はじまりの地へ 4
ダンジョンの入口、それを形容する言葉は多くある。地獄の口だ、全てを飲み込む大蛇だ、はたまた黄金郷への門だのと。総じて言えることは人のつけた別称であり、ダンジョンの中から見ればただの穴である。
その穴の先には別世界が広がっていた。疑似太陽が照りつける下、冬だと言うのに南国並に暖かいそこには空があった。風があり雲もある、突然南半球に来てしまったような錯覚を覚えるほど、穴の外と中では大きく環境が異なっていた。
心地良さがかえって不気味な春風を浴びながら、ハンター達は静かに移動する。腰の辺りまで伸びた雑草は現世のものとは微かな違いを見せているが、植物学者でもなければ気付くことは無いだろう。しかし手癖の悪い子供がこれ幸いと手を伸ばして掴めるだけ毟っているところを、後ろについている大人が注意していた。
1階層は言ってしまえは平和そのものである。そもそもここにモンスターが溢れている状況が一番危険なのだ、前日までに自衛隊が十分に間引きをしているおかげで不穏な影ひとつ見ることなく次へと向かう階段と、その入り口となる大きな岩山へとたどり着いていた。
怖いくらいに順調であるが、目標を考えればこんなところで苦戦もしていられない。一行は慣れているおかげか気を緩めることなく次の階層へと向かっていた。
無線等が使えないためひとりベースキャンプへ戻り、他は先へと向かう。降り立った先に広がる景色は焼き回したように変わらぬ平原が続いていた。
2階なのに空があることへ誰も疑問に持たず、また慎重に進んでいく。最後までその繰り返しだなんて甘いことはなく、ここからモンスターの姿が散見されるようになっていた。
他の平原同様、虫型のモンスターが多く、どれも一筋縄ではいかない相手だった。飛ぶもの、毒を持つもの、特に倒したと思っても時折悪あがきのように不意をついてくる等、そうでなくとも群れる習性があるためとても楽できるなどとは言えない。だが、多くいるということは対処法も学習済みということであり、先頭の薬師丸だけでなく一般職員ですら十分に対処可能であった。
1部身体の大きな個体や、マザーと呼ばれる兵隊を連れた大群が現れるも、強化プラスチックの盾で囲みその隙間から攻撃することによって安全に駆除出来る。そうして2階層も大きく時間をかけずに走破することが出来ていた。
様相が変わり始めたのは3階層からであった。
「あっつぅ……」
思わずこぼした舞の言葉に周囲にいる大人達は凍った目線を向けていた。
気が抜けていることを咎めている訳では無い、言わずとも感じていることを口に出したせいでより暑く思えてしまうからだった。
場所はダンジョン3階層、火を噴く大地が一面に広がる火山地帯だった。
地獄か地の底か、形容するならそんな言葉が素晴らしい。地面のあちらこちらに溶岩だまりが雨上がりの水溜まりのように点在し、不自然な切れ目からは身を焼き尽くす程の熱風が吹き荒れる。吹き出る汗も一瞬で乾き、頭から水を被ったとしても大した効果はないどころか、沸騰して火傷を負うことだろう。
問題は装備にもあった。どんな状況にも対応できるよう、標準的な装備はなるべく動きを阻害しない軽装である。顔以外肌は露出していないが外気を完全に遮断できるようなものでは無く、なによりプロテクターの下に詰められた衝撃吸収用の繊維が熱を篭もらせるのだ。
しかしそれだけならまだどうにかなった。過酷な環境も走り抜けてしまえば次の環境へと移る。また火山である可能性もあるが、そうならそうで今後対策すればいい話であり、自衛隊からの情報で今現在の次の階層の構成もわかっているため、ここを抜ければどうにかなるという目測はついていた。
そう簡単に事が進まない原因は、やはりというかモンスターにあった。
火山地帯に適合したモンスター、そのまま溶岩で構成されたゴーレムや、全身火達磨になったトカゲなど。触れるだけで致命的なモンスターは劣悪な環境下で水を得た魚のように襲いかかってくるのだ。
それでも人は止まらない。ダンジョンの素材を混ぜた特殊合金の鎚や棒、または己の肉体に自信のあるものは耐火グローブで外敵を打ち砕く。どれだけ熱かろうと一瞬ならばさほど伝播しないとはいえ、燃え盛る怪物に腕の1本で突進していく様子は心臓に悪い。
状況は極めて好調、そんな中初めから戦力外である舞の横にもうひとりの戦力外がいた。
「……大丈夫です?」
心配そうに声をかけるが、彼女は力無く首を横に振りながら服の隙間から煙をあげていた。
辛である。体組織のほとんどがモンスター、ゼリー状になってしまった彼女は水にも弱ければ熱にも弱かった。酸との混合液により沸点は上がっているとはいえ、その温度を超えてしまえば内側からぽこぽこと気泡が浮き出てしなびた野菜のように皺がより、その高かった身長も随分と低くなってしまっていた。




