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幕間 狂島と波平3

「――なら課長に乱暴されたって言ったらどうでしょう?」

「駄目よ!」

 舞が突拍子もない、事実無根な内容を口走ると、新堂よりも早く辛が拒否する。その迫力たるや腹を空かせた獅子のようで、出遅れた新堂は気圧され怒るに怒れないでいた。

 新堂の含みのある目は物言いたげに辛を見ていたが、一向に目が合わない。溺愛っぷりも過保護過ぎてやや目に余るが、そんなことお構い無しといった態度はなかなかふてぶてしい。

「冗談でもそんなこと言っちゃ駄目よ。課長が本気にしたらどうするの?」

「しねえよ。違うだろ、突っ込むところ」

「突っ込むなんて……いやらしい」

 ……無敵か?

 もはや何を言っても揚げ足を取られそうな状況に新堂は負けを認めて黙るしかなかった。

 下手なじゃれ合いは程々に新堂はスマホを握る。簡単に操作すれば画面上には先日も連絡した相手の電話番号が表示されていた。

「とりあえず電話してみるが、来るかどうかわかんねえぞ?」

「そもそもそっちの発案なんだから頑張ってくださいよ」

 相変わらずの口の減らない様子にへいへいと答え、新堂は耳にスマホを当てていた。




「えっと……何かな、この状況は?」

 煙立ちこめる部屋、中央に備えられたソファーに座る狂島はやや緊張した面持ちで尋ねていた。

 向かい合うように座るは舞と戸事、そしてその後ろで見つめる新堂と辛。圧迫面接の様相はむしろ人事部らしいともいえるが、まさか部下に囲まれるとは露ほども思わなかったに違いない。

 休日に部下から電話があり、話したいことがあると呼び出されたのが運の尽きというのだろう、住所に微かな心当たりがあっても気にせずにいた自分の迂闊さを恨むもその時は既に玄関の扉を開けた後だった。

 上手く状況を飲み込めていない狂島は助けを求め視線を巡らすが、動物園さながらに見られるだけで返事は無い。見世物じゃないんだぞと凄んでも多勢に無勢であり、もっと怖い人がいないだけましと考えるしかなかった。

「今日来ていただいたのは部長が――」

「ほらさっさと吐いてください。何くよくよしてるんですか?」

 新堂の言葉を舞が遮って話す。流石に段取りを幾段も無視した発言に、頭を叩く快音が響く。社内ならパワハラと気にするところだが今は休みであるため無視を決める。

 そのまま乱闘騒ぎをしそうなギラつく視線を新堂に向ける舞、彼女に主導権を握らせると話はいつまで経っても進まないと、狂島は呆れたように息を吐き、

「別にくよくよなんてしてないけど?」

「そ。じゃあお疲れ様でした」

 遠慮のない一言にビンタが2回、往復で叩かれて頭が激しく左右に揺れる。そろそろ扱いが人間のそれではなく打楽器になりつつあった。

 1度目はなんとか耐えた舞でも2回目は我慢出来ず、飛びかかろうとしたが、辛のたこのように伸びた腕が身体に巻き付く。

「流石に失礼よ。あ、粽食べます? 少し冷えちゃいましたけど」

 明らかに気を使った一言を狂島は快く受け入れて、人肌程度にまだ温かさの残る粽を手に取る。

 ……なんだかなぁ。

 冷めても十分に美味しい粽をゆっくりと味わいながら、狂島は前の情景をただ眺めていた。

 どこで歯車が狂ったのか、そんなことは分かりきっている。仕事も出来ずそのくせ口と態度は悪く、しかし絆され救われて味方となる。1年前にはこのように休日プライベートで集まることなどなかったのに、中心にいる人物が変わるだけで部内の関係がここまで変化するなど、予想しろという方が無理だった。

 善し悪しはあるが、仕事だけで見れば変化はない。元々業務量は少ないのだから1人サボろうが終わるものは終わるのである。むしろ辛の救助と邪道な強化により他部署へのヘルプが盛んになったため、全体的に見れば底上げでもある。

 だからこそ危うい、と狂島は考えていた。これが役職つきの人間なら問題はないが舞は新人、1番の下っ端である。責任も経験もない彼女が中心では説得力に欠けるし、思わぬミスもする。何より外から見た時に舐められやすいのだ。

 古い考えと笑う人もいるだろうが古くから浸透しているとはそれなりに理由があるということなのだ。事態を甘く見ていたと反省すると共に、狂島は状況の是正に頭を悩ませていた。

 が、今はそれとは別件で呼ばれているのである。

「部長、今貴方に倒れられると色々と困るんだ。何かあるなら相談してくれよ」

「新堂くん……」

 他人思いの言葉には取り繕ったような裏側は感じられず、しかし、

「何を勘違いしてるか知らないけど本当になんともないよ?」

 本当に心当たりがないと首を振る。いつも通り、平常心であるためこれ以上は難癖に近い。

 2度も断りを入れたなら杞憂だと思うのが常人である。新堂はまだ納得のいかない顔をしつつも、同僚たちの乗り気でない目を見て口を閉じていた。

 ただ1名、それで終わるほど利口ではない者がいた。

「……なーんか嫌な感じ」

「なんかってなんだよ、なんかって」

「わかんないわよ。そっちだって部長のどこが落ち込んでるように感じられたか名言化できないのと一緒でしょ?」

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