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やっぱり貴族は面倒くさい

 

「やはり消し炭にしておくべきであったな」


 苦々しくルーが言うことには同意しかないな。だけど、あの時点ではシアさんのお母さんの遺品があったんだから、すべてを消し炭にするはマズイだろう。屋敷の精霊(ヴィリギスタ)も巻き込まれる可能性があったんだし。






 シアさんとラルスを住民たちに紹介し、金属のように光る体毛に驚くのを眺めて楽しんだ。ユミーも初対面のときには目を丸くしていたが、シアさんも同じようなリアクションだったため、こっそり笑ってしまった。冒険者として何年も各地を移動していたシアさんでさえ、セバルトさんたちのようなキラキラの体毛を持つ人種にお目にかかったことは、今まで一度もなかったと言う。

 逆にセバルトさんたちは、他所から来る狩人や人買いなどを見て周知していたらしく、小さな子どもたち以外はあまり驚くことはなかった。

 やはり一緒に食事をしていたラメトゥたち人魚一家の夜の姿を見て、ピリカを含め子ども人魚の可愛らしさに目を煌めかせていたし、ラルスもいろんな精霊と会って楽しそうだった。

 パン焼き娘のユミーの身にあったことを説明したら、他人事には思えなかったらしく親身になって話を聞いていた。ユミーもセバルトさんたちの中に一人だったからか、シアさんの存在に安心感を持ったらしい。

 まだ心身ともに弱っている人たちは、自宅で家族とともに食事をとっているが、半数近くの人は洗い物が楽なので炊事場近くの広場で食べている。今回はお披露目を兼ねて、集会所で食べることにした。

 食材が豊富に集まれば、それぞれ調理しても良いし最寄りの炊事場でご近所さんたちとまとまって作っても良いだろう。お祭りや儀式の際は集会所を好きに使って構わないと伝えておいた。

 すべての住民に精霊がついているわけではないので、話す言葉が違うと意志の疎通に困るかと思ったが、シアさんの語学能力のおかげでなんの差し障りもなかった。

 母親が侯爵令嬢だったし、伯爵家として教育も高い水準を要求されていたのかも知れない。さらに聖騎士養成機関である修道院での生活で、かなりの高スペック令嬢が出来上がっていたようだ。

 ラルスもその修道院に棲む精霊だからか、人と長く一緒に生きている分、専門的な知識は豊富らしい。

 聖騎士として活動していた範囲には北側に位置するユミーがいた国も含まれていて、ラメドリトス王国の言葉は精霊の通訳がなくともペラペラだった。

 そして屋敷の精霊(ヴィリギスタ)をどうするのかは、マイホームとして使っている邸に棲んでくれたら良かったのだが、ルーの希望は叶わず集会所を気に入って喜んでいた。

 そんな話を住民たちとしながら食事を終え、入浴をして一日が終わってしまった……なら良かったのだが、もちろんその後は朝まで精霊の棲家(ダンジョン)でお菓子を集めることになったのである。






「昨日からメモをとる暇すらなくドロップ品を集めて、限界以上に脳みそが疲れてんのに、コイツは何を考えてんのかな」


 朝になって、シアさんが食事をとっている横で栗の甘露煮を摘む。口を開けて分け前をねだる豆太たちにも公平に与えたので、レアドロップの甘露煮の瓶はすぐになくなってしまった。

 拠点の精霊の棲家(ダンジョン)は成長を遂げ、新しい魔物とドロップ品に喜んでいたルーは、いまはムッツリしていて、いつ爆発してもおかしくはない。

 ダンジョンがあった街に戻り、ギルドでその後どうなったかを聞こうとしたら、なぜか衛兵に囲まれた。目の前の男はギルド長の話も聞かず、シアさんがパーティメンバーを酷使して分け前をピンハネしていたと詰っているのだ。


「侯爵のせいだと思う?」

「であろうな」

「アホなの?」

「伯父が失礼しました」

「いや、シアさんのせいじゃないから。付き合いのない親族なんて、ハッキリ言ってただの他人だからね」


 シアさんが申し訳なさそうに俯いているけれど、なんにも悪いところはないからね。ルーが昨日、精霊を虐待した者を許さないと言ったのに、あの侯爵サマはまったく聞いていなかったのか? バカな上に貴族をやめたかったんだな。

 シアさんに罪を着せてまで、財産放棄の書類にサインが必要らしい。

 それに加えて、あの娘がシアさんに精霊を盗まれたと証言しているようだ。ラルスのことかと思えば、どうやらルーのことを言っているらしい。

 モテる人の立場をわかっていなかった私が悪いね。男性体で行ったのは間違いだったわ。

 伯爵家を管理していた先代の家令の前で男女どちらの姿も見せたから、見た目の美しさも相まって精霊だと判断されたのだろう。


「いまからでも遅くはない。どちらの屋敷も塵にするか」


 ルーの苛つきは、目の前の小悪党の言いがかりのせいで沸点間近である。

 シアさんを追い出した継母やその子どもたちのことまで持ち出してきて、シアさんを悪者にしたいのが随所にあらわれているのだ。


「さすがにシアさんの前で実家は焼かないでよ。やるなら別荘とか、所有する建物全部じゃないと意味がないからね」


 そういう話ではないが、私もルーに毒されているのかも知れないな。


「この男を見せしめに吊るすか?」

「ちゅりゅしゅじょ!」

「それは良いね! そうしたらちょっとは黙るかも」


 こんな雑魚の話をいつまで聞いてなきゃいけないんだ。侯爵一家がこの街に来るまで拘束するとか、くだらなすぎてあくびが出るわ。


「ギルド長! 黙っていないで彼らを捕らえなさい!」


 おっと。今度はギルド長に飛び火したぞ。ルーの魔術でこちらに近づけないからって、人任せかよ。


「そうは仰られてもですね、代官殿。単独でドラゴンを狩る者に勝てる人間は、俺を含めて知り合いにはいないもんでね」

「……あ゛あぁっ?」


 代官って言う割には、ガラも頭も悪いよなぁ。


「三百年前は、この指輪を持つ者には逆らうべからずと、各国に伝えられておったのだがな」


 男性体に変わったルーが親指の指輪をクルクルとまわす。前にも見たが、ドラゴンの模様が彫られたゴツい指輪だ。


「竜弑帝だと!?」


 なんだ? その二つ名は。男は驚いた割にはまだ疑っているみたいだけど、そんな意味のある指輪をつけてたのか。


「お前が一人で竜を弑したのか?」

「愚かなことよ」


 男の質問にルーは鼻で笑って応え、バカにする態度を崩さない。


「やっぱり与太話か! 単独でドラゴンを倒すことなどありえるわけがないからな」


 向こうも負けじと見下すような視線を向けてくる。さっきまでは下卑た笑い顔だったが、少しだけ焦りのような感情が見え隠れしているな。


「ドラゴンごときに()()()などとは笑わせる。あれらが我より強いとでも?」


 ちょっとふんぞり返って偉そうに言い放つが、ルーの見た目が優男なせいか、あんまり信じられてはいないっぽいけどな。


『どういうこと?』『弑するとは格上を殺すこと故、我よりドラゴンが上など笑止』『あ、そこを否定したんだ? ちょっとわかりにくかったよ』


 とにかく、ギルドはこっち側だな。衛兵たちは上司の命令には従っちゃうか。それなら……。


「おい、待ってくれ! 悪いんだが建物は壊さないでくれよ!」


 面倒だから拳でわからせるかと右手を握りしめたら、気配を察知したのか、ギルド長が慌てて止めてくる。仕方ないから落とすだけにしておくかとムチを握ると、目の前にポータルが開いた。


「突然御前、失礼いたします。天と地の主様、どうかわたくしたちの友人家族をお救いくださいませ」


 目の前に跪き、流れるような薄紫の長髪が地につくほど頭を下げたのは、ローブをまとった女性の姿の高位精霊(マジェマージヌ)だった。


「これは……」


 一番初めに、この大陸各地に散らばるように声をかけたのだ。精霊からの救援依頼が被るのも当然だろう。つまりこれは初のバッティング案件か。


「ギルド長よ。急いでも侯爵らは明後日以降の到着になるであろう。それまで煩いこ奴は眠らせておく」


 話し終わる前に代官はバタリと倒れたが、衛兵が揺さぶっても深く眠って起きなかった。


「この地の領主の位は、侯爵より下か?」

「ここは伯爵様の領地です」


 え〜、なんか微妙。圧倒的に格下って感じでもないし、ねじ伏せられるくらい上でもないからな。


「ならば侯爵が失脚するまで、この件は放っておけ。その後そこに寝ている愚か者を処せば良い」

「まめちゃもぼこす?」

「いや、このような輩など、直接手を下す価値もない」


 ルーの言動がやっつけ仕事っぽいけど、ラルスもシアさんも無事だもんな。もうここには用はないんだけど、大人として後始末まで責任を持たないとっていう義務感しかないわ。


「このような小者は代官として役には立たぬであろう。この機に罷免するが良い」


 言うねぇ。


「すみませんギルド長。後日、必ず顔を出します」


 こんなときもシアさんは真面目だ。そんなシアさんのためにも二度と煩わされないように、侯爵たちにはキチンと釘を打っておかないとダメだな。


「待たせたな、果実の精霊(オーヴィスタ)よ」

「いいえ。わたくしの主が待っておりますので、ご案内いたします」


 この高位精霊(マジェマージヌ)果実の精霊(オーヴィスタ)だったのか。

 ルーがポータルを開いて中に入ると、出口をすぐに開いてシアさんとラルスを拠点に返す。


「ゴメンね、シアさん。来て早々に放ったらかしちゃうけど、食事は炊事場で貰ってね」

「こちらのことは、ご心配なく」


 出口のポータルを閉じて、今度は果実の精霊(オーヴィスタ)が開いたポータルに飛び込む。

 出たところは鬱蒼(うっそう)とした森の中だった。


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