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殺戮か凋落か (前)

 

 夜会で気位の高いお嬢様がやらかしたのが、ルーを矢面にした威圧政治のきっかけだったのだろうか。

 その後しばらくして近隣の国に侵攻しはじめ、その国は百年も経たずに帝国になったらしい。






 見知らぬ森の中で枝をかき分けて進むのは億劫なので、すぐに樹上を飛ぶことにした。ここにいるメンバーは人外ばかりなので、こんな移動方法も選択できるのが素晴らしい。

 ふわりと浮いて上空から眺めると、森が途切れたはるか向こうに小さな町があり、その奥には海が見える。足もとに視線を戻すと、木製の柵で囲われた家が三軒並んでいた。

 ルーの知識から、ここは拠点の西にあるハヴァバハル王国で、遠くに見える海が湾になっていることもわかっている。


「ここも木と石の家だ。メダーホルネッソに襲われていた村の建築よりは、お金がかかっていそうかな」


 余計なお世話だろうけど、隠れて暮している人たちと他所から物資が入ってくるところの差が、こんなところに表れているんだろうね。

 三軒の家は果樹園を営んでいるのか、うす黄色い小さな実をまばらにつけた低木が四、五十本は生えているように見えるな。

 だが、果樹園近くの山が崩落したのか斜面がむき出しで、土砂はその囲いを壊して止まり、手前の小さな泉は半分が埋まってしまったらしい。


「たいへんよ! おみじゅがばっちいの!」

「それは森が――」


 果実の精霊(オーヴィスタ)は面倒見が良い長女タイプの精霊なのか、豆太の『なんで? どうして?』に答えつつ、私たちに状況を説明をしてくれた。


「インジルさん、程々で良いんだよ? 豆太のなんではキリがないからね」

「疑問はその度に解消せねばならぬだろう。誤魔化さず豆太の疑問に答えてやるが良い」

「ルー……いまはそんな場合じゃないよね?」


 どちらも精霊なのに、よその子よりはうちの子の方が、可愛いさに軍配があがるらしい。理由を話せば後回しにしても、豆太は怒らないと思うけどなぁ。


「これは酷いね」


 土砂だけではこうはならないだろう。豆太がばっちいと言ったのは、濁って腐敗臭がする水質のせいだ。


「ん?」


 ルーが泉の縁に跪くと水中に目を凝らし、おもむろに腕を突っ込んだ。めちゃくちゃばっちい水の中にである。


「ちょっと、ルー!」


 袖を捲くりもしないことに文句の一つでも言ってやろうと思ったが、上体を起こしたルーの手には小さな水色のカメが握られていた。

 カメが生きているかどうかよりも、まったく汚れていない右腕にホッとした私にはガッカリしたが、掌の上ではそれが弱々しくも頭をわずかに動かしている。

 こんなサイズのミドリガメが縁日の屋台で売られてたわ。たぶんなのちゃんが生まれるずうっと前で、私が幼稚園児ぐらいだったと思うけど。


「ちいちゃいの」

「そうだね。一匹だけなのかな?」


 まだ生まれたばかりなのか、大きさ的に甲羅は硬貨くらいだ。兄弟や親もここにいるのか?


「この子はもうすぐ高位精霊(マジェマージヌ)になれたのに、泉が穢され弱ってしまったのね」

「精霊なの⁉」

「左様。泉の精霊(クヴェレギュイス)であるな」


 果実の精霊(オーヴィスタ)がそっと小さな甲羅を撫でるが、カメの姿の上位精霊(マニェータ)はあまり動かない。精霊界へ逃げる暇もなく、土砂がなだれ込んできたのだろう。


「わたくしたちでは助けることができず、危惧の念を抱くばかりでしたの」


 ルーは水色のカメには自分のうろこを与えず、聖樹の果実を指で潰して果汁を数滴口の中に落としたが、小さすぎるのか弱りすぎているのか、なんの反応も見せなかった。

 ルーはポータルを開くと、主を持たない小さな精霊を精霊界の澄んだ池の中にそっと沈めた。

 果実の精霊(オーヴィスタ)のインジルが直接家にポータルを開いて帰らなかったのは、ルーにこの泉を見てほしかったんだろうな。






 あれは当時の王子が十五歳になって初めての夜会だった。

 王族の婚約者を決めるには少し遅かったらしく、王子妃になりたいご令嬢は、ギリギリまで他の良縁と天秤にかけていたらしい。夢を追うか確実な未来を手に入れるか、間違えば残りもの同士の婚約になりかねないのに、王子と釣り合う年頃の娘を持つ親は、一縷の望みをかけてこの夜会に参加したようだ。

 王家と血脈が近い令嬢や、そもそも王族との縁組には関わらない子爵令嬢や男爵令嬢たちは、次々と婚約者が決まっていくなか、いつまでも決まらない伯爵以上のご令嬢たちには焦りがあったのだろう。

 特に賢さや美しさに自信がある令嬢ほど、婚約者を決めかねてこの日まで売れ残っていたのだ。

 同年代の高位貴族の子息たちも王子の婚約者が決まるまで待つことになり、その親たちも王家からの婚約発表がない限りは、相手がいても口約束だけに留めていた。だが、年下からも相手を選べる男性陣にはまだ余裕があったに違いない。






「今年の冬は厳しいものとなるだろうと、町の占者が言い出したらしくてのぅ。北にある山から雑木林があっという間に減ってしもうたんじゃ」

「植樹なんかは無計画の上、山に生えていた樹木はあるだけ全部を薪にしちゃったの?」


 インジルは、三軒の家が家族ぐるみで営む果樹園に案内してくれた。中央の家には精霊たちに集められた家族がすでに揃っていて、下は五歳から上は七十二歳までの、総勢十七人が疲れきった表情で座っている。

 中でもアルプスの頑固ジジイみたいなお髭の、草臥れたお爺さんがこの一家の家長らしく、山が崩れた原因を教えてくれた。

 家長であるお爺さんの名はドルクさんといい、ガッシリ体型に日焼けした肌の男性だった。ドルクさんはイェニドゥヤという高位精霊(マジェマージヌ)の主で、イェニドゥヤはインジルと兄妹のように似ている精霊だった。

 見た目が美しいのは高位精霊(マジェマージヌ)ならば例外なく当てはまるが、薄紫のロングストレートの髪を結わずに下ろしていて、瞳の色も同様に美しい薄紫なのもお揃いだ。

 インジルはドルクさんの隣に座るお婆さんの元へと歩き、その椅子の傍らに寄り添うように立っている。お婆さんはアスリさんといい、ドルクさんの奥さんでインジルの主だった。


『顔立ちはそこまで異なる人種って感じではないけど、南国らしく肌は褐色なんだね』『この場所の日差しが強いのであろう』


 彼らの服装は、基本的にベージュ、茶、灰色だが、くすんだ黄色や赤と紺色の布もあるようだ。さすがにメタリックカラーの飾りはないけれど、染料はこちらの国にも豊富にあるんだろうな。

 男性は麻のズボンに脛までの革製ブーツ、長袖ラウンドネックシャツの上に、腰下まで長さがある七歩袖チュニックを着て、幅が太めの剣帯を締めていた。帯には長剣ではなく、ナタのような枝を落とすための刃物か、大ぶりのナイフを下げている。

 女性もあまり変わらないが、七歩袖のチュニックが膝下までと長く、ショート丈のカフェエプロンなようなもので押さえていた。さらに頭には肩下までのスカーフを被っており、髪と顔の上半分は隠れている。

 男女とも裾は編み上げブーツにインしていて、両袖はリストバンドみたいな革に、刺繍で飾られたもので留めていた。

 聞けばお守りというか魔除けの意味合いがある模様を、妻や母親が刺していると言う。

 子どもは柔らかそうな布の帯にも、たくさんの模様が入っていた。


「この、矢の模様は私も見たことがあるよ。七五三の着物の背守りだったと思う」

「そうなのですか? やっぱりどこの親も、自分の子どもが飢えるのは見たくないし、心配ですものね」


 アスリさんがそう言って頷いているが、私たちは弓で肉を狩ったりはしなかったので、破魔矢は魔除けの意味合い一択だと思う。

 ドルクさんの息子さんであるエムレさん夫婦の子どもたち一家が他の二軒に住んでいるが、このように一堂に会せば、それぞれ目の色や髪の色が少しずつ異なっているのがよくわかる。


「ええっと、ルーです」

「ぼく、まめちゃ」


 こちら側も名乗ると、残りの十五人と精霊が十二体が次々と名前を教えてくれた。小学生くらいの子どもにも下位精霊(マリェンモ)がついていて、家の中はぎゅうぎゅう詰めだが、そのうえ番犬として大型の黒い犬がつがいで飼われている。

 ルーが賢いから、オスがマカミでメスがアセナという名だということも、ちゃんと覚えることができた。


「おっちぃの!」

「そうだね。五、六歳の子どもたちよりも頭がデカイし」


 脚も太くたくましいが、表情は穏やかで優しげだね。

 ドルクさんの子どもは、長男のエムレさんが家業を継ぎ、長女と次女が町に嫁いだ。しかし、姉妹は山での暮らしを嫌っていて、嫁いでからは一度も里帰りをしていないらしい。週に二回くらい町に下りて買い物をするが、あいさつ程度で婚家とも疎遠だと言う。

 この果樹園にいるのはエムレさんの長男一家と、長女には婿入りに両親もついてきて暮していて、町の人がここまでやって来ることはないらしい。


「今年は雨が少のうて、収穫が半分まで落ちてしもうたでなぁ」


 ここで育てている果樹はイチジクのようなビワのような、なんとも説明が難しい果物で、味は甘すぎずサッパリしているらしい。

 果樹園を囲っているのはニワトリを放し飼いにしているからで、それでも野生動物が侵入したときのために番犬として飼っているのが、マカミとアセナの二頭だった。

 あとは雑草駆除のためにヤギが一頭いて、果樹を傷つけないように家と続きになっている作業小屋の囲いの中で、家族の憂いも知らずに無心で口を動かしている。






 その王子と夜会に出席し、ルーは早々に菓子と果汁を楽しみ始めた。甘い食べ物に目がないのは、今もあまり変わらないな。

 その時の姿は正しく貴族のお姫様で、王妃になんらかの狙いがあったのか、王子とお揃いに近い白銀のドレスを着ていた。

 しばらくは王子が甲斐甲斐しく飲み物などのサーブを手伝っていたが、すぐに貴族たちからのあいさつを受けるために人々の中心へと足を向けた。

 普通ならばパートナーも同行するところだが、ルーはそのままソファに陣取り、この日のために集められた菓子を頬張り果汁で喉を潤している。

 そこに現れたのが、王子と同年代の三人の娘たちであった。二人が壁になり人の目を遮ると、気の強そうな娘が王子に近づくなとルーに対して高圧的に命令した。

 この娘の首が落ちるかと思ったが、ルーは完全に無視して菓子をつまんでいる。

 娘は怒りで顔を真っ赤に染めると、手に持ったワイングラスを自らに傾けて悲鳴を上げた。


ここまでお読みいただき、ありがとうございました


後編は本日中に投稿予定です

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