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幕間 めんどくさい男の根源3

 ただの部下よりも恋仲の人物を失ったことへの後悔が強いことは当然なのだが、前情報で自分みたいなと言われれば誰でも恐ろしく感じてしまうものである。

 新堂は舞の腕を掴むと押し返し、

「ちょっと待てって。付き合ってたっていうか、なんて言うか……」

「でもやることはやってたんでしょ?」

「……はい」

 新堂はなんの弁明もなく認めていた。こと恋バナに関して女性に勝てる男などいないのだから仕方がない。

 もちろんお互いほとんど冗談とわかってのじゃれ合いではあるが、舞が油断することはなかった。みすぼらしい身体付きと自覚はあれどそれで劣情を覚える男性がいることも大学時代に経験済み、それなら膝すら貸さなければよかったのではと疑問視してもそこまで頭は回らないのが彼女なのだからしょうがない。

 押しつ押されつ、初々しい恋人同士のような――否、やたらと距離の近い親子のような――イチャつきは短い時間で終わり、口元を緩めた舞が、

「それで付き合ってないって言ったら天国で怒ってるんじゃない、その子」

「どうだろうなぁ……ハニトラみたいなもんだったし」

「はは、引っかかりやすそうだもんね」

 喉を鳴らして笑うがそれもつかの間、やたらと真面目な顔をした少女は新堂の髪を()くように指を入れる。

「……その子も殺しちゃったんだ」

「……」

 答えはなかった。だかその表情は言葉よりも雄弁に語る、本当に勘の良い奴だと。

 明確な根拠など必要なく、半年という付き合い、前職のこと、今の弱り方を見ればだいたい想像がつく。その女性と波平が重なり、おそらくは状況も似たようなものだったのだろう、ならば心身衰弱なのも納得がいく。

「どんな子だったの? 可愛かったんだろうけど、あんた面食いそうだし、若い頃なら尚更かな」

「まぁ……否定はしないけど。とにかく生意気だったなぁ、最初の頃は何かにつけてハラスメントだなんだって言うこと聞かなくて……その後はまぁ一緒に仕事しているうちにそれなりの関係になって、同棲はしなかったけどお互いの家へ行くようになって。そのうち別の仕事に切り替えて結婚でもしようかって話してた時だったんだ」

 思い返しながら、一息置く。まだ幸せだった時の思い出は色褪せていないようで声色も軽い。そのぶんその後の落差を思えばこれほど残酷なことはなかった。

「……公安っていう仕事柄、潜入捜査なんてありふれたもんだったけど、最後の山はあいつがリークしてる組織だった。嵌められたって気付いた時にはもう銃撃戦、お互い拳銃構えて睨み合いって訳だ」

 また一息、山場であることを示していた。

「撃つか、撃たれるか。それしかなかったはずなのに……あいつは撃たなかったんだよなぁ。なんで撃たなかったんだろうな……」

「故障じゃない? または弾切れ」

 ここで舞の口から感想が飛び出る。現実的に考えればそうなのかもしれないが、あまりに投げやりな回答に新堂は目を細めて非難の目を向ける。

「……今の話の流れでそうはならねえだろ」

「だって相手の子のこと知らないし。ちなみに私なら拳銃投げつけて逃げるけど」

「お前はそうだろうな」

 その姿が容易に想像できたのか、新堂は力なく笑う。

「それも仕方なかったんでしょ。やらなきゃやられる、墓石に煙草の箱でも置いときゃ相手も報われるってもんでしょ」

「あいつ、煙草嫌いだったんだよ」

「知らんから。なんか好きな物とかなかったの?」

「今となっては。相手に好きになってもらうために好みも変えるから何が本当だか……強いて言うなら、俺?」

「はっ」

 笑えない冗談だと舞は鼻を鳴らす。

 自惚れも突き抜ければいっそ清々しいのだが、そこまでナルシシズムに傾倒出来なかった新堂は訂正を求めるように目を潤ませて消え入りそうな声をだす。

「……すまん、これは俺が悪かった」

「ほんとよ……仕方ない、元気の出るおまじないでもしてあげるか」

「なんだそれ」

「お母さんがね、よくやってくれたのよ。こうやって額を合わせて、嫌なこと辛いことを思い浮かべてね、ほらどんどん吸い取っちゃうよー」

 舞は身体を丸めて新堂の額に自分の額を重ねる、甘い口付けのような格好は目を合わせるには近すぎて、ぼやけた輪郭から目を逸らすようにお互い目を閉じていた。

「嫌なこと……辛いこと……」

「……」

「……」

 その時のこと。

 ガチャとドアの鍵が開き間髪入れずに現れた人物は意気揚々、張りのある声で自身の存在をアピールしていた。

「まーいちゃーん、退院おめでとう……ってなにしてるの?」

「……辛!? あ、いやこれは――」

 突然の来訪者に意識を向けていなかった新堂は何が起きているのかに時間をかけてしまった、それが致命的だった。

 傍から見れば何をしていたかなど想像よりも容易く、特に最近舞に熱を入れている辛のことだ、ありえない妄想に飛躍するなど目に見えていた。

 覆い被さる舞を押しのけ身体を起こした新堂が見たのは、般若、ではなくやけに優しく微笑む辛の姿、あぁ許されたと思ったのもつかの間、

「課長」

「な、なんだ?」

「生年月日っていつでしたっけ?」

「……なんでそんなこと聞くんだ?」

 嫌になるほど冷静な声は肝を冷やし、閻魔様の沙汰を待つ罪人のような気持ちにさせる。

 意味不明な質問の解答は直後に。

「墓石へ刻むために決まってるでしょうが!」

 ずかずかと部屋に入ってきた辛は新堂の襟を掴んで立ち上がらせる。そのまま部屋の隅へと吊り上げたまま運んでいき、不潔、ロリコンと罵倒を浴びせながら頬を叩く乾いた音を響かせていた。

「……何があったの?」

 その後ろからついてきていた戸事が、状況に置いてけぼりを食らっている舞の隣に座ると、テーブルの上にある煙草を手に取って火をつける。彼女も彼女で数回遊びに来るようになって、宣言通り遠慮というものを捨ててきていた。

 さほど興味はないのか、ずいぶんと堂に入った吸い方で多量の煙を吐き出す彼女は目も合わせようとしないで壁を見ていた。言いたければ言えばいい、言えないことなら黙っているのもかまわないと言っているようで、やましいところのない舞は曖昧な笑みを浮かべて、

「なんというか……男ってめんどうくさいって話です」

「わかるー」

 満面の笑みで同意されても、舞は返す言葉がなかった。

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