとは聞くが意見を求めるなど聞いたことはない。ぱっと思いつくことはないというように苦笑しながら目で回答を促していた。

 その疑問に答えたのは、ようやく頭を上げた狂島だった。

「恨んでいるかい?」

「? いいえ」

 何事もないように波平が答えたせいで会話が終わる。ここまで来ると逆に恨んでくれていたほうが話になるのだが、人のいい柔和な表情がそれを許してくれないでいた。

「……部長、どうするんですか?」

「いや僕にも予想外で。普通殺されてここまでけろっとしているものかい?」

 ひそひそと耳打ちするように新堂と狂島が会話する。逆に聞かれても新堂は知りませんよと答えるしかなかった。

 非常にぐだぐだである。しかし新堂が絡むことはえてしてこのような事態になりやすい。本人の能力は高いのだがどういった星回りが関係しているのか、結果的にうだつが上がらないと評されることがしばしば。そのくせ新堂自身がなかば諦めてしまっているのだから進歩など望めるはずもなかった。

 舞が来る前からそのような感じであったため波平も特段驚くようなことではなかった。むしろこの意味不明な状況下でも変わらぬ新堂の様子が懐かしく、

「……波平くん、どうしたの?」

「えっ、あれ? どうしたのかな……」

 ぽろぽろとこぼれる雫は頬を伝い、服に水滴の痕をつけていく。心配して声をかけた辛に答える余裕もなく、少女の姿をした波平は泣き続けた。失ったものが何かを思い出すように。




「……お恥ずかしい所をお見せしてすみませんでした」

 数分後、目尻に溜まる涙を手の甲で拭いながら、波平が謝る。その頬は乾いた塩の跡と高揚した紅色が幼さを際立たせていた。

「大丈夫?」

「はい、もう……今になって馬鹿なことをしたと反省しています」

 

評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ