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舞が壊れた日6

 とぼけたように言う狂島に、若干の苛立ちを込めて新堂は吼えていた。

 撃った弾は肉片をいくらか弾け飛ばして、しかしその後は肉塊に飲み込まれていた。ダメージはあるのだろうか、減った量よりも増える量が多すぎてとてもではないが有効打に見えない。

 恐怖は容易に伝播(でんぱ)する。場慣れしている職員と言えど不定の怪物となれば落ち着いていられず1人、また1人と後ずさりながら逃げ出していた。あまりに豊富なノウハウが裏目に出ていたのだ、効率的な間引きに慣れているせいで初見のモンスターに対してまず考えることから始めてしまう、答えが出なければただ絶望感が心中を掻き乱すだけとなっていた。

「チッ! ――逃げるぞ」

 乱射していた銃弾も尽き、新堂は最前線で立ち尽くしている舞の襟首を掴んで持ち上げる。抵抗なく抱えられた彼女はてるてる坊主のように手足を揺らしていた。

「一応聞いておく、策は?」

「いやぁ……皆目検討もつきませんって感じ」

 困り果てて逆に笑みがこぼれているのだろう、舞は眉を寄せて口角を持ち上げていた。

「頼むぜ、どうにかしてくれよ」

「んな事言ったって私がやったことじゃないんですけど」

 知ってる、それでもこのままではどうなるか分からないと新堂のすがる気持ちが表情に現れていた。

 彼がちらりと後ろを振り返ると、肉塊はようやく肥大をやめていた。いや、そこに根を張り植物のように肉の蔦を生やし、中心からは花開くように何かを(かたど)ったものが生まれようとしていた。よく見れば女性にも見えなくないものは、おそらくは10代の少女のようにも見えて、

「……やっぱお前が何かしたんじゃねぇの?」

「……かも。いや、あれは多分銘かな、銘であって欲しいなぁ」

「銘って妹だっていうあれか?」

「そのあれよ。波平さんみたいにい号ダンジョンのコアと同一化してるからそれが地球経由でこっちにも反映してるんだと思う」

 足を止めて話し合う2人。新堂はなるほどと頷くが理解しているようには見えず、舞も気にしてはいなかった。なぜならそれよりも気にかかることがあったからだ。

「っ!? 来るぞ!」

 新堂が叫び、お姫様のように抱き直された舞はどうすることも出来ずにただその後のことを見ていた。なぜ肉塊は人型を作ったのか、それは質量で押しつぶすよりも効果的に敵へ攻撃するためだからであった。

 見た目に反して硬いのか、どす黒い肉の腕が振るわれる度に周囲のものがなぎ倒されていく。まるで台風のよう、吹き荒れる風に煽られながらも、新堂は紙一重でかわしていく。

 既に腕の太さは人の胴より太く、丸太が乱舞している状況と言っていい。ただ目測違いか想像通りか、新堂はすぐに追い詰められることとなる。

 原因は相手の手数が増えたこと。文字通り一対だった腕が二対、三対と増えていた。それだけならまだどうにかなったが、その腕が人体の限界を超えて急に伸びるのであれば対処のしようがない。人間ではないのだから当然なのだが、人型をとっているならせめてその常識くらいは同じであれよと悪態をつかずにはいられなかった。

「もー、だれかどうにかしてくれよ!」

 泣き言を言うのも仕方がない、新堂はそのままじりじりと後退を余儀なくされていた。





 元小学校を改装、現代風に言うとリノベーションして作られた会社には広いグラウンドがある。大部分が赤い土に覆われ、かつてはそこで野球や運動会などが行われていたのだろう、今は職員たちの訓練場として利用されていた。

 午後3時頃、日はまだ高く、しかし季節柄落ちるのも早くなりまもなく夕方の気配が差し迫るという時間のことだった。

 初めに気づいたのはトンボでグラウンド整備をしていた職員の男性だった。実働2部の彼はダンジョンへ行かない、非常時の控えとして同僚たちと汗を流し、その際何も賭けずにいては訓練にも張り合いがないと勝ち抜け戦を行い、負けたせいで1人地面をならしていた。

 それなりの広さがあることへこの時ばかりは悪態もつきたくなるものであるが、いくら口を動かしても作業は進むわけもなし、男性は独り黙々と手を動かしていた。

 異変は突如として訪れる。地面を注視せざるを得ない彼は小さな砂や小石が粟立つように跳ねている様子を目視していた。

 なんだと思う間もなく足元が揺れ、あぁ地震かと納得しかけた時である。卵の殻を割ったようなひびが現れ、それは徐々に広くなっていったのである。

 ただの地震ならば何事も思わなかったであろうが、ひび割れ芽が出るように地面が隆起し始めれば話しは別である。男性はすぐにトンボを手放して、近くで休んでいる同僚のもとへと向かおうとしていた。

 それが一歩遅かった。

「うわっ!?」

 大人にしては情けない声が漏れる。それも仕方のないことだった、踏みしめているはずの地面が急になくなってしまったのだから。

 つんのめるように転倒、鼻っ面をしたたかに打ち付けた彼が振り向いて見たのは、地下から這い出てくる肉腫(にくしゅ)だった。

 生理的に受け付けないだろうそれは、地面を裏返しながら重たい身体を持ち上げる。胸部から上だけでも5メートルはくだらない、男性の見上げた先には彫刻で削っただけのような何も映らない眼があった。

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