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舞が壊れた日5

「モンスターねぇ……例えば?」

「これなんてどうだい? スライムの体液を混ぜた石鹸なんだが、しつこい汚れによく効くよ」

「……却下」

 加賀が近くのテーブルの上に置いてあったビーカーを手渡すと、舞は指を漬けて一言、バッサリと切り捨てる。

「スライム要素強すぎ、手荒れするわ。ちょっと待って……あった、えぇと沼地ダンジョンの泥と森林ダンジョンの大きな葉っぱの朝露、あとハニービーの蜂蜜に大蜘蛛の糸、この辺りを混ぜてみた方がいいんじゃない?」

「本当に詳しいな……ではこの軟膏なんだが止血効果はあるけどイマイチ効果が薄くてね。なにか案は無いかい?」

「うーん、直球のアプローチ以外は試した? ダンジョントラップに回転床の石があるでしょ、あれを触媒にキリキリ草と納豆でも混ぜてみたら……いや切り傷にしか効果ないなら中途半端か、他になにかあったかなぁ」

 汚いポーチから出した手帳を眺めて舞はうんうんと唸る。

 それは煙草の配合帳であった。完全に自己流であるため、無秩序とも言えるほど節操なく、常人ではまず試さない試行錯誤の結果が記されていた。

 失敗は多く、いやほとんどが失敗である。効果がない、あっても不味い、悪影響しかないなど、それでも諦めなかった結果が蟻の大群のように隙間なく書き込まれていた。

 もちろん煙草の配合と加賀の研究に共通点はほぼない。が、それでも彼は興味深く頷いて、

「なるほど、モンスターだけにこだわる必要も無いと……その手帳、コピーを取らせて貰ってもいいかな?」

「駄目に決まってるでしょう。これは私個人の研究結果、会社とは関係ないところの話なんだからタダでなんて絶対認めないよ」

「あぁそれはすまない」

 気持ちが分かるからか、加賀はそれ以上深く聞くことをしなかった。

 しかしいい刺激になったことは間違いないようで、気付けば周囲にいた調査部の職員たちも手を止めて聞き耳を立てている。それに気づいた舞がひと睨みすれば蜘蛛の子を散らすように人が離れていった。

「はぁ……これじゃあイーブンなんて言えないじゃない。そっちの研究成果を見せてもらわなきゃ……ちょっと待って」

 舞が言葉を止めると、辺りはしんと静まりかえる。

 目を閉じ、1呼吸おく少女の顔は今までにないくらい真剣で、邪魔することはとてもはばかられるような、聖域とも言える雰囲気を纏う。

 その目が射抜くのは、部屋の隅に置かれた水槽だった。中には赤黒い、肉と呼ぶにもおぞましい物体が液体の中を浮かび、見つけてしまえば目を離せなくなるような異質さに、舞以外も気付く者がいた。

「な、なんですかあれ?」

 戸事が指さす。オブジェにしても悪趣味なそれは時折呼吸するかのように泡を吐いている。

「あれか、実験の過程で出た廃棄物だよ。貧者の水が繋ぐ概念を持つならどこまでの範囲か、結果は見ての通りよく分からん肉塊になってしまってね」

「……今なんて言った?」

「ん? 廃棄物だってことかい?」

  事もなげに加賀が言うと、舞は急に、世の中すべてに絶望したかのように顔を青ざめさせ、目頭を押さえながら震える声でいう。

「待って、待って……本気で言ってるならもう怒っても遅いか……」

「どうした、何か問題でもあるのか?」

「問題があるっていうレベルじゃないわ。とりあえずまだ大丈夫なはずだから辛さんを呼んで――」

 言い終わる前のことだった。冒涜的な肉塊が自ら回転したかと思えばひと回り大きくなったのである。

 それはとどまることを知らず、細菌の増殖のように急激な変化を見せていた。小さな水槽では押さえきれずひびが入り、そのまま割れてしまっても肥大化は止まらず、辺りは薬品の臭いに包まれていた。

「な、なにが――」

「あーもう! なにがじゃないっての。モンスターだって繁殖するのよ、やたらめったらに繋いだら周りのもの吸収してどんどん大きくなることくらい想像つくでしょ!」

「いや……質量保存が成り立たないはずだ。そのためのエネルギーは――」

「だから、貧者の水が供給しちゃってるの! ごちゃごちゃ言ってないで燃やすか溶かすかしないと取り返しがつかないことになるわ!」

 焦る舞、その言葉通り拳大の大きさだった肉塊は今や全長2メートルにまで成長していた。

 ……やばいやばいやばい!

 内心恐慌状態の舞は顔をひきつらせながら後ずさる。状況は悪化の一途を辿り、特に肉塊が触れた地面からこびり付いた有機物や金属を溶かす異臭と白く煙を吐く異音は酸に十分な耐性を持つことを確信させていた。

 奥の手の1つ、とりあえず辛にどうにかしてもらう作戦が潰れた。泣きっ面に蜂とはまさにこの事で、回転の遅い脳みそをフルに使って舞は解決策を考えていた。

 バンッ!

 そのすぐ近くで爆音が鳴り響く。新堂だ。彼は拳銃を手になんの警告もなく発砲を繰り返していた。

 未だ銃刀法が健在の現代日本において、発砲音とは耳馴染みのない音である。しかし空を裂く破裂音よりもその黒光りする銃身、煙をあげる銃口は人々の脳裏に危険を強く告げていた。

「部長! 皆を連れて早く外へ!」

「やっぱり不味い?」

「知りませんよ。でもあの舞がビビり散らすくらいには不味いんじゃないですかね!」

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