面倒な貴族を誘拐する
侯爵って結構位が高いんじゃなかったっけ? 爵位の高さと財力の高さは比例しないんだろうか。
見た感じそんなふうに見えないのは、人手不足なのかお忍びだからなのか、街道を行く一行が思っていたよりも少人数だったからだ。
眼下を行く二台の馬車は貴族が乗っているにしては地味で簡素だが、それぞれを馬一頭で引いている。そのまわりには護衛かお供なのかはわからない三人の男たちが、それぞれ馬に乗って追従していた。
「おうまがかわいしょうよ!」
「うーん、やっぱり一頭だけで馬車を引くのは大変なのかな?」
「休ませながら走らせてはおるようだが、扱いが雑だな」
「んー?」
豆太が悲しいのは、たった一頭で馬車を引いているからだよね? だいぶゆっくり進んでいるみたいだし、休憩しているならそれほど酷い扱いではないのでは?
「てぃかもむちでぶちゅの? まめちゃはよいこよ!」
「えっ! そんなことするわけないよ! 精霊の棲家でだって、一度も当てたことないよね?」
「あれは豆太が避けている故、当たらぬのだ。チカはよく狙いを外しておるし、自らを打とうとすることもあるな」
たしかにコントロールは残念かも知れないけど、元の体ではムチなんか触ったことすらなかったはずだ。ラケットやバットを振ったことはあっても、ふつうはムチを手にする機会なんて無いと思う。
大体、馬に使うムチは合図のために振っているのであって、痛めつけるために叩く人なんて、十中八九いないと思うのだが。でも、大人だからちゃんと謝っておくよ。
「それはゴメンね」
あれだけ精霊の棲家で使ったのに、なかなかコツを掴めないのは、ムチを使おうとする意識が私だと、せっかくの身体能力をうまく活かせないのだと思う。
「意識は同調することもあるのに、やっぱり他人の体なんだよね」
「我は人ではないがな」
「まめちゃは、まめたなのよ」
「大丈夫、知ってるから」
要するに、速く馬を走らせるために御者の男が過剰にムチを使っているってことなのね。急いでいるからって叩かれても、一頭ではすぐに限界がきてしまうということか。
「そもそも、なんで馬車が二台要るんだろう。侯爵がひとりで向かってるんじゃないの?」
二頭で馬車を引けば、いまよりは速く走れるよね。
「娘も同行しておるな」
うわぁ、マジかよ。あの人って、なんだか目つきが怖いから会いたくないんだよな。
「父親と同じ馬車はイヤってことなのかな?」
自分が亜空間収納を便利に使っているから気づかなかったけど、一般的な旅人はかなりの荷物を持たないと長距離の移動ができないらしい。
お金がない者は徒歩での移動になるし、馬車の移動は日中のみだ。暗くなってからは走らせることがないから、距離があるなら泊りがけになるのは当然のことだ。
何日もかけて目的地まで行くのだから、必然と荷物が増えてしまうのである。
「つまり、あれは荷物を積んだだけの馬車?」
「それと使用人が乗っておる」
ああ、クリスティーナさんのところで見たわ。貴族は身の回りの世話を、使用人に任せているんだよね。着替えなどの身支度に人の手を借りなければいけないなんて、不便で煩わしいと思うんだけどなぁ。
「そりゃあ馬だってくたびれちゃうよ」
御者も入れたら、一台あたり三、四人の大人と荷物を運んでいるんだからね。
「やるのか?」
「ヤる?」
ルーが、龍の体で馬車を踏み潰すイメージを送ってくる。
いやいや、そんなに簡単に殺りませんけどね。ただ侯爵家関係で何度も煩わされるのは困るんだ。
シアさんにはこの国を捨てさせたわけじゃなくて、ちょっと避難させるついでにダンジョンづくりに協力してもらっているだけだからね。死にかけを救ったことで恩を売ったけど、彼女の一生を奪おうとは考えていないんだ。
彼女がいまさら貴族社会で生きたいかは、本人に聞かないと話が進まないけど、その時は侯爵家が黙ってはいないだろう。ナウナウの代官に圧力をかけてきたくらいだから、シアさんに協力してくれるとは思えない。
「伯爵位を娘に渡したいのもあるんだろうけど、私らが勝手にシアさんの母親の遺品を回収したことも、気に入らないんだろうな」
あと、閉じ込められていた屋敷の精霊のこともあったか。その件については、ルーが絶対に許さないから、痛い目を見る前におとなしくしてほしいんだけど。
シアさんの父親と結婚した親子が散財したのが原因なら、その補填は父親の実家に請求したら良いじゃないか。元々は実家で雇っていた使用人の娘とのあいだに子どもがいたのに、シアさんの母親と結婚させたのが間違いだったんだから、責任は父親側にあるだろう。
貴族手当をシアさんが横領したのなら罰せられるのはわかるけど、貴族が生活するために保証されている最低限の収入として国が支給しているんだから、取り上げられる謂れはない。
領地があるならそこから税を徴収できるが、国にも納めなければいけないし、領地を健全に治める責任も伴う。王宮や領都で官吏として働く貴族も多いのだから、ふつうは手当だけで生活することはないのだろう。
「働かずとも糧を得られるのならば、誰も働かぬのではないか?」
「それは良くないから、本当に最低限なんだと思うよ」
シアさんが修道院にいて貴族らしい社交をしていなかったから、生活費として使えるお金は十分だったけど、夜会のたびに新しいドレスを作っていたら、手当だけでは貴族らしい生活は続けられなかったろうね。
「同じドレスには二度と袖を通さぬ姫もおったわ」
ルーが古い記憶を見せてくる。王家の羽振りが良かった頃はそれも受け入れられていたようだが、王族もわりとリメイクして着回していたことがわかる。
「噂って怖いからね〜。ドレスを買うお金がないんじゃないかって思われたら、仕事にも影響するからなぁ」
いや、ドレスの値段は関係なかった。大事なのはシアさんの処遇だよ。
「この国の代表に聞くか」
税金の支払いとか聖騎士の年会費や登録更新料とか、聞いておくべきことは多いもんな。事前にシアさんに聞いておけば良かったけど、そこまで余裕がなかったんだよ。
そもそも税金って、この国では何種類くらいあるのかな。どこに納めるのかも聞かなくちゃいけないのか。
「チカの生まれし国では可能であった税の徴収方法は、ここでは使えぬであろうな。あれは完全ではないが戸籍が管理されておった故に使えた手法である」
「住民税とかはそうかもね。それじゃあこっちでは、所得税や消費税なら徴収しやすいのかも?」
亜空間収納があるから、贈与税とか相続税はどうしようもないよな。それなら商会があるんだから、法人税は徴収可能なのかな。タバコ税や酒税はどうだろう。そもそもタバコを吸っている人を見たことなかったわ。拠点で蜂蜜酒を作ってたけど、うちではまだ法律っていうか決まり事さえない状態だからなぁ。
自動車税とか重量税は馬車の所有者から徴収するとして、関税ってどうなってるんだろうね。ポータルが使えるなら、密輸とかってやりたい放題じゃない?
「いや、どうやって税金を集めるかとかどうでも良いんだよ。大事なのは、シアさんが今後も聖騎士を名乗れるかどうかなんだ」
ラルスが成長してシアさんと一緒にポータル移動できるようになったら、この国で活動することもあるだろう。身勝手な大人に放り込まれた修道院で、五年も修行して得た聖騎士という立場なのだ。他人が簡単に捨てろと言えるはずがない。
その間に親交を深めた友人にだって、本当は会いたいはずだ。
それはユミーにも当てはまるんだけど、彼女は精霊と契約していないから身を守る術がないので、つきっきりで見ていないと危ないから、すぐには自由にしてあげられない。
「いつ仕掛けるのだ?」
ダラダラしていても時間がもったいない。やるしかないか。
ため息をつきたくなるが、こんなことは今後もあるだろう。最初に、困った境遇の人たちなら私を受け入れてくれるだろうと、安易な考えで住む場所を選んだことも悪かったのだから。
「そこの馬車! 止まらないとまとめてぶっ壊すぞ!」
いつもの人の姿をとり、馬車の進行方向に降り立つ。久しぶりに大きな声を出したけど、ルーの体は腹筋がつることも喉を痛めることもなかった。とても丈夫で頼もしいね。
目的の馬車は、精霊の棲家がある町ナウナウに向かって、おじいちゃんが運転してるのかってくらいノロノロで近づいて来た。
それはルーがちょっと存在感をアピールしただけで、馬が怖がって走らなくなっているからだろう。
「そこの怪しい娘! こちらは急いでいるのだ。さっさとそこを退け!」
「おい! 道に出てくるんじゃない。貴族が通る道を塞ぐなど、殺されても文句は言えんのだぞ!」
馬車を止めるつもりはなかったのに馬が勝手に走らなくなったから、護衛は相当苛立っているらしい。御者の男も座ったまま怒鳴ってきたが、そんなことはなんのダメージにもならないな。
そんなことよりも、馬を威圧したことで豆太に怒られている、ルーのダメージのほうが甚大だ。
「これって侯爵家の馬車だよね? 一緒に罰せられたくなかったら、そこから降りて馬を外しなよ」
「ああ? 何言ってんだ嬢ちゃん」
馬は完全に無関係だから、人の業につきあうことはない。たまたま侯爵家に買われてしまったのは、運が悪かったとしか言いようがないからな。
御者もまあ、関係ないと判断して構わないだろう。貴族にとって下男は下っ端も下っ端。下手をすると、名前すら覚えられていない可能性もあるのだ。
「それにしたって侯爵サマのお出かけにしたら、お供が少な過ぎないか?」
馬車は一頭立てが二台に護衛はたったの三人だし、同行者は従者がひとりと侍女がふたりか? 泊りがけでの遠出なのに、この人数で大丈夫なのかな?
「護衛はギルドで雇うことも可能故、馬を持つ冒険者を雇ったのであろう。それでなくば、馬は借りておるのであろうな」
「馬って高そうだもんね」
犬や猫を飼うよりも世話や餌代がかかりそうだし、王都まで運ぶのも気を遣う。冒険者たちだって、彼らが護衛することを放棄したと思われたら今後の仕事にも影響するだろうから声をかけただけで、馬車だけ掴んで飛び立っても良かったのだ。
「クリスティーナさんたちと街に買い物しに行ったときの馬車とは違うね」
あのとき乗せてもらった馬車は、辻馬車とは明らかに違ってお金をかけた装飾だった。まあ、あれは領主の馬車だし、街歩きのためだったからか。
見るからにお金持ちの馬車が人通りのない道を走っていたら、襲ってくださいと言っているようなものだろう。
「いつまで止めているのだ! 次は子爵領まで行くと言っただろう」
侯爵が馬車の中から、御者に強い口調で命令している。降りてくる気配はないが、従者が出てくるのも時間の問題だ。
「ルー」
「仕方あるまい」
「豆太、お願いね」
「まめちゃ、できゆのよ」
一瞬で豆太が馬車馬を繋ぐ革ベルトをすべて断ち切ると、ルーが龍の姿に戻り馬車を片手に一台ずつ掴む。できるだけそっと振ると、御者たちは道の端まで勢い良く転がっていった。
「おっと、ゴメンよ。侯爵は王都まで連れて行くから、心配だったら追って来てもいいけど、契約はここでお終いだよ」
御者を起こす護衛たちが、自分の精霊から逆らっては駄目だと言い聞かせられている。いきなり攻撃されなかったのは精霊のおかげだったか。
精霊たちには主が困ったら助けを呼ぶように話しておき、私たちは一気に高度を上げた。




