精霊によるスカウトのはじまり
「豆太には名前を与えたけど好きなときに棲家に帰っていいからね」
この聖樹も、そろそろ精霊界に帰るだろうし。たまたま転び出たんだから、いったんもとの場所に戻りたいだろうな。
「まめちゃ、いっぱいるぅとあそぶの。いっしょにいたらだめなの?」
「良いに決まっておる」
豆太がうるうるした目で見上げてきたら、ルーは速攻で返事をする。食い気味に返事をする龍のチョロさに驚くばかりだが、帝都にいた頃はこんな感じじゃなかったから、私が混ざった影響と言えよう。
「とりあえずホテルを探さない? 豆太は数に入らないだろうけど、ひとり分の宿泊費は稼がないとダメだよね」
上位精霊がどのくらいの期間で高位精霊にクラスチェンジするのかは不明だが、ふたり分の料金が必要になるまでは時間がかかりそうだ。それまでは、ちんまい仔馬ちゃんが邪魔になることはないだろう。
「いや、王都などは避けねばならぬ」
「べつにそこまで都会に行かなくてもいいんだよ?」
シングルサイズでいいからベッドで眠って、おいしい食事が食べたいだけだよ? 王宮暮らしのレベルまでは求めてないからね。
「チカが言うホテルは、帝都には二軒しかないのだぞ」
ふつうの宿屋はビジネスホテルのシングルルームより下で、カプセルホテルより上だったか。大部屋で雑魚寝の宿も少なくはないんだね。
「でも、この記憶ってルーが王宮で暮らす前の話だよね。あれから五、六十年は経ってるよ? その間に王国から帝国になったんだから、かなり栄えたでしょ」
さすがに二軒は言い過ぎよ?
「帝都に行けば豆太を取り上げられるやも知れんな。そうなったら帝都は火の海に沈むであろう」
「ちょっと! やめなよ」
「我は精霊を虐げる者は好かぬ」
「まめちゃ、おりこうさんにできるよ。よいこだもん」
「…………尊い」
へぇー? ルーもそんなこと言うんだ。でもルーが話してることは大げさでもなんでもない。帝都の貴族は精霊持ち(彼らは妖精だと思っているが)を魔術の優れている者と考えているから、立場の弱い人間から奪うクズも多少はいるんだよな。
そういえばこの龍は、女性や子ども相手でも精霊に仇なす者に容赦がなかった。小鳥型の上位精霊の翼を毟った子どもの腕を引きちぎったこともあるんだった。
たしかあの日は皇妃が主催の茶会で、皇子たちが小さい頃だから集まったのも十歳前後の子どもだったな。
我は騒がしくこまいのは好かぬゆえ、侍女のいれた茶と菓子は、テラスで日に当たりながら味わっておったのだ。
しばらくすると子どもの争う声が聞こえ、精霊の叫び声が響いた。女児の泣き声も聞こえてはいたが、それは我にはどうでもよいことだ。だが精霊の悲鳴には落ち着いてなどいられなかった。
我がバルコニーの手すりを飛び越え庭に降り立ったとき、その場では女児が傷ついた精霊を胸に抱き泣きじゃくって、母親が宥めているところだった。
皇妃は我の姿を見つけると明らかにしまったという表情をしたが、我の知るところではない。
「まあ、あの頃のルーは精霊と菓子にしか心を動かさなかったもんね。……あれ? それはいまも大して変わらないか」
我がその場にあらわれたことで、受肉も遠い下位精霊たちが、つたない言葉で男児の所業を報告してきた。
「報告って。あれは先生に告げ口する子どものようなものでしょ」
「芽吹いたばかりの双葉のようで、あれらもフワフワしてカワユイのだ」
精霊を傷つけた男児は謝りもせずに母親のかげに隠れ、その母親は皇妃に言い訳をしておった。女児の家格が下だったのか、被害者の方が一方的に責められておったな。
だから我は、子どものしたことだからと半笑いでかたちばかりの謝罪をする母親の前で、ふてくされた子どもに罰を与えた。
我は男児の頭をつかむと、その子が精霊にしたように、右腕を捻じりあげてむしり取ってやったのだ。子は喚いていたが、腕が千切れたときには気絶しておった。その母親も金切り声をあげ、やはりすぐに芝生へと倒れ込んだ。親ならば止血の処置ぐらいしてから倒れたら良いものを。
被害者親子も青ざめてしゃがみこんでいたが、我は制裁が済んだので、右手の甲にあるうろこを一枚剥いで精霊に与え、もがれた右の翼を再生させたのだったな。
そうだよ、この龍はたちの悪いことに自分の用が済めば、あとは放置なんだよね。精霊が再びはばたくのを確認すると、誰に断ることもなく、また茶菓子をつまみにテラスに戻ったんだ。
残された皇妃は後始末に苦労しただろうな。
「そっか、うろこがあったわ。これはどうにかして引っ込めないとね。会う人すべてから攻撃されるのは面倒だよ」
この棒切れみたいな腕も問題だな。社交界でドレスを着て過ごしていた名残りなのか? これも皇妃の好みが反映されてるでしょ。菓子に釣られて着せ替え人形になってたもんな。
「この地を離れるのは絶対か?」
「そりゃそうでしょ。こんな何もないとこで生きていけないし」
「フム」
「それになぁ〜、こんな土地じゃ精霊も育たないし、棲家が無いと資材不足で行き詰まるんだよね」
この大陸のどこの国でも、資源不足はダンジョンで補っている。ダンジョン内は精霊の気分次第で変わるが、大抵はだだっ広い草原や湖、洞窟や迷宮が多いようだ。
人のいないところにダンジョンはできないから、残念ながらこの地にはまだひとつもないんだよ。
「るぅのともだち? みんなもよぶの?」
「あー。残念だけど友だちはいないよ」
ルーにも友だちと呼べる精霊はいな…………ゴメン。帝国にいた夜の精霊を、ルーはこよなく愛でていたんだね。だけど皇弟とともに喪ったから、いまの状態なんだった。
自分の記憶がろくに無いから、何を見られても羞恥心を感じないけど、ルーの記憶が除き放題なのはちょっと気まずいよ。かと言って自分の記憶のように頭に浮かんじゃうんだからどうしようもないんだよなぁ。
「構わぬ」
「なんかごめんね」
「まめちゃがともだちになったげるね。まめちゃ、おともだちたくさんいるから!」
陽キャとは馴れ合わないぞと言いたいところだけど、ルーも嬉しそうだから、まぁ好きにさせとくわ。
「チカにはわからぬか。精霊からしか得られぬ栄養があるのだぞ」
「ちょっと! それ、なのちゃんの口癖やん!」
てことは、さっきの『尊い』発言もなのちゃん由来なのか。
「チカよ、我らのこの姿では人里には近づけぬ。ならばこの地に安寧を求めれば良いだろう」
「黒い羊にはなりたくないけど、そう上手くいくのかな。それに勧誘だってむずかしいよ?」
各国の言葉はルーがいるから問題ないことはわかったけど、覆面姿でうろつく怪しげな人の家造りに協力してくれるのかな。
「では、人材派遣を使えば良い」
「うーん? …………いや、この大陸にそんな制度がある国なんてないじゃん」
「なに、人手など余っておるところから連れてくれば良いのだ。精霊たちは喜んで良い人材を見つけてくるであろう」
「うーん」
「精霊が好む者を使い潰されてはかなわぬ」
「なるほと、迫害されてる人たちを家ごと誘致してくればいんだね!」
私たちはそこまで切羽詰まっていたわけではないが、名案が浮かんだと思ってしまった。止める者がいないのだから仕方ないね。
「では、まずは家をつくれるものを攫ってくるか」
「大工さんか、それは大事だね。材料を集めるための木こりと、あとは井戸やトイレの処理も必須だよ」
ここから異世界人と龍と精霊による、誘拐からの街づくりがはじまったのである。
私はまったく気がつかなかった。ルーの収納にはすでに消えた国の金貨や宝石、美しい絵画や織物で溢れていたことを。それを意図的に隠してお金がないように思わせ、精霊を集めて棲家づくりを急がせたその理由に。