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初仕事4

「……はい、分かりました。失礼します」

 1分ほどの短い時間を置いて新堂が電話を切る。何を言われたかは不明だが、心なしか目の下のクマが濃くなっていた。

「パパ……どうだったの?」

「明日朝イチでこなしてから帰ってこいって。今日は近くのホテルに泊まるしかないな」

「わ、わーい。お泊まりだぁ」

 舞は諸手を挙げて喜ぶ振りをする。子供の対応するとして何が正解かよく分かっていなかったからだ。

 ぎこちないやり取りを2人は笑ってやり過ごそうとしていた。ハハハと乾いた笑いが響き合う中、水を差すように声が届く。

「なんだ、また明日来るくらいなら泊まっていけ」

 蓮田が提案するが、新堂は大きく手を振り拒否を示していた。

「いえそんな、迷惑かけられませんよ」

「別に迷惑だなんて思っとらんよ。娘の部屋なら勝手に使ってくれて構わん」

「いや――」

「本当!? おじいちゃんありがとう!」

「舞!」

 怒声が(とどろ)く。冗談ではない本心の声に少女は身を固め、

「……ごめんなさい」

「親がそんな声を出すな。子供が(おび)えるだろうて」

「しかし――」

「明日勝手をされるのもな。それに今から帰ったって夜遅くなる、子供には酷だろう」

「……」

 新堂は下唇を()んで舞を見下ろしていた。しゅんと顔を伏せている少女は一際小さく見えて、

「……すみません、お邪魔します」

 折れたのは新堂のほうだった。




「ちゃんとした飯、作れたんだな」

 借り物の寝間着に着替えた新堂が言う。

 時は既に日付が変わる頃を示そうとしていた。昼間の暑さを忘れ、身を縛るような寒さが支配する時間だ。

 すっかりと茶色くなった畳の上には2つの布団が仲良く並んでいる。最近天日干しされたばかりの羽毛布団は柔らかく、沈むように身体を包みこむ。

 その布団を盛大に潰してうつ伏せで寝転んでいた舞は身体に比べ大きな枕に腕を乗せてスマホを眺めながら、

「ちゃんとした飯って、ただのオムライスですけど」

 湯上りの香りを(まと)わせ、素っ気なく答える。

 料理をすることになったのは、一宿の恩ということで夕食は舞が振る舞うと言ったためだった。そうでなければ勝手に出前を取ろうとしていた蓮田を止める為に。

 調理場に立った舞は断りを入れて冷蔵庫を開ける。一人暮らしにしてはよく(そろ)った食材を見て、あと自身の力量を(かんが)みて、手早く作れる献立を組み立てていた。その後ろで味覚が確かか怪しんでいた新堂はやめるよう言ったが、

「パパ、今日も手伝って」

 と偽物の娘からの捏造(ねつぞう)された過去を持ち出され、頷く以外の選択を(ふさ)がれていた。

 慣れた手つきで具材を切り、冷凍のご飯を(いた)め、卵の衣を被せる。変わった食材も(いびつ)な調理工程もなく、ただ見ているだけしか出来なかった新堂は完成品を運ぶ機械となっていた。

 3つの白い皿には、しっかりと火の入った卵の薄焼きが並んでいる。2つにはケチャップを波状に、もう1つ、1回り大きいものには愛らしいハートマークが描かれていた。

 それを見た時の感情を思い出したのか、新堂は渋柿を口いっぱいに頬張っているような顔をして、

「何もあそこまで忠実にやることなかっただろ」

 ほんの軽い苦言だった。それを耳にした舞は背中に般若を背負い新堂を睨みつける。

 すぐにでも手を出すつもりだった。それよりも無言のまま圧殺することのほうが効果的だと考え、

「……」

 ただ静かに怒りを浸透させる。

「……ごめん」

「……なんで怒ってるかわかってます?」

「……ごめん」

 その謝罪が何に対してなのか、考えるのも馬鹿らしくなり舞は視線を前に向ける。

 実際のところ、それほど怒っているわけではなかった。演技の途中吐き気がするほど拒否感はあったものの、それ以上に達成感を感じていたからだ。それに、上司にそれほど期待をしていないというのも大きい。

 お互い無言のまま、眠るわけでもなく布団の上にいた。外から聞こえる虫の音が耳を打つ。リーンリーンと鳴いているのは鈴虫か、いや季節からしてそれはない。

「なあ、どうして子供の真似なんてしたんだ。うまくいく根拠があったんだろ?」

 先に沈黙を破ったのは新堂だった。彼は耐えきれないというように身体を動かして、寝ている舞に近づいていた。

 それを手を伸ばして制止する。演技上は親子であっても今は成人の男女だ。身の危険という訳ではないが節度を守る距離というものが存在していた。

 舞はスマホを置く。近くのケーブルを差して充電すると、むくりと上体を起こす。サイズの大きな寝間着は大きく肩を露出させていた。

「根拠なんてないです」

 装い正して正座した舞が告げる。

 しっかりと見つめあう目は逸らさせない魔力を秘めていた。一段と冷たい空気の中、掌を新堂に向ける。

 そのうちの1本、親指を折り曲げて、

「資料から配偶者が既に他界しているということはわかっていました。世代から考えても子供がいると仮定したほうが常識的である、ということが1つ」

 言い終えて、次に人差し指を折る。

「玄関には彼以外の靴が置いていなかった。几帳面(きちょうめん)な性格なら毎回靴箱に入れるのでしょうけど、汚れた外壁をそのままにしているような人がそんなことをするとは考えにくいし、夕方に彼1人しか応対していない事から今は一人暮らしで子供は外に出ていると考えられます」

 淡々と考えを述べる。新堂はなるほどと(ささや)いて頷いていた。

 次は中指。

「そして子供のいる男性は女の子に弱い」

「うむ……ん?」

 感心して聞いていた新堂の首が故障する。眉の上に疑問を乗せて、

「なんで急に馬鹿になった?」

「なってませんけど、人類の共通認識ですけど!」

 舞は拳を振って力説する。

 深夜の静けさの中、新堂の喉が鳴る音だけが響く。確かに、と呟きながらも腕を組んで首を傾げていた。

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