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聖騎士と精霊が仲間になった

 

「単刀直入に申しますと、すでに貴方様の継母や異母兄妹はおりません」


 シアさんが聖騎士の装備であらわれたことから、疑うことなく邸に招き入れたと話す男性と、その妻である女性のふたりしかここには住んでいないらしい。

 あと数人、通いの使用人がいるにはいるが、新しく雇ったからシアさんのことはわからないだろうと言った。

 率直に述べると、彼らはこちらが手を出す必要もなく、すでにザマァ済みだったのだ。


「結局、シアさんがいなかったら平民の家族だもんな」

「身の丈に合わぬことを望んだ結果であろう」


 まぁそのとおりだけど、ルーはなかなかに辛辣だ。

 そもそも、シアさんの父親が悪いと思う。どうせ継ぐ爵位がなくて平民になるか婿入りするしかなかったんだから、義兄を妊娠した継母と結婚したら良かったんだよ。

 親に命じられたのかも知れないけれど、自分にはもう子どもがいるって話さなければいけなかったんだ。

 それでも妻が亡くなった後に再婚するくらいは、継母に愛情があったんだろうか? 義妹が生まれているくらいだし。

 継母の方も、こんな男をよく待ってたよなぁ。子どもがいるのに父親としての責任はどうしたよ。


「彼女らの生活費として、伯爵家のお金がかなり流れたんだろうね。婿なのに度胸があったのか、愚か者なのか」


 シアさんの実母が病弱だったから、侯爵家の人たちからは気がつかれなかったんだろうか? それとも容認されていたとかなのかな? 

 それなのに、再婚してたったの二年で亡くなるとは、まったく予想してなかったんだろうなぁ。


「お嬢様が聖騎士として登録された年から、こちらへの貴族年金の支払いが止まっていたようです」

「まぁ、本名で国へ登録しているなら、いろいろとバレるよね」

「それでも約四年分の年金を着服しておりましたし、療養中とされていたお嬢様はご不在でしたし、直系の子を追い出して貴族の邸に勝手に住み着き財産を食いつぶしたことが明らかになりました。そのため伯爵家の乗っ取りを目論んだとして、すでに刑は執行されております」


 おりませんって言ったのは、現在この邸には住んで()()()んじゃなくて、もうこの世には()()()って話だったの?


「では継母(はは)たちは?」

「正しくは、彼女がフロレンシアお嬢様の継母という事実はございません。お嬢様のお父上が再婚した際に、伯爵家に名を置くのはお嬢様のみとされます」


 継母は父親の後妻ってだけで、シアさんにはなんの関係もない人間あつかいなのか。

 これがこの国の貴族と平民の差ってことなの?


「シアをいじめるヤツらはいないんだな!」

「ええ、二度と目の前に顔を見せることはないでしょう」


 ラルスと豆太の鼻息が荒いが、怯えずに対応してもらえるのは助かる。でも話している内容が怖いよ。


「お父上がフロレンシアお嬢様の代理をなさっていたのは三年ほどで、それまでと合わせると十四年間は当主としてお務めになられました。しかし平民を学園に入学させるために、賄賂としてかなりの額を使ったことがわかっております。そのため、貯えの殆どが消費されていたそうです」


 淡々と説明されているけど、よく考えたらひどい話だよ。教育機関が賄賂に応じたってことでしょう?


「父親たちは、娘から同居を許されていたっていうだけの存在なのね」

「貴族の手当もそのようになっているかと」

「そういえば、わたしには国から支給されている手当があります。結構な額でしたから、聖騎士とは有望された職なのだと思っていました」

「なるほどね。そんなにお金を持っていたから、クズ冒険者らに寄生されたのか」


 就学前の貴族の子女に対して、国からいくら支給されるんだろう。それを聖騎士の手当だと思っていたなんて、やっぱりシアさんも箱入り娘で、閉鎖された空間にいたってことなのかな。

 息子を跡取りにしたい父親の思惑から、シアさんにはマナーや貴族のしきたりなんかは教えても、当主の務めや相続した財産からは遠ざけたかったはずだ。


「では、おふたりはシアさんの帰りを待つために、七年もこの邸に住んでいたんですか?」


 元々は修道院にいたんだし、その後聖騎士として登録されて冒険者の活動しているんだから、シアさんと連絡を取るのが難しかったとは思えないんだけど。


「いえ、旦那様は彼らを放置しておりましたから、私どもがこちらを任されたのは、ふた月ほど前からになります」


 それならふた月前までは、姪っ子を追い出した平民たちが妹に与えた邸にのさばっていたのに、なんの手も打たず放置だったんですか。


「旦那様がお気づきになられたその時は、すでに彼女たちには収入もなく平民にすり寄る貴族も皆無でしたから、いまさら大した害はないとお考えになられたのかも知れませんね」


 それではどうやって生活していたのか。アトゥレクキ伯爵は治める領地もなく、重要な地位についているわけではなかった。

 領民が苦しむことがなかったのは幸いだね。


「そりゃ、病弱の娘を嫁に出すためだから、欲しがるエサが必要だったのはわかるけど。それにしたって伯爵位なんて、かなり太っ腹だと思うけどね」

「旦那様には亡くなった妹、つまりお嬢様のお母上以外には、ご兄弟がいらっしゃいませんでしたから」


 つまりシアさんの祖父にあたる前侯爵は、息子に侯爵位を継がせて、娘には伯爵位を与えたのか。こんなときは親戚の男子とかが黙っていないって、決まっているものだと思っていたよ。


「すみません、話しを中断させましたね。それで、後妻たちはどんな暮らしをここでしていたんですか?」

「それが意外にも、あまり良いものではなかったようですね」


 父親が生存していた頃も、後妻たちは平民だからと貴族としての社交は皆無だった。

 シアさんと亡くなった母親が残した綺麗なドレスを奪って着ても、その姿ではどこにも出かけられず、乳母の娘とその子どもという身分は変えられなかったのである。


「ふたりは私生児でしたが、お父上の子であることは誰が見ても明白でしたので、外に出すことができなかったようですな」


 異母兄とされる男は、三年間貴族が通う学園で肩身のせまい思いをしたようだが、ただの代理である平民に付き合う貴族の子息はいなかったらしい。

 子息子女たちには仲間はずれにしたという意識すらなく、価値観や生活習慣が違いすぎて話がかみ合わなかったと、侯爵家に届けられた報告書にはまとめられていたそうだ。


『報告書に目を通せる立場って、けっこう上の方なんじゃないの?』『この者らは先代の家令夫妻であるな。いまは息子が継いでおる』『おいおい、言っちゃ悪いけど、このボロ邸で留守番してるなんて、何たる人材の無駄遣いなんだ』


 ことしで異母兄は二十五歳か。その当時は父親に逆らえなくても、亡くなった後ならば好きにして構わなかったろうに。

 学園で学んだことを平民として活用して働けばよかったものを、自分のものではない爵位にしがみつかなければいけなかった理由は何だったんだろうか。


「では、わたしの持ち物はすべて売り払われてしまいましたか? 母の形見は残っていないのですか?」


 不安そうにシアさんが問いかける。母親の形見は、父親が亡くなった当日にすべて取り上げられたと言っていたからな。もう十年以上、シアさんの手元から失われたままだ。

 後妻が売り払ってここに残っていなかったら、街中の質屋を探さなければいけないのか? それはもう、今日のものにはならないな。


「こちらを差し押さえた際に帳簿と照らし合わせておりますが、侯爵家が誂えた装飾品は買い取る商会がいなかったようです」


 母親の肖像画は再婚したときに外され、屋根裏に片づけられたとシアさんは記憶していたが、収入がなくなり家探しして、額縁だけが売払われていた。

 たぶん絵は捨てられたんだろうな。豆太がお友だちと一緒に、あちこち探し回ったのだが、シアさんの母親の遺品はどこにもないと言う。

 宝飾品は価値がありすぎて、商会側から買い取りを断られたらしい。そのうえ疑われたので売るのは諦めたと供述したのだという。

 商会だって、お貴族様から目をつけられたくないよな。平民がそんなに高価な宝石を売りに来たら、確実に盗品を疑われるだろうし。


『ルー! この人、取り調べの結果も把握済みだよ?』『侯爵とやらは、ラルスの主と会う気がないのであろう』『シアさんへの対応を任せたってこと?』『左様』『非情だな』


「価値のあるのものはすべて回収されましたし、この邸は近々売りに出される予定です」

「だから内装も寂しげなのか。それにしても家具とかは持ち出すよりも邸と一緒に売るもんだと思っていたよ」


 残っている家具も、値段がつかなかったんだろうか。


「ても、この邸の主はシアさんでしょう? 勝手に売り払うことはできないですよね?」

「残念なことではありますが、お嬢様に残されたものは何もないのですよ」


 侯爵家の前家令の男性は、妻に書類を持ってくるよう頼んだ。その書類は貴族から平民に下るという内容で、アトゥレクキ伯爵位と財産の放棄が記載されている。これに署名したら、シアさんは市井に身を落とすってことか。


「わたしはいまさら貴族としての生き方はできません。ですが、財産の放棄となれば母の形見はどうなりますか? 母が亡くなるまでつけていたペンダントと、手鏡があったはずです」


 十歳の子が求めるものはそれくらいだよな。侯爵家の娘の持ち物だもの、もっと娘に残そうとした物があったはずだ。


「それはこちらにはございませんし、お嬢様には放棄していただくことになります」


 なんだか語調が強めになったな。


「アトゥレクキ伯爵位は、シアさんが嫁にいくまではシアさんのものでしたよね。いくら娘の婿に与えたいと言っても、シアさんが頷かなければとうすることもできないでしょう?」


 そっちがその気なら、こちらはいくらでも争う気があるんだぜ。ここは舐められたらお終いだから、こっちだって強気に出てやる。

 しばし睨み合った後、向こうが折れたのか力を抜く。


「旦那様も、亡くなった母親の形見まで取りあげようとはおっしゃいませんでした」

「それなら――」

「ですがお嬢様が気に入ったらしく――」


 侯爵の娘がそれらを気に入って、シアさんには渡したくないと思っていると?


「伯爵位はもう関係ないから早めだけど返したっていいよ? でも形見はダメ! 返さないとそのお嬢様は鏡を見ることもできなくなるし、宝石を飾る体も欠けることになるよ?」


 ついこの間、ラメドリトス王国の貴族から首飾りを盗んだ娘の首が飛んだんだからね。その母親は指と耳を失ったよ。太っていたからネックレスをつけられなくて、命拾いをしたんだっけ。


「そんな脅迫には屈しませんぞ」

「でもね、人外には関係ない話だな。貴方がどう思っても形見は返してもらう」


 その際に侯爵家が崩壊しても、そこに住む家族が五体満足じゃなくなったって、龍にはどうでも良いんだ。

 ルーは瞳だけを龍体に戻したのか、瞳孔が縦に割れているところを見せつけた。普段は認知させていない体の鱗も隠さずに光らせている。


「ヒィ!」


 なんか、隣からも息を呑む音が聞こえたんだけど。


「で? ずっと放置していたのに、いまさら爵位を手に入れるために行動したのには理由があると?」


 さっさと吐けば乱暴はしないよ。


「これ以上は旦那様の許可が必要ですので――」

「では、いまから行きましょう。ポータルを開くので準備はいりません。ルー、場所はわかるよね?」

「うむ」


 後日出直せなんて言わせないよ。書類を持って、いざ出撃だ!


「ゆくじょ!」

「いくぞ!」


 張り切る二体に(まなじり)が下がる。


「カワユイのぅ」

「ああ、ルーは男性体になっといてよ」

「何故に?」

「年頃の女性なら、たぶんイケメンには弱いでしょ。彼女が素直に渡してくれたら穏便に済むんだから、それが一番手っ取り早いんだよ」


 帝国貴族の衣装で立つと、隣にいたシアさんまでも頬を染めている。


「大丈夫! そう簡単に指をはねたりはさせないからね」


 桃色の頬は、あっという間に青白く色が失せた。その気持ちはわかるので、いらないことは言わないことにする。


 老夫婦を従えたルーがポータルで開いた先は、侯爵家の執務室らしき部屋だった。もう、玄関から入ることすらしなくなったのは、待たされることが面倒だと思っているかららしい。


「旦那様、突然申し訳ありませんがフロレンシアお嬢様が訪ねて来られまして」


 前家令がシアさんを紹介して先ほどのことを説明しているあいだ、私は部屋をあちこちと眺めてため息をつく。


『めっちゃ金持ちっぽいけど、精霊避けはないんじゃない?』『この邸には精霊が好む要素が何もないな』『豆太とラルスは姿をあらわす気がないのかな?』『この者らを好かぬのであろう』


 へぇー? 侯爵家の人びとは精霊から嫌われてるってことか。


「弱った屋敷の精霊(ヴィリギスタ)がおるようだ。豆太よ、小さな隙間に隠れている子を探してきてくれぬか?」

「まめちゃ、ちゅれてくりゅの!」


 半透明を豆太が壁の向こうに姿を消すと、侯爵の顔色が変わり前家令は目を伏せた。


「そなた等の話は済んだのか? シアの母親の形見を出さぬのならば、勝手に持って行くが?」

「姪が何を話したのかは知らぬが、この娘に継がれる財産などない。いいように騙されたのであろうな」

「フム」


 この男はシアさんの伯父でありながら、明らかに嘘をついたぞ。財産がないなら放棄する書類は必要ないだろうが。


「るぅ! たいへんよ! かわいそうなのよ!」


 豆太が慌てふためいて戻ってくると、なにやらいろいろと察したルーが立ち上がる。

 交渉は決裂したらしいな。


「精霊を虐待して、ただで済むと思わぬことだ」


 その精霊は、侯爵の私室にある寝室の奥のクロークに隠されていた。あのゴミ貴族の邸に閉じ込められていた兄弟の精霊たちと同じように、精霊避けの檻の中で蹲っていたのは、小さな女児の姿をした上位精霊(マニェータ)だった。


「このような物」


 腹を立ててはいるが慎重にルーが檻を壊し、優しく屋敷の精霊(ヴィリギスタ)を抱き上げる。


「待て!」


 追いかけてきた侯爵の視線が外に出された精霊の姿を捉えると、膝から崩れるようにその場へ倒れ込んだ。


「お前に伯爵位が戻っても、侯爵位もろとも国へと返すことになるであろう」


 侯爵には目もくれずその横を通り過ぎようとすると、屋敷の精霊(ヴィリギスタ)が必死にしがみついてきた。どうやら侯爵を恐れているらしい。

 ルーの怒りに火がつく前に、下位精霊(マリェンモ)に頼んでシアさんに縁あるものを運ばせると、それはかなりの品数になった。


「これです! この手鏡を、母はとても大切にしていました」


 懐かしそうにその縁に彫られた彫刻をなでているのを見ていると、部屋の外が一層騒がしくなってきた。たぶん侯爵の妻と娘だろう。二人いるらしい息子はどうしたんだろうな。


「まあ! あなた――」


 形見を奪ったこの家の娘らしい、若い女性と目が合った瞬間、相手の瞳がハートになったのがわかった。こんな経験は、ルーに同居しなければわからなかったと思う。しかし同時に身の危険を感じたので、一瞬にしてポータルを開いてそこに飛び込んだ。あれとは交渉なんて出来そうもない。

 もちろん遺品はすべて亜空間収納(インベントリ)に仕舞っているし、シアさんの手を引くのも忘れなかった。

 屋敷の精霊(ヴィリギスタ)は、久々であろう精霊界の空気に喜び、形見を取り返したラルスはコロコロと転がってはしゃぎまわる。


「ごめんね、シアさんの考えどおりにはならなかったみたい」


 この後ルーは、必ず精霊がされたことへの報復を行うだろう。どのみち侯爵家には未来がなかったと思うが、素直に形見を渡せば屋敷の精霊(ヴィリギスタ)には気がつかなかった可能性もあったはずだ。その場合、少しは貴族として存えることもあっただろう。


「いいえ。あなたは約束どおり、わたしに母の形見を取り返して下さいました」


 ラルスと共にあなたのために働きますと、そうシアさんが言い切ったので、もう侯爵家とは関係がない。

 拠点の仲間に聖騎士と修道院の精霊(クロスタガート)、そして屋敷の精霊(ヴィリギスタ)が加わった。やったね!


ここまでお読みいただき、ありがとうございました


うまくまとめられず、長くなってしまいました。

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