貴族って
この街に滞在している精霊たちは精霊の棲家にやってくる冒険者を吟味しているようで、思ったよりも多かった。
豆太が風にのって街の隅々まで声をかけまくった結果、ギルドの中は精霊たちと連れてきた証人らしい人々でごった返している。
転がされたパーティメンバーは、彼らの姿を見て怪訝そうな顔をしたり顔を青ざめさせたりしているので、思い当たるフシが無いわけではなさそうだ。
「この騒ぎは一体なんだ!」
小間使いの少年が連れてきた衛兵は三人で、男性ひとりと女性三人を引っ立てるには微妙な人数だったが、ここまで大事になったので手伝う者は余るくらいだろう。
「これよりパーティ四名による、アトゥレクキ伯爵令嬢フロレンシア・リティン・イリアールの殺人未遂について審議する。遅れる者もあろうが、着いたものから証言せよ。まずはそなただ」
「は、はい!」
壁沿いに立っていた青年は、女王様のようなルーにいきなり指されて慌てて返事をする。彼を連れてきた上位精霊は、彼が近くのレストランの給仕だと話していた。
「彼らは先ほどまで、うちの店に来てました。うちには個室はないんですけど、デート用に客席が衝立で仕切られたテーブルがふたつあるんです。そこでしばらく話してましたよ」
「この者等は、精霊の棲家から即、このギルドに来たと申しておるが?」
「それはおかしいです! 店には他にも店員がいますから、僕が嘘をついていないことはすぐにわかります」
まぁ、そうだろう。いきなり証言を求められて、なんの得にもならないことに嘘をつく理由はないからね。
「では、そこな門番よ。彼らがいつ精霊の棲家を抜けたか証言せよ」
帰りの門にいた男性が指されると、手もとにある紙をめくりながらその時間と彼らの前後に出た冒険者の名を答えた。その冒険者たちがさらに証言したので、彼らが精霊の棲家を出てから少なくとも二時間が過ぎていると判明した。
「ニ時間前だと? 緊急要請をする気がなかったのは明白だな」
「生きてんだからいいじゃない」
「愚か者め。我は初めに伯爵令嬢の殺害未遂と申したであろう」
ギルド長があきれ顔でそう言うと、不貞腐れたようにイサベッラが減らず口をたたく。それを聞いたラルスは、もういつ暴れだしてもおかしくはないくらいに、カタカタと震えている。
ラルスをなだめるためなのか、ルーがパーティメンバーの運命を示唆するが、不満顔の彼らが理解しているのかは不明だ。
「人の命をなんだと思ってるんだろうな。生きてたからって、チャラにはならないでしょ」
ラクティスの時はポーライナが主犯で間違いないが、彼女は貴族だった。もしも親が介入したなら、生涯幽閉くらいの減刑をされる可能性だってある。だが、ジョージィは処刑される未来を変えることはできない。
それがここでの貴族と平民の差なのだ。
パーティのメンバーはシアさん以外平民だから、この国の法で確実に罰せられ、そこから逃れることはできない。被害者は冒険者だが、聖騎士のうえ貴族の子女だ。罰は重くなっても軽くはならないだろうな。
「次はそこな職人よ、発言せよ」
見た感じはわからないけど、職人? なのかな。細面の男性だけど、本当のところはどうだろうね。
「あの、僕はシアさんが殺されそうになった話とは関係ないと思うんだけど、二日前に踏み倒された矢の細工代を取り立てに来たんです」
「どろぼうは、わるいこよ?」
「左様。豆太は賢いな」
矢を使うのは狩人のエンマかな。同じことを思ったのか、ギルド内にいる人たちの視線がエンマに集中する。
ルーと豆太については、もうリアクションをとる必要がないだろう。
「ちょっと! あれはエマにくれたんじゃないの! エマのこと、可愛いって言ったじゃない」
上体を起こしてはいるが床に座ったままの姿で、エンマは若い男性に噛みついている。
「僕は職人なだけで店は親方のものだよ。店の商品を勝手にあげるわけないだろう」
「だって、前はタダだったわよ!」
「違うね。あのときもシアさんに話したら、代わりにちゃんと払ってくれたよ。言い聞かせるから衛兵に訴えるのは許してほしいと、何度も頭を下げられたんだ」
たしかに関係ないかもしれないけれど、エンマの罪がプラスされたな。
それから何人かが証言して、シアさんを置いて帰ったにも関わらず彼らは一度宿屋に向かい、代金で揉めて追い払われていたことがわかった。
そこが定宿だったのか、ひとり部屋をとった女が毎晩男の部屋で寝泊まりしているなどど、わりとどうでもいい話も暴露された。
ラルスは、シアさんがやり繰りしているのに使わないなんて部屋代が勿体ないとカンカンだったが、イサベッラとフリエタはお互いが二股をかけられていたことに気づき、口汚く罵り合っている。
ふたりに手を出したオーガスティンが一番悪いのに、なぜ浮気男を責めないのか不思議だ。
「ウソだろ」
イサベッラかフリエタのどちらかを好きだったらしい男性が、ふたりの本性を見せられて落ち込むのを見ても、しらけた気持ちにしかならなかった。
次々と話される証言を、衛兵とギルド職員が議事録のようにまとめている。それにサインをして証言者は帰っていった。
ルーは証言者が役目を終えて帰ると、彼らを見つけてきた精霊にお礼として魔素を惜しみなく与える。貴重な龍の魔素を得て、精霊たちは大喜びで建物の外で待つ主のもとへ戻って行った。
主を持たない精霊には、ちゃっかり私たちの拠点を紹介していたのには笑ってしまうが、『甘味の楽園』を実現させるためには、小さなことをコツコツと進めることも大切なのだ。
「ずいぶんとシアさんに迷惑をかけていたみたいだね」
ギルド内には職員と衛兵、そして転がされたパーティメンバーと私たちの他には誰もいなくなった。
みんなきょうの話を肴に、飲み屋で一杯引っ掛けに行ったのだろう。
「もうそのゴミらに用はない。精霊らに嫌悪され、まともに暮らせるとは思わぬことだ」
「いや! シアさん助けて!」
ルーは立ち上がりシアさんが持つラルスを気遣いながらも、パーティメンバーたちには冷たく言い放った。
それを合図に、調書を書き終えた衛兵が無理やり立たせて連れて行こうとすると、ようやく我に返ったのかエンマが哀れな声を出した。
「シア、キミはアイツらのママじゃないんだよ。いっしょうめんどうをみて、アイツらにいいようにつかわれて、そんなふうにいきていくつもりなの?」
「ありぇは、わるいこよ! おともらちじゃないの!」
ラルスと豆太がシアさんに言い聞かせると、シアさんは目をギュッと瞑ってしばらく考え込んでいた。そうして一つため息を吐くと、諦めたような表情でかつての仲間に声もかけずに歩きだした。
「あ、明日にでも顔を出しますので、今日のところはひとまず休ませてくださいね」
手続きがまだあるかも知れないとギルドの出入り口で思い出したので、振り返っておじいさんに伝えてさっさと出ると、すぐに陰を背負った背中にぶつかった。
シアさんは、もう一歩も歩けない程にダメージを負っていたようだ。ギルドのお抱え治療師が診断書を書いて治療した後なので、体ではなく心の傷が深いことはわかっている。
「生家に行くのは後日にしましょう。きょうはもう休んだほうがいい」
「いえ、もうこれ以上酷いことは起こらない気がします。少し休みたいので、嫌なことは片づけてしまいたい」
疲れた精神に鞭打つようで心苦しいが、億劫なことはついでにやっつけてしまいたい。なので、シアさんの申し出をありがたく受け取らせてもらった。
「それじゃあルー、ポータルを開いてくれる?」
「良かろう」
あんなパーティメンバーでも、五年以上一緒に活動していたからか空気が重い。
ポータルから出た目の前には、貴族の家にしてはこぢんまりした造りの邸が建っている。貴族が住む住宅街にしては寂れた印象を持つくらい、活気とは縁のない雰囲気が漂っていた。
この邸がボロく見えるのは、庭木が整えられていないからかも知れないな。
「ここ?」
「ええ。あまり覚えてはいませんが、こんなに汚れていたでしょうか?」
シアさんは記憶の中の建物といま現在の景色を、頭の中で比べているらしい。
「十三歳で追い出されてからは、一度も戻らなかったんだよね? 帰りたいとは思わなかったの?」
「――そうですね。やはり両親ともに亡くなり、わたしの家ではなくなったからでしょうか」
いや、シアさんは母親の直系なんだから、いま住んでいる親子よりも後継者に近いでしょうよ。
「こんちは〜。あけて〜」
「豆太、ここに住む悪人には容赦せぬようにな」
ふたりはやけに好戦的だな。それに比べて、先ほどまで怒り心頭に発するといった様子のラルスだったが、いまはチラチラとシアさんの顔色をうかがう仕草をしている。
「どなた様でしょうか?」
玄関先で話していると、家主にしては落ち着いた雰囲気の男性が出てきてこちらを誰何した。貴族が自分で玄関を開けたりはしないだろうから、この人はこの邸の使用人だろうな。
「こちらはアトゥレクキ伯爵様のお屋敷で間違いありませんよね?」
「はい。左様でございます」
シアさんを振り返り、この人誰? と目で問うが、十年以上経っているからか、見覚えがないらしい。
「我の用件は、親の遺品を引き継ぐべき者に返すことよ。ここにはシアが受け取るべき品が残されておるのだ」
「シア様とは、どなたのことでしょうか?」
突然訪れて偉そうにするルーに、いつか通報されないか不安になる。けれど対応してくれた男性は怒るわけでもなく、優しい口調で問いかけてきた。
「らるしゅのおともらちよ! このこよ!」
「わたしは、フロレンシア・リティン・イリアールです。十三の歳で修道院に出されましたが、れっきとしたアトゥレクキ伯爵家の娘です。この邸は義兄が継いだのでしょうか?」
シアさんが名乗る前に、なぜか豆太が乗り出して答える。たしかに豆太よりもシアさんの方が若いのだが、豆太から『この子』なんて呼ばれるのは複雑な心境だ。
「このような場所では何ですから、どうぞ中へお入りください」
邸の中に通されたが、照明も調度品も少ないように見えた。
比較対象が領主のセドリックさんの邸とかだから、比べる方が悪い気もするな。
一階にある客間に通され、シアさんとならんで座ると、数分後には男性と同じ年頃の女性がお茶をいれてくれた。
改めて名を名乗り、シアさんは聖騎士として登録した際に届けた本名をもって、本人だと証明してみせた。
「たしかに貴方様はフロレンシアお嬢様で間違いないようです」
男性はシアさんの伯父である侯爵の使用人で、夫婦でこの邸を管理しているらしい。
「もう少しお戻りが早ければ、状況は変わったかも知れませんが……」
重い口を開いて男性が話したことにシアさんは目を丸くし、ラルスは悔しそうに歯ぎしりのような音を出している。
「マジですかぁ」
継母と異母兄妹の件は、侯爵が出向いてすでに決着がついていたが、シアさんが継ぐべき爵位は、侯爵の娘の婚約者に与えるための手続きに入っているらしいのだ。
私は今日中には片づかなそうな雰囲気を察して、徹夜で佐々木商店に籠もることを覚悟したのである。




