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嘘だろ、もうトラが後ろまで迫ってるんですが。
なんだか普通のトラとかより数倍デカいし、目もギンギンに赤い。
よだれを垂らし、明らかに俺を捕食しに来ていた。
「はぁ、異世界転生して早々にこれか。そりゃないよ……」
俺はもはや諦め始めていた。
俺も生き物なのでわかる。コイツは俺を殺しにきている。
生存本能がやばいと訴えかけてきていた。
「でもこのままやられるってのも癪だなぁ……ああ、そいうや魔法適性がどうとか言ってたっけ」
神様が言うには、俺はどうやら魔法とやらを使えるらしい。
それすら俺からしてみれば眉唾だが、仮に真実だったとしても全く練習していないのだ。何をどうすればいいのかすら分からない。
「グルルゥ……グララアアアアアアアアアアアア!!」
トラが襲いかかってきた。
凄い速さだった。
全てを諦めていた俺だったが、やはりそこは生存本能が反応した。
「うわあああ!」
俺は適当に人差し指をトラに向けた。
なんとなく何かが出ればいいと思いやっただけだったが、指からは眩い光線が発射された。
光線はトラを呑み込み、気づいた時には俺の前に何かがポトリ、ポトリと落ちた。
見てみればそれはトラの手足だった。
つまりあれだ、俺の指から放たれた光線がトラの本体を吹き飛ばしたのだ。
「えぇ……なんじゃこりゃあ……」
「大丈夫!?」
背後からしれっと先程の少女が現れた。
座り込む俺を心配してくれてるようだ。
「ああ、大丈夫……みたい」
「そ、そう。で、さっきのキングタイガーは?」
「さぁ。どっかに逃げたんじゃないかな」
本当の事を言うのは何だかマズイ気がして、パッと浮かんだ嘘を口にした。
「そんなわけないでしょ! 絶対ヤバかったもん! 正直死んじゃうかなって思ってたんだけど……でも死んでない……あなたが追い払ったの?」
「覚えてないよ。そんなことより君は凄いな。俺を囮にそそくさ逃げ出したご身分でこうやって何事もなかったかのように話ができるなんて」
「そ、それはっ……! し、仕方なかったのよ! だってああでもしないと、共倒れになっちゃうし……」
「君の心はモンスターそのものだ」
「ご、ごめん! 謝る、謝るからあああ!!」
話を聞いてみると、どうやら少女はこの辺で別の魔物の狩りをしていたらしい。
しかしそこにこの森の中でも一番強いと言われるキングタイガーなる魔物に襲われ、絶賛逃走中だったところに俺が現れたらしい。
「私もちょっとは戦うの自信あるからいけるかなーなんて思ってたんだけど……夢は思いっきり破れたわ」
「なんで君みたいな女の子が魔物なんか狩ってるの? 危なくないか」
「え? どうして女の子が魔物を狩っちゃいけないの? あなたが住んでたところにはそんな掟があったってこと?」
少女は本当に分かってないような顔をしていた。
考えてみればここは異世界だ。魔法なるものもあるわけだし、女の子でもやりよう次第で全然火力を出せそうだ。
「ごめん、変なこと聞いたな。じゃあどうして魔物を狩っていたんだ? 肉を食らうのか?」
「……その言い方だとまるで私が肉食獣みたいじゃない、腹立つわね。私は冒険者なの。魔物討伐を専門とする、れっきとした職業よ」
「へぇ。そんなのあるんだ」
「何知らないの? まぁなんとなく察してたけどあなた田舎出の人ね。どうしてこんな森を歩いてたの? 近くに村かなんかあったかしら? あ、そういやメラブの村が割りと近所に……でもあそこは別に普通の村だったと思うし……」
「どうでもいいけど、どこか休めれる場所に案内してよ。いつまでも森で遊んでたって仕方ないだろ」
「別に遊んでたわけじゃないけどね。てかなんで私が案内しないといけないの? それにまだあなたの本性も聞いてないし」
「あれ、さっき俺にトラをなすりつけた人ってどんな顔してたっけ。うーん、思い出せない……」
「わ、分かったわよ。はぁ、じゃあ今日のところは切り上げてアルグモの街に戻ろうかしら。そこまで一緒に移動するってのでいいわよね?」
「それでいいよ」
ということでせっかく出会ったので利用できる部分は利用してやることにした。
とりあえずは街まで行けそうだ。
少し歩くと森を抜け、草原地帯に出た。
そのままさらに歩くと、遠くの方に城壁が見えてきた。
あそこがアルグモというらしい。
やがて城壁の門まで辿り着いた。
「身分証等はお持ちですか?」
「はい、これ」
詰め所のような場所があり、門番っぽい感じの男に対し少女は何かカードのようなものを提出していた。
「はい、確認いたしました、そちらの方は……?」
「あなた、身分証とかはある?」
「ないです」
少女に聞かれたので正直に答える。
「すみません、無いようなので仮身分証の作成をお願いしてもいいですか?」
「畏まりました。手数料二千ウィッチいただきます」
「だと。二千ウィッチ出してちょうだい」
「無一文でございます」
「えぇ……はぁ、仕方ない、私が立て替えとくわ」
そんな感じで少女が街に入る手続きをテキパキとこなしてくれた。
あー、これがヒモってことなのかな。
俺がアホなことを考えていると、名前を聞かれたので、岩本流夜と素直に答えた。
「イワモトリューヤ……? 変わった響きね」
「そうか? 流夜が名前で、岩本が名字なんだけど……」
「名字持ち……」
なんだか拗れそうだったので、下の流夜だけとってリューヤにしておいた。
異世界ならではの名字持ちは貴重ってやつなのかな。はぁ、さすがですわ。
あとこれはやりとりで発覚したことだが俺はこの世界の文字が何故か読めた。
言われてみれば異世界人とも会話できてるし、それはひょっとしたら転生時の特典だったりするのかもしれない。まぁ考えるだけ無駄だと思うから、一応神様に感謝だけしておいた。
そんなこんなで俺は無事街に入ることができた。
「名字持ちね……ますますあなたの素性が気になるところだわ。リューヤ」
「あんまり馴れ馴れしく俺の名前を呼ぶなよ。恥ずかしいだろ」
「は、恥ずかしいってどういうこと? 別に普通じゃない? あなたとかだと分かりづらいでしょ。あ、一応私はララっていうの。あなたと違って名字はないわ。普通はないもの。よろしく」