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ルーの要望は取り急ぎ取り下げねばならない!

 

 なのちゃんが、私のせいでこの世界に呼ばれてしまうとは。こんなの一生悔やんでも悔やみきれないわ。

 こんなことでは、姉として両親にも顔向けできないよ。


「ルー、その()()()とやらに会わせてよ!」

「フム、何故(なにゆえ)に? 妹と会えるのだぞ、もっと喜ぶが良い」


 ルーとの温度差に愕然とする。ルーは私の妹がわけもわからない国に連れてこられて、生活水準が劣るこの集落で菓子を作って生きることを、喜べと言っているのだ。

 七叶(なのか)のキャリアがすべて無駄になり、いままでとはかけ離れた生活で、菓子の材料も道具も設備も無いところで、同じように菓子が作れるわけないじゃんか! 私ならそんな状況下で、菓子なんて作る気にもならんし。


「ルー! 私はルーの体に同居してるから生きていけるんだよ? 妹をこんな危険で数百年も昔にタイムスリップしたような世界では、頼まれたって暮らさせたいわけないでしょ」

「うむ」


 久々に私の語気が荒いので、ルーも口数が少ないな。


「なのちゃんはウォシュレット以外のトイレがあることも知らない世代なんだよ? 夜中にコンビニスイーツを買いに出掛けたり、季節がかわるたびに服を買ったりするのが当たり前の生活をしていたのに、ここでは夜は真っ暗だし着替えすらまともに持っていない人ばかりなんだよ? レストランのメニューにカロリー表示がないのも不安だし、変な病気を移されても困るでしょう? あっちでは体調が悪くなったらすぐに病院で診てもらえるし――――とにかくこの世界には娯楽がないんだよ!」


 もう、自分でも何を言ってるのかわかんないよ。






 こんなふうにパニックになって大騒ぎしたこともありました。


「とにかく、私の故郷に関することは面倒でも相談してよ」

「うむ」


 私の反応が思っていたものとかけ離れていたからか、ルーは若干ではあるが気を使っているように思われる。

 結果として、なのちゃんはこの世界には来なかったので、妹の生活が脅かされることがなくて一安心だ。でも、問題がなくなったわけではない。

 ルーが私を連れて行ったところは、たぶん精霊界とも異なる次元なのだと思う。何が起こるかわからないし、基本的にはルーしか行けない場所らしく、豆太はお留守番だった。

 そうして訪れたのは子ども部屋みたいに物が散らかった場所で、いたのはホラー映画に出てきそうな返り血を浴びたウサギの着ぐるみだった。体色はショッキングピンクで腹周りが白く、体長はおそらく二メートル弱はあるだろう。


「七叶を喚ぶのは止めて下さい」


 先手必勝とばかりに、私はウサギにジャブを打った。ここで負けたら両親と妹の幸せが遠のいてしまうと、私はそう信じたからだ。


「あ~、お前が銀龍に憑いた異世界人の魂か。市井(いちい)(ちか)、礼儀も知らない愚か者の願いなんか叶えるわけねぇだろ」


 はぁあ〜? 背の高さに差があるだけじゃなく、完全にこちらを見下した発言にカチンときた。


銀龍(ルー)()()()なんて、そんな事実はありませんけど?」

「まぁ、精霊が活性化して大陸も安定し始めたからな。そこにいるのは許してやるよ。銀龍の提案も採用に値するし、オレ様の監視をくぐり抜けて勝手にやってきたのは腹立たしいが、勘弁してやらぁ」


 何だとこのクソウサギが! 


「こっちは来たくてここにいるわけじゃない! あんたがちゃんと見張ってないから、あの気味が悪い中年男に好き放題されたんじゃないか!」

「ぁあ゛あ? なんだとテメェ! オレ様にナメた口利いてんじゃねぇぞ」

「礼儀知らずはそっちだろ。妹を誘拐する気なら、こっちだって考えがあるんだからな!」


 そこからはあまり覚えていないが、ルーは私が体の主導権を握るのを許してくれた。

 私はウサギに飛びかかるとその耳を引っ張り、腕に噛みつきまくり、スキあらば脛を狙って蹴りつけた。

 向こうも負けじと私の髪を引っ張り、胸ぐらを掴んで殴ってきたから、さらにやり返した。

 取っ組み合い、野犬の喧嘩みたいに転げまわって殴り合った結果として、私はこの世界に勝手に呼ばれたことなどへの不満や憤りを解消できたような気がする。

 つまりムシャクシャしてやったし、後悔もしていないってことだな。

 部屋はぐちゃぐちゃだが、知ったことではない。まぁ、豆太がいなくて良かったとは思うけど。


「市井七叶にはこっちに来る資格がねぇよ」

「詳しく頼む!」

「死んでねぇ奴は持って来れねぇし」


 もとの世界で育った体があると、この世界には来ることができないらしく、私が読んだことがある異世界転移の話はこの世界では実現しないようだ。

 それはこの星の大気中には魔素があり、生きとし生けるものには魔素を体に取り込める器官が存在するという。

 つまりその器官がなければ、この星では生きていけないのだ。


「そうか。ここにいる時点で、私は亡くなっていたってことなんだな」


 なるほど、私はやっぱり死んじゃってるんだね。

 亡くなった後に自分が消えるって、漠然とした恐怖心が拭えなかったから、死後の世界があったら良いと思っていた。幽霊が見えたら怖いけど、死後の世界がある証明にもなるから、いつか見えたら良いと考えたこともある。

 だけど、こんなかたちで知ることになるとは思わなかったし、天国でご先祖様に挨拶することは出来そうもないな。


「じゃあ、今回の話はなかったことで――」

「いや、もう異世界人を取り入れる法則を決定したから無理だな」


 ウサギが言うには、この大陸へ百年に一度だけ知識ある異界人を送ると決めてしまったらしい。ルールとして決定したので覆せないらしく、第一回目は実行済みだと言われてしまった。

 次が百年後なら、妹がどうこうされる心配は無くなったが、今後百年ごとにこの大陸のために日本人の魂が使い潰されるだなんて、許せることではない。そんなつもりは無かったが、ルーを焚きつけた私の責任は大きいのだ。


「じゃあさ、最低限の生活を保証する身分とか能力とかお金とかは準備してくれたんだよね?」

「市井央には必要なかっただろ」

「それは私がルーに居候してるからです!」

「あ゛ぁあ?」

「いちいち威圧しないでくれる? その人って、こっちの言葉はわかるんだよね? そもそもどの国に送ったの? その国へ神託みたいなことはしてるんだよね?」

「市井央には与えてねぇし」


 私が矢継ぎ早に聞くものだから、ウサギはキレ気味に答えてくる。


「だから、この世界に来ちゃった条件が全然違うよ」


 私はこの世界のバカに喚び出され、ルーの身体にお邪魔することになったが、今度は頼んで来てもらうんだから報酬を出すのは当然だし。

 私も多少は何か補填してもらいたい気もしていたが、言葉も通じるし身の危険も全く心配ないと知っている。いつ消えるかもわからない不安はあるけれど、どんな異世界転生者よりも条件は良かったのだと思うよ。


「問題はルーがお菓子ばっかり口にしてることくらいかな」

「日本人を取り寄せたのも、それが目的だからな〜」

「左様」


 話が長くなりそうなので、何に使うかもわからないガラクタを避けてソファに座る。先程揉み合って散らかった部屋の中身は、ウサギがパチリと指を鳴らすと、一瞬で元に戻った。


「キレイにするんじゃなくて、もとに戻すんだ」


 おやつの時間にするつもりなのか、ルーが菓子をテーブルの上に並べるとウサギが遠慮なく手を伸ばした。ルーもケチらず菓子の箱を開けている。

 私はここでなら良いかと、テピトラ王国では出さなかった炭酸の缶ジュースを出した。あの時これを出さなかったのは、さすがに飲み物として刺激が強すぎるために、話し合いどころではなくなると思ったからだ。ルーでさえも、ひとくち飲んで眉間にシワを寄せていたからね。

 ウーロン茶や紅茶などもドロップしたけれど、この炭酸ジュースは種類も豊富だった。子どもの頃は、定番のオレンジとグレープをよく飲んでいたけど、たまに変わったフレーバーが期間限定で出たんだよね。ペットボトルじゃなくて缶なところも懐かしい。


「じゃあ話をまとめるけど、今回日本から喚んだ人に言葉がわかる能力はつけていないし、降ろした国にも何ら説明をしていないってことでいいんだよね?」

「ああ」


 もう、怪しい人物として排除される未来が見えるわ。慌てて救助に向かおうとするが、ここにいる間は外の時間が経過しないらしく、とりあえず話を進めることにした。


「それでその日本人はどの国にいるの?」

「とりあえず真ん中にある国の、一番デカイ城に降ろしたぜ」

「それは不法侵入で牢屋に直行コースじゃないか!」


 ウサギはロリポップの紙軸を口から出して、腕を後頭部で組み背もたれに寄りかかる。その一切悪びれない態度に怒りがこみ上げてくるが、さすがに殴りかかるのは我慢した。

 言葉も通じないんじゃ、スパイ容疑で殺されちゃうかも。拷問とかされてたらどうすんだよ!


「ルー、真ん中ってなんて国?」

「シュパンヘルケルだな。山や森ばかりで、特に目立つこともない地である。そよ風の精霊(リュフェンギスタ)を救い、屋敷を取り上げたのがその国よ」


 それは兄弟と人魚一家が閉じ込められていた所だな。たしか西の集落が、その国の国境近くにあったはずだ。


「貴族や富豪が、拉致監禁や人身売買とかしちゃってる国じゃんか!」


 もう不安しかないわ。毎回その国に降ろして大丈夫なのか?


「うちの集落に降ろすことはできないの?」

「テメェんとこばかりに集中させてどーすんだよ。目的は大陸全体の活性化だぜ?」

「シュバンヘルケルにばっかり降ろしても同じでしょ?」


 そう思ったが、召喚は百年毎だ。長命な種族はたしかにいるが、普通の人の寿命は百年もないらしい。魔素を使う魔術師や冒険者は長命の素質があるが、大抵は戦争や魔獣との闘いで亡くなるようだ。

 つまり、あちこちに降ろすといつまで経っても、異世界人から協力してもらえることが定着しない。かと言って、百年ではなく十年毎というわけにもいかないらしい。


「んな頻回で持って来れるわけねぇだろ! こっちが枯渇しちまう」


 魂を貰うには、何らかの対価が必要らしい。


「違ぇよ、人数はあんま関係ねぇんだわ。こっちに運ぶのに苦労すんだ。でもそうか、ひとりは少なすぎたぜ。次は百人くらいにするか」

「ちょっと待って、ここに来るのはひとりだけなの?」

「ひとりいれば足りると思ってたからな。わざわざひとりのためにあんだけの魔素を支払っちまって、まったく損したぜ」

「まさか子どもじゃないよね?」

「知識が足りない者は必要ないな」

「足りないって判断するのは誰なの?」


 子どもだって私より賢い子は沢山いるんだけど。


「オレ様に決まってんだろ」


 こんなウサギに命運が握られているとは。


「チカよ、あれもいちおうはこの星を守るものの一柱よ」

「敬えばいいの?」

「程々で良い」

「ぁあ゛あぁ? 銀龍テメェ、食っただけ肥えるように変えてやろうか!」

「チッ」


 舌打ち! ルーが舌打ちしたよ。普段から砂糖菓子だけで生きてるから、ルーはすぐに病気になるもんな。


「とにかく、この大陸に住む人たちを不幸にしたくないなら、いちどに百人喚ぶのは止めなよ」


 そんな人数が国の中枢に突然現れて、パニクった日本人による暴動が起きたら、受け入れる国も喚ばれた人々もどちらも不幸でしかない。反社会的勢力百名が召喚されたらどうするのだ。


「それに言葉がわかるようにするのは絶対ね」


 何事も第一印象が肝心なのだ。自分の立場を確立するために、交渉がスムーズに行えるのは基本だろう。


「それだけで負債が嵩むぞ」

「すべての種の言語でなくとも良いのだ」

「そうそう。とりあえず、その時のシュパンヘルケルの王宮で使われている言語だけで良いよ」


 いまの言葉が百年後も使えるとは限らないからね。


「あとは、国から重用してもらえそうな能力が欲しいな」

「本人に聞けば良いんだな?」

「はぁ? そんなのダメに決まってるでしょ!」


 私に即、否定されたので、ウサギはキャンディをバリボリ噛じって飲み込んだ。それを見たルーが白い箱を取り出す。


「えっ? 二個目を食べるの?」

「無論」


 ルーがひとつ取って、箱をウサギの前に滑らせる。


「ふーん、これがたぬきケーキか。市井央、つまみとビールをくれ」

「ケーキのあとに飲むの?」

「ああ。甘ぇモンの後には、しょっぺぇモンを食うんだろ?」


 いまいち納得はいかないが、亜空間収納(インベントリ)からアルコール類とつまみを色々と引っ張り出す。毒蜘蛛ギフィティグシュピンネの橙からは缶ビールが六缶セットでドロップしたけど、アルコールを飲まないルーは拾う素振りさえ見せなかったから、すべて私が保管しているのだ。

 その他ドロップした物は、赤の毒蜘蛛ギフィティグシュピンネが赤ワインを瓶で、刺殺蜂(シュティフホルネッソ)の緑がおつまみ色々、黒がウイスキーをひと瓶だった。毒蛇(ギフィティシュランゲ)蟒蛇(うわばみ)らしく、黄色からは各種缶チューハイ、橙からはホワイトリカーが一升、赤は日本酒のワンカップが十本だったが、白のレアでも日本酒が一升瓶でドロップしている。


「日本酒が被るのは、佐々木商店だからかもね」


 雑貨屋兼、酒屋兼、駄菓子屋っていう商店だったし、お婆さんが経営者だったからか、赤ワインがドロップしたのは良い方なのだ。それでも日本酒のドロップ量は同じだったが、白レアは純米吟醸だったので品質は上らしい。

 料理に使えそうなものを除いて、ウサギにあげることにする。ドロップするまで佐々木商店の商品か、こちらの世界の品物なのかが区別できないので、要らないものを落とす魔物を避けることができないのだ。

 つまり片っ端からやっつけるため、ドロップ品は貯まる一方で消費が追いついていない。そんなことより、話を詰めないとな。


「全年齢が知ってるわけじゃないけど、異世界を舞台にした物語は結構メジャーだったんだよ」


 だから本人に希望を聞いてしまったら、もらった能力を駆使して、現地民を踏み台にしてでも成り上がろうとする人がいてもおかしくないと思う。

 自分が自由にしても構わない世界だと思い込まれても迷惑だからな。ヘタに精霊を傷つけたりしちゃったら、ルーの制裁から逃れることはできないし、私も首ちょんぱされた同族を見るのは忍びない。


「メンドクセェなぁ」

「まあね。じゃあさ、ガチャにするとかクジにするとか先に付与する能力は決めておいて、転生させる人に選ばせたら良いのでは?」

「ふ〜ん。まぁ、考えとくわ」


 たぬきケーキは頭からウサギに飲み込まれ、いまはおつまみセットの串カツに手を出している。これは透明なポットでオレンジ色のフタの中に、何本もの串カツが入っているものだ。ドロップ品は丸ごとだったが、佐々木商店では一本数十円で買えた。

 同じシリーズには鱈シートや酢イカもあって、私は酢イカが好きなのだが、ルーは匂いを嗅いだだけで絶対に口にしないので、食べるチャンスは無さそうだ。


「あと、未成年は絶対にダメだけど大往生したご老人も連れてきちゃダメだよ。あと子どもがいる人もダメだろうなぁ」

「なんでだよ!」


 そんな苛つかれても意見は変わらない。もとの世界に気がかりが残っていたら、こちらの世界のために協力してくれたりはしなさそうだというだけだ。

 諦めて前向きに考えられるまで、まわりが待ってくれる保証はないのだから、そういう人は初めから選ばなければ良い。

 自分が亡くなったことを納得したうえで、第二の人生をこの世界で生きても良いかなと考えてくれる人が来てくれたら、ファンタジー好きな人なら楽しいところだと思うんだよな。


「精霊が可愛いし」

「左様、精霊らはカワユイのだ」


 精霊の棲家(ダンジョン)のドロップ品をウサギにわけたあと、ここをお暇することになった。妹の命運が掛かっていたからといって、無作法だったことには変わりがないので頭を下げたら、ドロップ品の果物の種を果実の精霊(オーヴィスタ)に頼めば芽が出るように変化してくれるらしい。

 最後にウサギを見たときに、ジューシーな白桃にかぶりつきながら、ソッポを向いてそう言ったから間違いないと思う。


「あれはツンデレという天の邪鬼な種族のひとりだな」


 ウサギは私の言うことを面倒だとは言ったが、ちゃんと最後まで聞いてくれた。だけど百年毎の召喚は変えられないし、私が提案した条件も一度に設定変更ができないらしい。

 とりあえず次に召喚される人は、言葉がわからなくて困る事が無くなった。その次に召喚される人は、何かしらの能力も与えられるようだ。

 事前にウサギが死者の魂と面接して選別する予定だから、危険思想を持った人がこの世に現れることはないと思う。


「問題は今回なんの説明もなく連れて来られた人だよ」

「豆太も待っておる故、回収を急ぐぞ」


 はぁ〜。願わくばシュパンヘルケルの王族には、素直に引き渡してもらいたいものだね。


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