交渉 (前編)
シュパンヘルケル王国に赴くことになったが、成人したばかりの女性の姿でナメられないか考える。
ルーにはギルドから認められている指輪があるので、男性として訪問したほうが話しやすいのではないだろうか。
そう思ってはいたものの、突然ここに連れて来られた日本人の命が秒単位で危うくなるので、悩んでいるうちに王城内にたどり着いてしまった。
考えていた時間はほんの一瞬なのに、ルーが私を待たずに移動してくれたらしい。
「いまさらだけどさぁ、龍本体で登場したらインパクトがあったんじゃないかな?」
「混乱した魔術師どもから攻撃されるだろうな」
宮廷魔術師ごときにどうのこうのされたりはしないが、鬱陶しいから避けたほうが良いとルーが言った。
過去に似たような経験があったんだろうか?
「国王に用がある」
確実に相手を怒らせたと思うが、取り囲んだ近衛が困惑しているのがわかる。自分の精霊が必死に袖を引けば、嫌でも気が削がれるというものだ。
「今後神託が降るやも知れぬが、言葉のわからぬ異国人が現れたはずだ。その者に会わせよ」
またか。私は『この国の人間じゃない人が城に紛れ込んだとわかってるから、その人を引き渡してほしい。そのうち神っぽいウサギから連絡があるかと思うけど、今後そういう人の扱いには注意してね』と言ったつもりなのだが。
ルーが中身を変えたってことは、不適切な発言でもあったかな? コンプライアンス違反だとしたら、ウサギのことは話してはいけないのかも知れない。
「暫し待たれよ」
警備のトップなのか、偉そうなおじさんが出てきてそう言うなり去っていく。まわりの近衛に指示しながら、マントを翻したところまではカッコ良かったが、パステルイエローのカワウソみたいな精霊が腕にしがみついているので、ギャップ萌を狙っているとしか思えなくなった。
「やっぱり警戒してるよ」
自分の主が、ルーの粛清に巻き込まれないか心配なんだろうね。
精霊がチクったはずだから、なんか偉い生き物の来襲だと気づいているはずなのに、私は声をかけた王城の中庭近くの回廊で待たされ続けた。
ルーが飽きて金平糖をポリポリ食べるのを、十メートルほど離れた場所から二十人前後の近衛が見張っている。
ひとりで食べるのもなんだから、ポテチでもあげようかと思ったのに、近づくだけ離れてしまうのですぐに諦めた。たぶん一定の距離を保って監視せよとでも、先ほどの男に指示されたんだろうな。
「チカよ、かわり玉とは何か?」
ルーは金平糖を三分の一食べて、今度は同じ会社から出ている変わり玉を取り出した。口の中をリセットさせるつもりだったら、残念だが何も変わらず甘い砂糖の味だ。
私はドロップしたウーロン茶で口の中を洗い流したかったが、残念ながらルーから追いミルクティーされてしまった。糖尿病とか、本当にならないか心配である。
「それは特に変わった味がするわけじゃ無いよ。しばらく舐めているとアメの色が変わるってだけ」
半分に割れるように噛じれば、地球の断面みたいに層になってるんだよね。地球は中心に核があって、そのまわりがマントル、そして地殻と呼ばれる層になっていたはずだ。たぶん、地学を選択していたから得た知識だな。
「口の中にある物の色が変わって、何かあるのか?」
「いえ、特に無いですけど」
子どもの頃は口から出して、何色に変わったか確認してたけど、大人はそんなことしないか。
ルーは同じ味だと知ると、一拍おいて亜空間収納にしまい、代わりにキラキラの宝石類がプリントさせた紙箱を、真っ白な手すりの上に並べる。それにはガムがひと粒しか入っていないのだが?
麻痺剣草の赤からは食玩がドロップしたが、ルーは興味がなさそうに見えて独占していた。このタイプはおもちゃがメインで、アメかラムネかガムが一個しか入っていない。
それなのに、木製のおもちゃや学校給食のレプリカや女の子が好きそうな指輪などのアクセサリーが珍しかったのか、何も言わずに自分の亜空間収納に入れていたから、どうするつもりなのか少しだけ気になっていたのだ。
「あ、そのソフビ人形は集めてたやつだ」
懐かしいな。美少女の戦隊ものでは、ブルー担当かブラックが好きだったわ。私が飽きた頃には、なのちゃんのおもちゃになってたな。
ヨダレで汚れるからって母がアルコールで拭いたら、人形の顔の色が落ちて酷いことになり、最終的には捨てられたんだよね。
就職してからは大人買いで動物シリーズを集めてたけど、あれってどうなったのかな。カプセルトイも結構集めていたから、家族といえども見られたらちょっと恥ずかしい。ちょっとキモい小人のマスコットとか、配信者のアクスタとかキーホルダーもダンボールに入れたままだったはず。
アパートの荷物とかって、なのちゃんが片づけてくれたんだろうか。
「なんか急に不安になってきた」
亡くなったことが確実になったからか、私の死後、いろんな手続きで家族や同僚たちに迷惑をかけたんだろうな。人員調整に融通がきく仕事だったら良いんだけど、どうだったろうか。
残念なことに、ひとり暮らして働いていた記憶はあるが内容までは覚えていない。それほど思い入れがある職種ではなかったのか、私が不真面目だったのかはわからないが、同僚の顔すらチラリとも浮かんではこなかった。
「私って結構薄情だった?」
「チカよ、残念だが欠けたものは戻らぬ」
だよね〜。
「だが、忘れているだけならば、いずれ思い出せようぞ」
「……うん、いつかちゃんと思い出せたら良いな」
「これなぁに?」
「んん?」
ルーではない可愛い声に視線が下がると、小さなタレ耳の犬が手すりに前脚をかけ、伸び上がってルーがならべた食玩の箱を見つめていた。
「ああ、上位精霊か。ビックリした、あんまり違和感がなかったから、ワンコが話してるのかと錯覚したわ」
それくらい普通の仔犬にしか見えない。毛色が桃色とか、青とか、緑とか。そんな奇抜な色に慣れすぎたのかも知れないな。
この仔は体毛や瞳の色も、ワイマラナーにそっくりだね。
「そなた高位精霊であるな。この城に主が居るのか? 居らぬのならば、我が棲家に来ても良いのだぞ」
初めて来た場所でサラッとナンパかね。
仔犬はぷるぷると身震いすると、そのまま白いロープ姿の少年と青年の間くらいのイケメンに変化した。
光沢のあるシルバーグレーの毛皮は、そのまま頭髪の色へと変わっているが、灰色がかった透明感のあるブルーの瞳はそのままだ。
「おお! 凄いね。精霊が目の前で姿を変えるのは三体目かな」
「僕はエルンストの高位精霊だから、エルンストも一緒なら良いよ」
見た目は中高生って年頃なのに、小学生みたいな物言いだな。もしかすると高位精霊になったばかりなんだろうか? 豆太もまだ園児並みだもんな。
『それ故、カワユイのだ』『まあね。それは否定しないよ』『このように我に話しかけてくるものなど、稀有なのだぞ』『左様ですか』
「そなた森林の精霊であるな。名はなんと申すのだ?」
「僕はツイーディア。エルンストが好きな花の名前なんだよ。ちっちゃなお花が、僕の瞳の色と似てるんだ」
「それは良い名を貰ったのだな」
ルーがこれまでドロップした食玩を、狭い手すりに次々と並べる。それをツイーディアがコレは何だと質問してきて、私が答える。すると、ルーが真剣に覚えようと頭の中で復唱していることに気がつき、ちょっと怖くなってきた。
異世界の電車や自動車、レストランのメニューや学校給食などは上手く説明できた気がしないが、フルーツはわりと似たものがあったので理解が早かった。おままごとシリーズは最強である。
よくよく考えると、魔法少女の衣装には星やハートの模様が散りばめられているし、おもちゃのアクセサリーのパッケージには、ハートの指輪と星が並んだネックレスが描かれていた。
「あ! そういうことか」
ルーが食べずに確保している一口チョコの模様が、どこかしらに散りばめられていることがわかると、つい声が出てしまう。
他にはクローバーも気に入っていたが、いま並べているナナホシテントウの根付シリーズは、テントウムシの模様が黒い丸ではなくて、緑色のクローバーになっている。
たしかラッキーチャームが流行っていた頃に、珍しく佐々木商店でも売っていて、なんとなく買ったヤツだと思う。他にも黄色の星、ピンクのハート、金の王冠模様がシークレットだったはずだ。
「懐かしい。あの頃カプセルトイが二百円で、これは百六十円くらいだったんだよね」
いま見ると微妙な面構えで、可愛らしさの欠片もないんだけど、ちょっと安かったから買ったんだろうな。それにクラスメイトは、アイドルやアーティストのマスコットキーホルダーとか缶バッチとかを集めていたし、被ったら交換していた気がする。
「ディア!」
ゴツい近衛の生け垣から、中学生くらいの男の子が近づいてくる。どうやら彼がエルンスト君だろう。
手入れがあまりされていないような髪は鼻の下あたりまで伸びているし、深緑のローブは膝下までと長く、袖は二、三回捲くっているから、どうにも着られている感がひどい。なぜこの年頃の子どもが城にいるのか、それはあまり考えない方が良い気がする。下手に関われば、日本人を確保することすら叶わなくなりそうで怖いのだ。
「ツイーディアの迎えが来たね」
「うん! 僕、もう行くね」
エルンスト君はこちらを警戒しているのか、近衛のあいだから三歩ほど進んで立ち止まった。そしてこちらから声を掛けあぐねていると、ツイーディアがワンコの姿で駆け寄って行く。
人の姿ではまだ動きにくいのだろうか? エルンスト君は跪いて自分の腕の中へ迎え入れると、なにか話して立ち上がり、ペコリとこちらに頭を下げて立ち去ってしまった。
「あーあ。行っちゃった」
「まだコレを見せておらぬのに」
アメがハート型だから、ルーのとっておきだったのだろう。おまけは木のおもちゃだから、幼稚園児くらいのなのちゃんに買ってあげていた物だろうな。
ルーも若干気落ちしたように、並べた箱を片づけている。たぶんツイーディアがなにかを気に入ったなら、いくつかあげたかったのだと思う。
「待たせたな。ついて参れ」
しんみりした雰囲気でいると、カワウソのおじさんが迎えに来た。先ほどは腕にいたのに、今度は肩に乗って耳の影からこちらを見ている。見られていることに気がつくと、反対側の耳の後ろに隠れている。
厳ついおじさんの肩の上で右往左往している精霊を見ていると、なんだかとてもほっこりしたので、足どりも軽く後に続いた。
『偉い人と交渉とか、プレゼンよりも気が重いわ。かと言って、クレーム処理よりは楽な気がするな』『僅かではあるが、思い出せてはおるようだな』『何がきっかけで思い出すか、ギャンブルみたいだけどね〜』
思い出した感じから、特に専門性がない会社員だったのではないだろうか? そして長期休みの妹を養えたくらいだから、収入は悪くなかったのだろうね。
「ここだ。陛下には会わせられぬが、この国の宰相がお会いくださるそうだ」
へぇ〜? まあ、良いけど。
謁見室とかではなさそうだし、外に近いところから、私のような不審者を城の奥には入れたくないとみた。けれど精霊の様子がおかしいから、こちらを無碍に扱うこともできないのだろう。
「入れ」
おじさんが声をかけると、すぐに入室の許可が下りる。おじさんが扉を開けてこちらを振り返り、ドアを押さえて入室を促された。
私の望みは日本人の保護。それだけを念頭に話をしたら良いのだ。
「失礼します」
できることなら、国のトップの頭(物理)をすげかえることにならないように、穏便に済ませたいなあ。




