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舞が壊れた日10

 戸事はいけしゃあしゃあとのたまう、意趣返しの意味もあった。

 しかし、依然として現物は手の中にあり、パイナップルには金属の楊枝が刺さったままだ。ピンのようにも見えるがパイナップルにはピンなど刺さっていないので楊枝に間違いない。

 おおよそ食品に似つかわしくない色合いのそれを戸事はしっかりと握る。楊枝を抜いて数秒後にはボン、となるため、取り扱いには慎重にならざるを得ない。

 しかし、

「……課長、お願いします」

「俺っ!?」

 戸事はピンも抜かず、新堂に手渡していた。理由は単純に、暴れる怪物の懐まで行って投げつけるだけの身体能力がないこと、そして、

「それ作るのに体力というか精神力というか、とにかくすごい疲れるんです。他に頼める人もいないですからよろしくお願いします」

 その言葉通り、戸事の足は震えだし、今にも倒れそう。背中から舞が支えているからどうにか立っていられるのであって、気を抜くと意識まで持っていかれそうになっていた。

 受け取った新堂は手の中の凶器を見つめる。たったひとつ、乾坤一擲にしてもいささか頼りない。が、男新堂 功、やらねばならぬならやるしかないのだった。

 標的を見れば元気に腕を振り回している。子蟻を潰すことに必死になる稚児のようであり、モグラ叩きに勤しむ学生のようでもある。土煙は火災現場程に高く広く舞い散り、危険がいっぱいであると生理的嫌悪感が襲いかかるようでもあった。

 しかし、行く。新堂は走る。

 ちょうどグラウンド中央で鎮座するでかい肉は見上げるほどに高く、日が重なって影になればその恐ろしさは倍増すると言ってもいい。そんななか、荒れ狂う砂嵐に揉まれても5分以上戦い続ける部下がいる。その事実だけで留まる理由はなくなっていた。

 本音を言うなら誰か代わってくれと、泣きそうな程顔に皺を寄せ、グラウンドへと向かう。矢のように、という訳には行かないが、ものの10数秒で怪物の射程圏内へとたどり着いてしまった。ここから先は命の保証がないとも言う。

「どこ狙えばいい!?」

 風に身を煽られながら新堂は叫ぶ。誰に向けたものか、本人ですら分からず、とにかく誰かの答えを待っていた。

「頭だ、そこが硬い」

 返答は予想外のところから現れた。野太い男性の声は主を霞の中に残し姿は見えない。方向はひときわ砂の霧が濃いところから来ており、激戦の様子を想像させた。

 しかし、よく見えるものだ。敵も味方も。

 巻き込まれればホワイトアウト、自分の立ち位置さえ見失いそうな中、新堂は手にした凶器のピンを抜く。起爆までのタイミングを計り、1拍置いて下から持ち上げるように放り投げる。

 緩やかな山なりを描いて空へと吸い込まれていくパイナップル。それは化け物の眼前を通り過ぎてもなお上に上って行ってしまい、やらかしたと見ていた職員達の悲観の声が聞こえるようで、やや狙いから外れたところで花開いた。

 パイナップル、いや手榴弾とは起爆するとどうなるのだろうか。おおよその人は轟音と爆炎を想像し、その威力を物語る風を感じることだろう。しかし戸事の作った手榴弾は違っていた。

 音もなく光もなく、風すらもない。あるのはただ漆黒、沈みかけた日の光をも吸い込む闇が、まるで気球のように空を覆っていた。

 何が起きたのか正しく判断する前に闇はしぼみ、点となって霧散する。残ったのはしつこい土埃と上半分を削り取られた怪物の姿だった。

「……やばくね?」

 投げた本人が言うなと怒られそうだが投げた本人すらよく分かっていないのだから仕方がない。

 ブラックホールとでも言えばいいのか、音も光さえも吸い込んだ黒点は冗談のように姿形を消し、今ではその存在を詳細に思い出すことすら難しくなっていた。それほど一瞬の出来事であり、降ってきた残滓が新堂の頭に当たる。

「いたっ……ん?」

 くるくると回転しながら頭の上で1回弾み、新堂の手の中に納まったのは赤い石。それが何なのかすぐには理解出来ても心象としては触れにくく、たいそう嫌な顔をしながらポケットにしまう。

 砂の霧が晴れてきた。元凶が居なくなったのだから当然であり、しかし胸部より下は活動を止めてもまだ残っている。巨大な残骸の処理に原因の追及、異変に気づいた周囲やマスコミへの説明と、冷静になれば見えてくるものもある。どれも見たくもないものではあるが、やらないという訳にはいかないのだ。

 憂鬱に肩を落とした新堂は、とりあえず煙草を吸う。厄介事も含めて手榴弾が全部吸い込んでくれたらと、空を見上げていた。





 夕暮れ、日も落ちて夜の帳が近づいていた。

 ダンジョンワーカーの職員たちが荒れたグラウンドをせっせと整備する中、狂島は小部屋で一人その風景を眺めていた。

 プルルと携帯がなる。淀みない動きで耳に当て、

「はい、えぇ……こちらの問題は片付きました」

 感情の乗らない声で話す。

 相手の声を聞きながら何度か頷き、

「分かっています。影響は社内で留めますので。まだ人類は社会から逸脱した存在になってはいけないのですから」

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