幕間 狂島と波平5
「で、何言ったのよ。ちなみにここで覚えてないって言うと相手の神経逆撫ですることになるからやめておいた方がいいわよ」
「……」
「はぁ……もういいわ。黙ってても同じだもん。以後気をつけなさいよ」
心当たりがなく口を開けない舞に、戸事は目を閉じて首を振る。責める訳でもないところを見ると相当優しいか、諦めているかのどちらかだった。
「部長も、この馬鹿に何言われたか知らないですけど気にするだけ時間と気力の無駄です。どうしてもやり返したいならどっかのダンジョンに投げ込んで来ればいいんですよ、ひとりで」
「そんなことしたら死んじゃうじゃないか。もうそんなことはさせないんだからありえない。僕のせいになっちゃうんだし……」
戸事の冗談を真剣な顔をして否定するどころか、延々とぶつぶつと呟く狂島。普段では見られない、あまりに異様な姿にどこで琴線に触れたのか一目瞭然だった。
皆、舞を見る。その目には優しさなどなく、ただ非難するだけの感情が宿っていた。
「な、なんですか……」
「なんですかじゃねえよ。波平のこと茶化すような真似したんだろ、流石に死んだ奴のことを弄るような言動は品性を疑うわ」
「そんなことしてません! 人のことなんだと思っているんですか!?」
舞は必死で訴えるも、返ってくる反応は芳しくない。周りからはいつかやると思っていたと、犯罪者に対する知人のインタビューのような状況に舞は頬を膨らませて抗議の構えをとっていた。
じゃあ本当のところはどうなんだと言われてしまえば記憶にないと答えるしかなく、それで納得してくれるわけもないことは百も承知、ならば舞のとるべき手段は1つしか残されていなかった。
そう、話のすり替えである。
「あー、そうそう。部長、よくも波平さんにあることないこと吹き込んでくれましたね」
それは銀行強盗の事件の時のこと。舞が持つ、あまり隠していないような隠し事を許可もなくばらされていたせいで事件に巻き込まれ、凶弾に倒れることとなったのだ。その文句をいまだ本人に伝えておらず、すっかり忘れるくらいどうでもよくなっていたことをちょうどいい口実にしてしまうところは性根が腐っていると言っていい。
新堂の足にしがみついて、非難の矛先を変えるように指さす。思惑はバレているようで狂島以外からはずいぶんと冷ややかな視線が浴びせられている。舞はあることないことと言っているが全て事実であることも察しられていた。
その狂島はどうしているかと言えば、薄ら寒い笑顔は彼方に消え、
「僕が波平君を殺したとでも言いたいのか? 確かに彼に君のことは言った、でもそれはあの危ない宗教じみた集団から目を覚まさせるのに必要だと思ったからで、死なせたくてやった訳じゃない!」
「誰もそこまでは言ってないですけど、結果として死んだ遠因にはなってますよね」
正直なことは美徳ではあるが、思ったことをなんでも口にしていい免罪符ではなかった。
誰に非があるという話ではないのだが、巡り合わせが悪かったことを責めるような舞の言い方に、いい加減にしろと新堂の拳骨が飛ぶ。銀行強盗をし、なおかつ仲間割れするような連中だ、舞の存在を知らずとも遅かれ早かれ行動に移していたか、その前に警察が捕まえていたことだろう、どちらにせよ波平も無事でいられるとは想像できない。
地獄への道は善意で舗装されているという諺があるように良かれと思ったことが悲劇に繋がった、それを後悔することは自由だが他人が責めることはお門違いである。だから舞は叱られているのだが、それでも不満げな表情を浮かべていると、
「……なら、どうすれば良かったって言うんだ」
狂島は苦し紛れに言う。その言葉の裏には深い後悔の念が現れていた。
それに対して返答は誰の口からも出てくることはなかった。あの時ああしていればと語ることは出来ても不確定要素であり、何より意味がない。だからこそ、部内では公然の秘密のようにそのことを話題に出すことをしなかった。
その沈黙を破ったのは新堂だった。
「……部長、過ぎたことですし、何よりトドメを刺したのは俺です。あんまり気負わないでください」
「指示したのは僕さ。当然その責任も僕にあるよ」
「もう終わったことですよ。それに波平くんも最後には納得していましたから」
思いつめる狂島を辛が優しくフォローする。黒幕気取りの彼からは想像できないほど衰弱した姿に、人並みな感性を持っていることがうかがえた。それこそ思いつめるあまり軽挙な行動に出てしまうのではないかという危うさまで秘めるほどに。
一朝一夕で解決出来る問題では無いのだ、人ひとりが死んだという事実は。抱えて行かねばならない、それがいつまでなど分かるはずもなく――。
「――じゃあ本人の言葉聞いてみましょうか。そしたら否が応でも納得するでしょ」
馬鹿が馬鹿なことを言っていた。




