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初仕事5

「はぁ……はぁ……」

 荒い息遣いが、月光の下に鳴り響く。

 手入れのされていない雑木林は天然の(わな)がそこら中に敷き詰められていた。肌を裂く茂み、足を絡め取る雑草、ぬかるんだ泥の地面など。昼間でも薄暗い林は夜になれば人を寄せ付けない要塞となっていた。

 少女は走っていた。下着姿で全身に泥を被り、それでも前へ向かう。どの方向でも一直線に向かえば時期に林を抜けられるだろう。それほどの面積しかない土地で、少女は木々の間をすり抜けて邁進(まいしん)する。

 踏み出す。飛び越え、くぐり、時には木に登り。

 目的地はすぐに見えてきた。

 林の中で急に視界が開けていた。領域の外に出たわけではないことを、目の前に鎮座しているものが示している。

 少女は足を止める。雑に積み重ねられているようにしか見えない岩山には、人1人ならゆうに飲み込める程の大穴が少女を見つめていた。

 ……やっと着いた。

 少女は荒れた呼吸を整えるように大きく息を吸う。胸いっぱいに空気を取り込んで、長い時間をかけて吐き出すと、下着のゴムに挟んでいた愛用のパイプを取り出して火をつける。

 スー……ハァ……。

 辺りに甘い香りが立ち込める。ダンジョンにしか生えない(こけ)を発酵させ乾かして作られたタバコ葉はシナモンのような甘さと強い鎮痛作用があった。

 ぐるぐると渦巻く景色に酔いしれる。少女は先程よりふらついた足取りで吸い込まれるように穴へと向かっていた。



 翌日の早朝のことだった。

 2つ並んだ布団は様々な形に姿を変えていた。1つはミノムシのように丸く太り、もう1つは45度ほど傾いて、四方から人体の一部が飛び出していた。

 小鳥のさえずる歌が聞こえる。薄暮れの朝霧はまだ晴れるまで時間を要するようだ。

 そこへ遠くから太鼓の音が鳴っていた。徐々に近づいてくるそれが、正しくは床を踏み鳴らしているものだと深く寝入っている2人は最後まで気付くことはなかった。

 (ふすま)が開く。勢い余って柱にぶつかり乾いた破裂音が空を裂く。

「起きんかっ!」

 一際大きい声にまず反応したのは新堂だった。彼はゆっくり目を開くと、見知らぬ天井を見てからまた目を閉じる。直後布団を跳ね除けて起き上がり、

「お、おはようございます!」

 正座をして土下座しそうな勢いで頭を下げていた。

 ……怒ってるなぁ。

 降り注ぐ目線を感じながら、新堂はその訳を模索していた。少なくとも昨晩までは気分よくしていたはずだ。夜の間になにかあったのだろうと推測されるが……。

 ならば候補は1つしかない。新堂は未だ布団にくるまり顔すら見せない隣へ手を伸ばす。

 柔らかな布団に手を乗せて掴みあげると、しっかりとした反抗の様子が見て取れる。これ以上力を入れると生地が痛むな、と引き剥がすのをやめて左右に揺すり始めた。

「夜め――舞、起きなさい、舞」

 出かかった言葉を飲み込んで、言い直す。手の感触が触れているところが肩から背中の辺りだと告げていた。

 しばらく続けていたが全く反応がない。と思いきやもぞもぞと布団の中で寝返るような動きの後、無人の枕に向かって主が顔を出す。

 不機嫌に潰れた表情はまるで(かえる)のよう。思わず不細工と吹き出しそうになった新堂をきつく睨む目線があった。

「……おはよう、パパ」

「相変わらず寝ぼすけだな」

 昨日の意趣返しと、知らない事実を捏造する。

 怒りなどとは生ぬるいほど、牙を尖らせた笑みを浮かべる舞は身体を起こし、

「おはようございます、蓮田さん」

「……」

 昨日あれだけ気を許していた老人は、即答を控えていた。

 胸を持ち上げるように息を吸い、4秒5秒と溜めてから長く吐き出す。

 腕を組んで仁王立ち。言いたいことは分かるだろうという目付きが2人を見下ろしていた。

 ……ほんと、何したんだよ。

 深夜になって油断したことを後悔するがもう遅い。とにかく謝らねばと、新堂が口を開いた時だった。

「……今朝、近くのため池の水門が壊されとったらしいんだがなにか知っているか?」

「……水門、ですか?」

 怒気を(はら)んだ声を聞いて、新堂は首を捻る。

 ……水門ってなんだ?

 報告書を思い返して見てもそんな文言はどこにもなかった。どこにあるのかすら知らないし、何に使われているかも分からない。

 近いイメージとしてダムが思い浮かんでいた。それが決壊となれば悲惨な状況は免れない。すぐに原因だろう舞へ追及の目を向けるが、彼女は寝ぼけ眼を擦り状況についてきていない風を装っていた。もしくは本当に知らないか。

 居心地の悪い沈黙が場を支配する。内心で右往左往する新堂が言葉を選んでいると、深いため息の音が木霊した。

「……知らないならいいんだ。被害も木板が壊された程度だったしな。ただ近くにあった踏み荒らした跡がどうやら人間のものでも野生動物のものでもないらしい」

「それって――」

「ああ、ダンジョンから出てきたものじゃないかとな」

 御老人はそう嘆いていた。

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