表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

118/138

はじまりの地へ 2

 わなわなと怒りに身を震わせているのだろうか、しかし先程までとは違ってずいぶんと小さく見える背中が語る。

「……今言わなくてもいいだろうがよ」

「今思い出したんだから仕方ないじゃん。それに言われて恥ずかしいことなんて、国から備品代ちょろまかして風俗に行ってるほうがよっぽどでしょ」

「このっ……」

 振り返った顔には如実に焦りが浮かんでおり、しかし突き刺さる複数の目線に言葉を失う。

 悠々と話す舞の様子からまだまだ叩けば埃が出るようで、長い付き合いが仇となっていた。

 薬師丸はそれ以上口を開かず、ドアノブに伸びた腕を元に戻すと先程まで温めていたソファーに座り直していた。

 そして一言。

「……12階からコアルームまでの直通ルートがある」

「いいね、じゃあ建設的な話を始めましょうか」

 こうなったらケツの毛まで毟ると笑う少女の背中には悪魔が浮かんでいた。



 どうしてこうなったのか、と考えることは人生において往々にあることだろう。

 就職した先、結婚した先、数年経ってふと人生を思い返して見ると当時では考えのつかない道を歩いていると気付くものだ。

 予想外とはある種友人のように付きまとうものだが、朝起きたら砂漠の真ん中に放り出されていたような、理解を拒む状況に薬師丸はいた。

 場所は群馬県北部、赤城山を超えたさらに先である。教科書にも掲載されるほどのわかりやすい河岸段丘の上側、雪冠の山間の平地に、以前は田園風景があったであろう場所は飾り気のない緑のフェンスと巻いた鉄条網で区切られていた。

 軍の施設かのような厳重さはそのままの意味で捉えてかまわず、そこはい号ダンジョン、政府管轄のダンジョンであり自衛隊の基地にもなっていた。

 フェンスの外側には廃屋が並んでいた。元々少なくない人数が住んでおり、中には小さなマンションもあったがダンジョンが出来たせいで大きな県道が断絶、徐々に肥大化するダンジョンに合わせて広くなるフェンスと、それをものともせず脱走するモンスターに嫌気が差して住む人の賑わいは消えてしまっていた。

 人が住まなくなると朽ちるというがその通りで、窓は割れ柱は折れ曲がり、火事と地震と台風が1度に来たような様を見せている。しかしフェンスの中は例外で人の出入りが激しく活気に満ちていた。

 まだ本決定ではなく実際の譲渡は来年度頭からとなっているが、自衛隊がい号ダンジョンから引き上げる。その代わりに管理することとなった公益社団法人ダンジョンワーカーと円滑に引継ぎを行うため、事前に視察や連携を行う必要があった。

 その初日が本日である。会社設立以来の一大事業として名ばかりの会長すら出席、当然各部長その他職員含め社内に在籍している半数も招集される事態となっていた。

 薬師丸の想像以上に大きなイベントとなっていたが、本来部外者である彼がこの場にいるには訳がある。実際にダンジョンへ潜り、その目でい号ダンジョンがどういうものなのかを確認し、今後のダンジョン運営の指針にする必要があった。

 大半の職員は万全を期すためのバックアップとはいえ、少なくない人数が同行する。その先陣を任されたのが一番慣れている薬師丸であった。

 普段なら人の命を預かる重責など知ったものかと鼻で笑うところだが今日ばかりはそう簡単な話ではない。ご破算になるなんてことになれば薬師丸の経歴に大きな瑕疵をつけることとなる以上、真剣に取り組む必要があった。

 そんなこととは露ほども知らぬ人物が一人。

「飽きたわ。まだダンジョンに潜れないの?」

 火のついていない煙草を咥えて悪態をつく少女は、明らかにお偉いさんらしき人物の集まるテーブルを眺めながら不満そうな態度を隠さずにいう。立食形式の懇親会にはほとんど手が付けられていない食事を放って会話に花を咲かせる老人たちがいた。

 それはテレビでしか見る機会がないような政治家、省庁の幹部、財界の関係者など。実際にダンジョンに潜らず、その成果のみを浚うハイエナ達ばかりだ。自衛隊と公益財団法人という官公庁に縁の深い団体が2つも合わされば呼ばれる人も相応になるとはいうが、これから危険地帯に突入するという職員の中にも挨拶回りしなければならないものがいるとなれば、害悪とも受け取れた。

「そういうなよ。仕組みを考えるってのも大事なことなんだぜ」

「知っている、知ってるけど今やることじゃないでしょってことよ。それよりやーさんは顔合わせしておかなくていいの?」

 舞は器用に煙草を上下させながら口を動かしている。

 個人事業主である薬師丸にとってコネを作ることは重要な業務のうちのひとつである。が、彼は唇をへの字に曲げ、路上に転がる動物の死骸を見つけてしまったような冷えた目をしていた。

「そんなかったるいことしたくねぇからハンターやってんだ。仕事して熱い風呂に入って酒飲んで寝る。そんな慎ましい生活で十分なんだよ」

「またそんなこと言って、仕事なくなっても養ってなんかしてあげないんだからね」

「お前に養われるくらいならどっかのダンジョンで野垂れ死ぬほうを選ぶわ」

評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ