女性が爵位を継げない世界で
父、コルビーノ男爵は領地経営が不得意な人だった。
父なりに一生懸命頑張っていたが、人には向き不向きがあった。
領地と王都を行き来して領民のことを考えて必死に頑張っていたけれど、コルビーノ家の借金は膨らむばかりだった。
あらゆる助成金から助けてもらい、もうどこからも助けを受けることが出来ない事が解った時点で父の心はポッキリと音を立てて折れてしまった。
それからの父は儚くなりこの世界に見切りをつけたようにこの世界に別れを告げた。
母と私を残して。
領主が亡くなってから五年以内に新しい領主を決めなければならないが、残念なことに両親に男の子は生まれなかった。
領地経営が行き詰まっている男爵家に婿入してくれるもの好きもいなくて十六歳になる私に婚約者も現れなかった。
「五年以内にこの領地を建て直さないとならないわ。お母様、私達二人で頑張りましょう!!」
そう伝えても母はすっかりあきらめモードで、五年後に平民となる時のことばかりを考えていた。
母は実家へ助けを求めたけれど実家も男爵家で余裕のある家ではなく、爵位も母の弟が継いでいたために助けの手は伸ばされなかった。
女性には爵位を継ぐことも領地を継ぐことも出来ないため、そういった教育を受けることはなかったので屋敷にある書類に目を通すことから始めなければならなかった。
解らないことは執事に聞きながら、幼馴染みのハルバインにも教えを乞いながら領地経営の仕組みを覚えることが出来た。
父の背中を見て思っていたことを少しずつ試しながら四年目で父の代で作られた借金はすべて返済することが出来た。
借金が返済されたことを知ると行き遅れと言われる年令に近づいた私にも婚約の話が浮上してくるようになった。
送られてくる釣り書に目を通して調査して、ハルバインにも調べてもらって一人の子爵家の四男、アーゴイスを選んだ。
アーゴイスはまぁ、全てにおいて平均的な男だった。
上昇志向はあまりなく、現状を維持することが一番の平和と思うようなタイプの人だった。
私からの結婚の条件は領地経営に一切口を挟まないこと。
領主として一切の力を振るわないこと、子を儲けること。
予算以上のお金は使わないことだけだった。
アーゴイスはそれに了承して契約書にサインした。
爵位返上五年にぎりぎり間に合ってコルビーノ男爵位をアーゴイスが継ぐことになった。
実働させるのは私でお飾りなことをアーゴイスは喜んでいた。
責任を持たなくて済むからと。
子供は立て続けに三人生まれた。長女のアーレイアに長男のサイラス、次男のマウリス。
二人目と三人目は生まれ年は違えど、同じ学年になる程に。
アーゴイスは子煩悩だったようで私がかまえない分子供達に愛情を注いでくれた。
マリウスが五歳になった時、姉弟別け隔てなく同じ勉学を教えた。
本当に残念なことにアーレイアが一番領地経営に向いているように思えた。
それは授業が進めば進むほど顕著に現れ始めた。
サイラスもマウリスも頑張ってはいたがアーレイアには届かなかった。
学年の違いのせいかと思って割引いてもやはりアーレイアが一番向いていた。
ならば私と同じようにアーレイアに邪魔にならない婿を探すのがコルビーノ男爵家の為になると考えアーレイアが十五歳になった頃、決断した。
子供達に男爵位をアーレイアの夫に継がせると話すと、子供達は私が驚く程すんなりと受け入れた。
サイラスは騎士爵を目指すと言い、マウリスは家に籍は置いたまま冒険者になると言った。
アーレイアは私の手伝いをしながら自分で婿探しをした。
アーレイアが選んだ男は駄目な男だった。
ちょっと調べただけで既に女性との問題を数度起こしていて、認知しては居ないが子供も一人いるようだった。
その男は駄目だと言うとアーレイアは反発して家を飛び出してしまった。
アーレイアの浅はかな部分を知って少しがっかりしてしまう。
アーレイアが飛び出してしまって、コルビーノ男爵家の跡継ぎが居なくなってしまった。
サイラスとマウリスで話し合ったようで、サイラスは騎士団入団が既に決まっていたのでマウリスが男爵位を継ぐと言い出した。
父であるアーゴイスがまだまだ元気なのだから、マウリスが早々に子供を作って能力のある子に男爵位を継がせるのでいいのではないかと言って。
それにこの場にいる全員が納得してマウリスも結婚相手を自分で見つけてきた。
マウリスが連れてきた相手は文句のつけようのない女性、エリアノだった。
領地経営ができるほどエリアノは優秀だった。
マウリスはアーゴイスに付いて社交をこなしながら、自分の望みであった冒険者をしている。
エリアノが私の手伝いをしてくれてコルビーノ男爵家の仕事を覚えていってくれる。
普通の貴族として考えたら少し歪ではあったけれど、コルビーノ男爵家はアーレイアが不在のままコルビーノ男爵家は上手く回っていった。
アーレイアが出ていってから月日が流れ、サイラスは武功をあげて早々に騎士爵を頂くことが出来た。
サイラスとマウリスにも子供が出来て、私に孫の可愛らしさを教えてくれた。
そんなときに先触れもなくアーレイアが二人の子供を連れて訪ねてきた。
「アーレイア・・・」
「お母様・・・この子達は私が産んだ子供です」
アーレイアは目を落ち窪ませて痩せていて、見える範囲に青痣があちらこちらに散らばっていた。
「お母様が言うようにあの男は本当に駄目な男でした」
アーレイアから聞くまでもなく私は知っていた。
アーレイアがどこに住んでいてどんな生活をしているのかも。
「知っているわ」
「ここに帰ってきてもいいですか?」
「コルビーノに帰ってきてどうするつもりなのかしら?」
「どうする・・・?」
「この家はマリウスが継ぐことに決まり、その妻であるエリアノがこの地の差配が出来るようになりました。孫達も生まれています。アーレイアが帰ってきてこの家で何をするというの?」
「お母様!でももう夫とはやっていけないの!!」
「始めからあの男は駄目だと言ったでしょう?それでもあの男を選んだのはアーレイアでしょう?」
「孫たちが可愛くないの?」
「初めて会った子をいきなりサイラスやマウリスの子供達と同じように愛せと言われても愛せないわ。あなたはサイラスやマウリスの子をいきなり愛せるの?」
「・・・だったら私は?私のことは愛しているでしょう?」
「勿論愛しているけれど、アーレイアがこの家に居着くことの方が困ることになるわ。立場を弁えることが出来るのかしら?」
「立場?」
「勝手に出て行ったことに目を瞑ったとして、あなたはこの家のお客さんでしかないことを理解できるかしら?」
「お客さん?!」
「この家はマウリスの妻であるエリアノが主となって回っています。それに口出しせずいられるかしら?」
「この家は私が継ぐのではなかったのですか?」
「いつの話をしているのかしら?やはり一緒に暮らすのは無理だと思うわ。平民用の家を一つ与えましょう。そこで平民として暮らしなさい」
「そんなっ!!私は男爵家の娘なんですよ?!」
「あなたがこの家を飛び出すまではそうだったわね。でも今では違うわ。駄目な男と一緒になって既に平民になっていたでしょう?」
「・・・・・・」
「可哀想だけど自分で選んだ道はずっと付いて回るのよ。今のあなたはただの平民でしかないわ」
「助けてお母様!!」
「だから平民の家を一軒与えます。そこで働きながら子供を育てなさい。月に一度位は遊びに来てもいいわ。先触れを出してね。どうしますか?」
「お、ねがいします・・・」
「今晩は泊まっていってもいいわ」
「ありがとうございます」
メイドの一人に目配せをして客室へ案内させる。
「食事は部屋で。入浴の準備をしてあげて。あのままベッドに入られると汚れが落ちなくなってしまうわ。手当もしてあげて」
「母上、姉上に・・・あれで良かったのですか?」
「アーレイアは戻ってくれば自分の子供がコルビーノ男爵家の跡取りになれると思っていると思うわ。それは絶対に許せないもの。跡取りはマウリスとエリアノの子供の誰かよ」
「母上・・・」
マウリスが呼んだのかサイラスも親子揃ってやってきた。
アーレイア抜きで晩餐を食べ、その後サンルームにアーレイア達親子を呼んだ。
アーレイアの子供達はやはり貴族の子としての躾は出来ていなくて、サイラス夫妻とマリウスとエリアノも戸惑っている。
「アーレイアは子供をちゃんと育てなかったのですね」
「そんな余裕はなくて・・・」
「そう。いいのではなくて?これからも平民として生きるのだもの必要がないわ」
サイラスもマウリスも私の懸念が理解できたようで、アーレイアを平民として扱うことに反対はしなくなった。
二人になってからアーゴイスには苦言を呈された。
自分の娘ではないかと。
苦々しく思っていても人目があるところでは私には絶対に何も言わない夫はさすがだと感心した。
アーゴイスに謝罪してそれでもこの家にいれるわけにはいかないのだと説明した。
アーレイアに下心があった場合私が死んだ後に問題が起きるからと。
アーゴイスも納得してくれて、それでも自分は手助けするよ。と言ってくれた。
私も素直に「お願いします」と頼めた。
翌日平民が暮らすには少し大きい家を与えて、少しのお金を渡した。
アーレイアは屋敷を出ていく時「お邪魔しました」と言って出ていった。
二週間ほど経つとアーレイアが選んだ駄目な男が私を訪ねてきた。
アーレイアを出せと言って。
相手は今はもう平民なので容赦なく追い出した。
そして一応駄目な男の男爵家にもそちらの平民になった息子が男爵家に楯突いたと連絡をいれておいた。
サイラスとマウリスは時折アーレイアに会いに行っているようだけど、夫婦で行くのではないのなら行かないほうがいいと伝えた。
愛人を訪ねているように思われるからと。
それから二人はアーレイアの下を訪ねることは止めたようだった。
アーゴイスは定期的に通って孫たちと交流を持っているようだ。
少なくないお金も渡しているようだ。
アーゴイスが死んだ後、生活していけるようにお金を残しているのならいいのだけれど。
アーレイアはあれから一度もコルビーノ家を訪ねては来ない。
アーレイアには好きな男を選ばせるのではなかったと私は一生後悔するのだろう。
コルビーノ男爵という重荷を背負わせるのだからと、側にいる人くらいはと思ってしまった私の失敗だ。
孫達が全員成人して直ぐ後にアーゴイスが寝付くようになり、半年ほどでこの世界から旅立った。
アーレイアにもアーゴイスが亡くなったことを伝えたが葬式には来なかった。
アーレイアの子供達はやってきた。
二人共平民の伴侶を得て夫婦で参列した。
言葉を交わすことはなかったけれど大きくなったと感慨深い思いをした。
アーゴイスが亡くなって私の権限を全てエリアノへと譲渡した。
マウリスは社交をこなしながら冒険者で稼いでいる。
コルビーノ男爵家はそれなりに裕福になっている。
エリアノがとても優秀でその跡を継ぐ孫も優秀で後の心配はない。
アーゴイスの喪が明けたら私は領地へと下がることに決めた。
私の先もそれほど長くはないと思う。
アーゴイスが旅立って一ヶ月、アーレイアは私を訪ねてきた。
「お金が必要なの」と言って。
「そう、頑張って働きなさい」
「なっ!お母様は私に働けというの?!」
「当然でしょう?」
「お父様は私に働かなくてもいいと言ったわ!!」
「それは間違いね。エリアノ。これからの対応は全てあなたがするのですよ」
「はい。お義母様」
私は部屋を後にしてそれからのことは知らない。