殺戮か凋落か (後)
「そなた等の一族は、ここにおる者ですべてか?」
ルーが見渡すと、老夫婦とその息子夫婦、孫と配偶者とその両親が頷く。小さな子どもたちには理解できなかったのか、それぞれ騒ぐこともなく親の顔をジッと見ている。
その中にしれっと混ざっている美形は、樹木の精霊の高位精霊だな。
イェニドゥヤとインジルは違和感なく家族に溶け込んでいるが、やはり人外らしく美しさにスキがない。
「そうですのぅ。孫娘は婿をとり、その親もこちらに住んどりますし、ここでの暮らしを嫌った娘は町へ嫁に行ったきり、顔を出すこともなくなりましたなぁ」
「もう孫も産まれたからねぇ。あたしらとは関わりたくないのかねぇ」
アスリさんがションボリしているが、その娘はすでに五十歳近いので、嫁に行ったならそんなものだろうと息子のエムレさんに慰められていた。
エムレさんの奥さんはピナルさんといい、下の町から嫁いで来たが両親をはやくに亡くし、兄弟は王都へ出稼ぎに出たきりで、そちらで世帯を持って帰ってこないと言う。ピナルさんは自分は孫がいる身で、気軽に会いに行くことはできないと諦めている。
「連絡がないのは元気に過ごしている証拠なのよ」
「でも、ここからいなくなったと知ったら心配するんじゃないかな」
引っ越しましたっていう連絡をしても、龍の棲家には来ることが不可能だしなぁ。
「後でエセンに手紙を届けてもらうわ」
「わかった! わたちがとどけましゅ」
素直に承諾するのはピナルさんの精霊で、エセンという上位のそよ風の精霊だ。
黄色いワンピースを着て頭のてっぺんにアホ毛みたいな綿毛が生えた、十センチくらいの小人の姿をしている。
同じ風系の精霊だからか、豆太と楽しそうに話しているな。
「じゃあ、まとめて拠点に運ぶか」
「そなた等は精霊たちが連れて行くが、果樹は我が運ぼう」
魔素の影響で変な実がついたら困るし、ポータルが使えないんじゃ仕方ないかな。
「連れて行く家畜を小屋に収めよ。完了次第、この地を離れる故、忘れ物の無きように」
「あの! ベル兄さんも連れて行ってくれますか?」
「ここに一人ぼっちは寂しいの」
ルーが忘れ物について話すと、双子の女性が意を決したように願い出てきた。彼女たちはフェリハとベラクといい、十九歳の美しい娘さんだ。
この地にドルクさんが家を建ててから、家族で亡くなったのはエムレさんの次男であるベルカンさんだけらしい。生きていれば二十五歳になっているが、ニ歳のときに病気で亡くなったのだそうだ。
「弔いの地を運ぶのは問題ない」
そうだね。あの山の木を切りすぎたから、近いうちにこの辺りにも土砂が流れてくるだろう。あの泉が埋まるのも時間の問題だな。
「ありがとうございます」
「ありがとう」
「よかったわ。おじさんもいっしょなのね」
双子が言い出したことだけど家族みんなが心配していたらしく、母親のピナルさんや兄のアスランさん、アスランさんの娘であるジャナンちゃんも嬉しそうにしている。
「もしゃりゅゆは?」
ジャナンちゃんの弟のハーミト君がモゴモゴと話しているのは、あの果樹のことらしい。モサルルは下の町と物々交換したり、商人に売ったりしていたらしいが、今年は不作でかなり困っていたようだ。
「大丈夫だよ。土地ごと運ぶのは二回目だから心配ないからね。柵の内側にあるものは全部運ぶから、準備が終わったら家に入ってジッとしていてね」
この家族は、龍という人外の生き物に助けを求めに行くことをすでに了承済みだったのか、わりとあっさりと指示に従った。高位精霊が二体もいれば、いろんなことに耐性がつくんだろうか?
マカミとアセナの二頭は協力してニワトリを小屋の中へと追い込み、ヤギは八歳のウムト君がロープをかけて、小屋の柱にしっかりと繋いだ。
小さな子たちも倒れそうなものは床に置いたり、ニワトリにエサと水を与えたりと、できることを手伝っていた。
『ルー、さすがにそれはなくない?』『何故に?』
みんなが働いているときに、氷砂糖を舐めるのはいかがなものか。それに集中できないから、私の頭に過去の映像を送るのはやめてくれないかな。
ふたりの壁娘はすでに退いており、ワインを浴びた娘は人々の注目を浴びたと確信してからルーを批難し始めた。
「この方が、わたくしの首飾りを気に入ったので渡せと仰ったのです。お断りするとお怒りになって、わたくしにワインをかけたのですわ。王家縁の方だと安心しておりましたのに、なんと乱暴なんでしょう。わたくし、たいへん恐ろしい思いをしましたわ」
娘は確かに首飾りをしていたが、見かけだけでたいした輝きもない、大きさだけの宝石もどきがついていた。
まったくもって私の好みではないし、ルーがそんなガラクタを欲するものか。過去の出来事なのにイラッとするし、こんなことで人を落とすなんてくだらないとしか思えない。
それにルーのグラスは果汁で満たされているし、いま飲んでいるのは無色透明だ。赤ワインを滴らせたグラスを持つのは自分の方だと気がついていないのか?
周りの貴族どもにはルーの身分に気がついた者もいて、賢き者は危険を察知し静かに退出していった。好奇心が抑えきれない愚か者たちは、これから起こることに興味があるのか、ソワソワとルーたちの様子を伺っている。
この場にはワインで汚れた娘を助ける者もあらわれず、微妙な空気が漂っていた。
『貴族など権威を振るうが、なんの功績もあげずに薄まった血に群がるとはな。まったく落ちぶれたものよ』
何百年経ったとしても、ルーはあんまり変わらないんだろうなぁ。
氷砂糖を口いっぱいに頬張って、精霊たちの告げ口を聞く。町長の息子には個別に報復するとして、植林しないと土砂はいずれ川を汚し、町の住民たちを苦しめることになるだろうね。
高位精霊二体の話では、町長の息子がドルクさんの孫である双子のフェリハとベラクを町に住まわせようと、果樹園をダメにするために画策したことが発端らしい。
双子は十九歳でまだ結婚していないが、可愛らしい顔立ちで町の男性たちに人気があるらしい。子どもの頃からお手伝いで果物を街に売りに行けば、二人から受け取りたい男性が列をつくるとまで言ったので、相当なのだと思う。
双子が年頃になると群がる男性が増えて、町に住む女性から嫌がらせを受けることが多発したので、安全のために町に下りることは少なくなったそうだ。
「果樹園がなくなれば町で暮らすと考えたわけか」
「短絡的で杜撰な計画であるな」
「放っておいても自滅するかな?」
あの町はゼイティンといい、王都へ海産物などを売って栄えているようだ。
「海は危ないんじゃなかったっけ?」
「この入り江は狭く、大型の魔獣は入り込めぬ」
「そこで漁をしているのか」
「大半は塩を作っているな」
それなら町長が失脚しても果樹を求める商人がいなくなっても、住民たちが困ることはないだろうね。しばらくは放っておいて、気が向いたら様子を見に来たら良いか。下位精霊たちに頼んでおけば、変化があったときに知らせてくれるだろう。
放っておいても良いのだが、壁娘のひとりにマジマージェヌがついており、空中で必死に額づき自分の主を助けて欲しいと震えていた。
たしかに、正しくあれはエア土下座というやつだな。ルーがそんな精霊の願いを聞かないわけがないか。
ワイン娘はこの精霊持ちの娘が見ていたからと嘘をつき、壁娘そのいちに偽証させるつもりのようだ。ワイン娘は侯爵家らしく、伯爵家の壁娘そのいちは逆らえないらしい。
「静粛に。これより精霊による審理を行う」
ルーが声に魔素をのせると、完全にこの空間は隔離された。審理が終わるまでは、何人たりともこの場を離れることはできない。出入りできるのは精霊のみだ。
この場所を見えない魔素の壁で囲んで、外からの干渉を受け付けないようにしているらしい。
「証言を精査する。娘よ、名を名乗り先ほどの話に嘘偽りの無きことを宣言せよ」
「無礼ですわ! そちらこそ名乗ったらどうなのですか」
「名乗らぬのならばそれでも良いが、王妃はあまり血で汚すなと言っておったな」
ルーはいろいろとぶっちゃけ過ぎだが、王妃ももう少しオブラートに包んでもらわないと。
「名乗らぬのならば、王家の秘宝、真実の短剣で胸を突くか? 真実を語る者の血は流れぬらしいぞ。いや、流れる血が黄金に変わるのであったか? それとも神が降臨し、生き返らせるのであっただろうか。どちらにせよ、胸を刃物で突かれて死なぬ者はいないがな」
ルーが見せてくる過去の映像は、ルーが内心思っていたことも私には言葉として聞こえてきているらしい。そうでなければ、相手の令嬢の反応が薄すぎる。
「あなたがわたくしにした行いは、こちらのおふた方も見ておりましたわ。彼女は妖精を使役するくらいですもの、発言に間違いはないのよ。素直に謝ったらいかがですの?」
妖精じゃなくて精霊な。そしてお前の精霊ではないだろう。精霊は使役するものではないし、このような驕った考えを持つ者が呪具師を生み出すのだろうか。
「精霊たちよ。この地で行われた罪を明らかにせよ」
精霊たちはこの場で見た映像を、すべて提出しなければならない。その際、会場内で行われた不都合な出来事もすべてを詳らかにされるらしい。
妻に隠れて客室に籠もった紳士とその愛人や、貴重品をくすねたり同僚を虐めたりしている使用人までもが明らかになった。
中庭でこっそり交友を深めていた美しい恋人たちの姿が映し出されると、その令嬢に思いを寄せていた子息たちはため息をつき、お相手の令息に焦がれていた令嬢たちはそっと涙を流した。
若い彼らにとっては、とんだとばっちりであったようだが、危険を察知し、退室しなかった自分の愚鈍さを反省したら良いのだ。
休憩室やシガールームで話された内密の話までは暴露されていないが、その映像を睨むように見つめる男がいる。精霊たちは、片方は男の友人で、もうひとりは婚約者だと告げ口してくる。どうやら半年前から浮気をしているようだ。
「我には預かり知らぬこと故、干渉はせぬが、ろくなことにはならぬだろうな」
隠し事がバレてしまった人たちは気まずいだろうが、そうこうしているうちに精霊たちが、目の前の令嬢に関わる映像を運んでくる。
「名を名乗らぬこの娘の偽証が証明された。裁決を」
これは宣言に対し偽証をしたすべての者に罰が下る。精霊が写した映像を疑う者はいないから、粛々と受け入れる他ないのだ。
審議の場を開廷するにはかなりの魔素を使うから、証拠を提出した下位精霊たちはいっきに上位精霊へと進化をとげた。
ルーも魔素のバランスが崩れるので頻回に使ったりはしないらしいが、人々は忘れた頃にこの力に断罪されて、一時は鳴りを潜めるものの、喉もと過ぎれぱ熱さを忘れ、また同じことを繰り返した。
「それは、それは。私が知ってる裁判とは、かなり違ってるわ。私が生まれた国ではまかり通らないよ」
精霊なんていないんだから証拠が不十分なときもあるし、決定的に違うのは罰を決めないところだよね。宣言を偽ったなら、即存在の消滅って怖すぎる。
龍が裁判官だと、どんどん人口が激減するんだね。頻回じゃなきゃ良いってものでもないでしょ。
我の前に進み出た娘は、事前に伯爵の嫡子と警備を担当した騎士ふたりを丸め込んでいた。その一部始終を体を使った方法や自分でワインをかける様子まで、映像と音声で証明されたのである。
「防犯カメラが珍しいのか? それともお粗末な結果に呆れてるのかねぇ」
会場には令嬢の断末魔が響き渡り、ご婦人たちはもとより紳士にも顔を蒼白にさせてふらつく姿が見られた。それほどに龍の裁決とは厳しく残酷なものだった。
「偽りを述べた者の魂は業火に焼き尽くされ魔素へと還りぬ」
ふつう火葬では、一部の骨や歯、金属製の装飾品などが残る。
だが、龍の裁決による火刑では何も残らない。燃やされた魂は永遠に生まれ変わることもなく、ただ世界を形作るための燃料にされたらしい。
「精霊たちに報酬を」
ルーの体から光の粒が溢れ出し、それに精霊たちが群がった。
「以上、審理を終了する」
ルーは精霊に魔素を与えて、この茶番を終わらせたようだ。
「マジで!?」
「突然如何した?」
「いや、ルーもまともに裁判っぽいことをしてたんだなぁと思って」
「たしかに不要な者を切り捨てる方が楽ではあるな」
「だよね〜」
「だが、たまには下位精霊にも仕事を与えねばならぬ」
あの時はかなりの数の下位精霊が上位精霊になった。高位精霊となったのも二体いたらしい。
精霊たちは役目を終えると、歓喜に溢れて跳ねるように各地へと去っていったから、彼らがつぎに見初めた者は、力ある精霊に好かれて名を残す者となっただろう。
「それにしても、なんでこんな過去の出来事をチョコチョコ挟んで見せたわけ?」
油断するたびに挟み込んでくるから、ドルクさんたちの話があまり頭に入ってこなかったんだけど。
「ラルスの主の親族は、聖騎士でいる限り邪魔にしかならぬ。それ故、断罪せねばならぬ」
バシュっと切り裂く方法は見せたから、精霊をスパイとして使う方法を教えてくれたらしい。
「えっ? 生命の存続をお終いにするのか、貴族として終了させるのかを私が選ぶの?」
「あの娘はラルスの主を傷つける故、拠点に帰り果樹の配置を終わらせた後に排除に行くぞ」
「ゆくじょ!」
「本気か?」
まだ私には、ゆっくりする時間はないらしい。




