聖騎士の価値
「そこな衛兵よ。済まぬが、この国の法に詳しき者との目通りを頼む」
ここまで来たのだ。もう後戻りは出来ないんだから、覚悟は決まった。ここは帝国からだいぶ離れた国だけど、神竜国を謳っている国と敵対したくはないだろう。
ただ私は『ちょっとそこの見張りしているお兄さん。聞きたいことがあるから、聖騎士について知ってる人を紹介して下さい』と言ったつもりだったのに、口から出たのは堅苦しいルー語だったのが謎なのだが。
「わー! スゴイ魔素だねぇ。キミは一体、何者なの?」
慌ただしく衛兵たちが行き交い。けれども一歩も近づくことが出来ずにいた中、気の抜けたような声が掛けられた。
城の奥からお供をぞろぞろと引き連れてやってきたのは派手な服装の男性で、見た感じは三十代半ばといったところか。柔らかそうな金髪と好奇心に満ちた大きな緑の瞳はタレ目がちで、パッと見は優しそうな印象だ。服装といい手に持つ杖といい、どこから見てもファンタジー映画の魔法使いにそっくりだね。
でも、いい歳をした社会人がこんな口調で話すなんて、私が上司ならすぐにマナー研修に参加させるわ。こんなんじゃ、どんなに優秀でも社外には出せないからな。
「天地の主よ。あなた様は、西の地におられたのでは?」
そんなことを考えていたら、高位精霊二体が片膝を地につけ両手を合わせて、深く頭を下げていた。
一際美形な存在だったのですぐに精霊だとわかったが、契約していると主の人種に近づくのか、陶器の肌に金髪でほっそりとした姿をしているな。
この国の貴族は金髪が多いんだろうか? お供たちの髪も、濃淡はあれどほぼ金髪だし。
『光の魔力の強さが現れておるのだろう』『金髪の人はみんなそうなの?』『いや、魔力が少なくとも金髪はおるな』『うーん。見分け方がわからん』
お供たちを主にしているらしい上位精霊がペタリと地に降りて、私と目を合わせないように主の影でこちらを窺っている。
こんな態度で対応されたら、ルーがしょんぼりするのもよくわかるが、さっそく豆太が幸運の翅を配っている。効果は下位精霊にしか無いはずだが、概ね喜んで受け取っていたので、豆太は好印象で受け入れられたらしい。
「カワユイ豆太が嫌われるはずが無かろう」
初対面の精霊には毎回渡しているもんな。それで受取拒否されているところは一度も見ていないんだから、好印象なのは間違いない。やっぱりうちの子は可愛いからな。
「ふーん?」
ウンウンと頷いていると、先ほどのタメ口男が自分の精霊が頭を下げる小娘を、何者なのかと腕を組んて見下ろしてくる。
高位精霊が必死にローブの裾を引き、合図しているのに気づいていないようだ。
龍の姿で王都に現れたら、パニック映画さながらの大混乱が起こることを懸念し、いつもの姿で来たのが良くなかったのかな。完全に舐められている気がする。
「そなた、聖騎士に詳しいのか?」
「えーっ? 知らないけどぉ?」
コイツマジで! いや、向こうが歳上なんだから、こんな態度は仕方がないと受け入れるべきなのかも。だからコイツなんて思ってはいけないよね。
「それではそなた、何をしにここへ来たのだ?」
「えぇっ。だって僕は魔術師長だよ? 非常事態に城を守らなきゃ怒られるじゃん」
なんか腹立つ。これ以上の会話は、継続がしんどいわ。なんでこの人が魔術師長なんだろう。
「あの、トップとはさすがに気が引けるんで、副長と話したいんだけど」
あれっ!? ルー語に変わらない。油断してめっちゃタメ口きいちゃったよ。
すると、隣のメガネがスッと前に出て来て名を名乗り、二台の馬車の中身と私が何者なのかを丁寧な口調で聞いてくる。いや、こちらはこちらで、慇懃無礼な節もあるな。
『こんなときに出てくるのは、陰険メガネと決まっている』『そうなのか』『そして人の弱みを握っていて、裏で人を操るんだよ』『……我は見守っておる故、チカが思うように振る舞って構わぬ』
丸投げされた! ルーが魔術師長との会話に嫌気が差したのには気づいていたけど、メガネの方も駄目なのか。まだ何も説明していないうちから、交渉役を交代するとは思わなかったよ。
「ここを開けないか! 私を誰だと思っている!」
あ~あ、面倒くさいのが起きちゃったよ。ずっと気絶してれば良いのにな。娘の方が静かなのが、まだ救いだよ。
「彼らをお連れしなさい。後ほど話を聞きますが、王宮への立ち入りは許されていないので、外の拘置所ですよ」
メガネの副長が更に駆けつけて来た衛兵に、テキパキと指示を出して侯爵親子を連行させる。出禁にされているなら、すでにやらかした後なのだろう。
これなら話が早く済みそうだな。
「で? キミは何なの?」
この人本当にしつこいし、者が消えたな。人外だってわかっててこの態度は逆にすごいわ。
「この国の菓子は美味いか?」
「ちょっと!」
「ラクティスのところでは食したが、この国ではまだ試しておらぬ故」
故ぇ? だから何? いま食べなきゃチャンスがないとでも?
「まぁ実際、王様のところに一番美味しいものが集まると思うけど」
「そこなメガネの男よ、疾く案内せよ」
ルー! いま名前を聞いたばかりでしょう? 何でよりによって、メガネ本人にメガネって声をかけるんだよ。陰湿な嫌がらせとかされたら最悪じゃん。
「じゃあさ、魔術師塔に来なよ。城下で一番の焼き菓子をご馳走するからさぁ」
「師長! 勝手なことを言わないで下さい」
揉めてる。それはそうだろう。得体の知れない人外をなぜ招くのだ。
「えぇ? だってさぁ、この娘が本気で暴れたら、この城の兵士全員で立ち向かっても即死するよ?」
あっ、そこまでわかってるんだ? でもそんなことを不用意に話すから、こちらに殺気が向くじゃないか。
「こっちは聖騎士について聞きたいだけ! この国を離れても聖騎士を名乗って良いのか知りたいの! それに菓子は余ってるから要りません!」
私を虫歯にする気か! 龍なのに糖尿病とか、ファンタジー生物にあるまじき事態である。児童書で教訓にされるレベルで間違いないよ!
「てぃかはおこってゆの?」
かわいい豆太から上目遣いで探るように見られては、しょうもないことで怒り続けるのはむずかしい。
渋々だが魔術師塔に招待されたが、聖騎士の立場に詳しい人も呼んでもらうことになった。
「それで、キ――」
「美味い焼き菓子は?」
魔術師長のことばを遮り、ルーが菓子を所望する。ソファにもゆったりと腰掛けているし、圧倒的な女王サマオーラが漂っているのは、長年の帝国住まいで培われたのだと思う。
副長が侯爵家について話しているあいだお茶や菓子が並べられたが、可愛らしいメイドさんではなく陰気臭いローブの男たちだった。
この建物には女性の気配が全くないからか、ちょっと薄汚れた印象だった。いま座っているソファも、明らかにベッド代わりに使われたような跡が残っていたため、ルーが臭いしばっちいからと、除菌してから豆太を伏せさせていた。
「それならあの人の娘は、とばっちりだったんじゃないですか?」
「それがそうでもないから、王宮への立ち入りを禁じられたのですよ!」
目の前のメガネのフレームは何製だろうかと考えていたからか、ことばの語尾に圧があった気がする。
「やはりこのようなものか」
水分が失われてモソモソとした食感が、いつまで経っても消えないのは、バターなどの油分が入っていないからだろうか? 口に入れたものを吐き出さないだけマシだが、口直しとばかりに白に青い花柄模様の缶を取り出し、皆が見ているというのに口に含むのはいかがなものか。
ルーは甘さと香り高い紅茶の味が口の中に広がると、納得したように頷きながらもう一口と缶を傾けた。
『なんでいまこれを開けたの?』『美味いからに決まっておる』『紅茶葉伝のロイヤルミルクティーは、ルーの味覚に合うだろうけどさぁ』
毒蛇の緑色からは、子どもの頃に買った懐かしい缶ジュースがドロップした。もう販売していないジュースや炭酸入りの乳酸菌飲料など、甘い飲み物がけっこう多かったので、三分の一をルーが持っている。
ちなみにジュース以外のドロップは、毒蛇の血清が二本だった。
「まめちゃもほちい」
「僕も飲んでみたいんだけど」
ほら、こうなるじゃんか。
しかも、ルーは豆太にしか与える気がないみたいで、ソーサーに注いだあとは知らんぷりだ。仕方がないので果肉入りのみかんジュースを人数分出して渡した。
柑橘類の僅かな酸味をルーは苦手としているから、はちみつレモンやレモン炭酸などのジュースはすべて私が担当している。
「そなた等も飲むか?」
うへぇ。精霊にはムダに優しいんだよなぁ。でもケチだよね、そのパック入りの乳酸菌飲料は、大人なら三口くらいで飲み終わってしまう。圧倒的に量が少ないんだから、もうひとパック出したら良いのに。
でも、そんな気遣いは畏れ多いとばかりに、魔術師塔にいる精霊たちは首を横に振っている。正直、通夜の席だってこれほど悲壮感に溢れてはいないな。
「なら、シアさんは聖騎士の資格を失くすことは無いんだ?」
「当然です! 聖騎士をなんだと思っているのですか。その価値を知らぬ者が、この世にいるとは情けない」
しばらく待ったあとにやってきたのは、神経質そうな若者だった。二十代も半ばあたりかと思われる顔立ちだが、表情がきつく顔色もあまり良くない状態で、いかにも社畜といった疲労感を漂わせている男性だ。
聖騎士なんて職業は知らないし、調べようがないから聞いているのに、何を怒っているんだろうか。
「それじゃあ、侯爵親子については頼みました。シアさん本人とは、明日にでもナウナウのギルドで手続きしたいと思います」
「ええっ! 王都でしたらイイじゃん。ナウナウなんてド田舎にあるダンジョンの街でしょう?」
「そこの代官から圧力がかかっているって言いましたよね? 面倒な元パーティメンバーの荷物を、シアさんが預かってるんですよ」
泥棒呼ばわりされたくないから、さっさと渡して縁を切りたいんだ。たぶん慰謝料的なものとして、すべてシアさんに支払われると思うけど、それを決めるのは私じゃない。
「では、もう二度と来ないと思うから、安心して下さい」
シアさんたちが心配しているかも知れないから、寄り道せずにきょうは帰ろう。
「ルーちゃんは、どこに住んでるの? すっごい気になるから、遊びに行っても良い?」
「絶対招待はしないから! 豆太、帰るよ」
一国の魔術師長なんて、変なやつに目をつけられたっぽいな。心配するといけないから、シアさんたちには言わないけれど、できれば二度と会いたくはない。
私は豆太を近くに呼び寄せると、何らかの阻害魔術をかいくぐってポータルを開いた。面倒ごとを押しつけられる前に、はやくこの場から立ち去ろう。
ポータルをくぐれば、あとは跡形も残さずに消え去るのみである。
「ばいばい。ぼく、またあしょびにくりゅよ」
だから、去り際に豆太がこんな挨拶をしていたなんて、私だけが知らなかったのも仕方がないと思う。




