パーティメンバーはボロを出す
わたしの名前は、フロレンシア・リティン・イリアール。アトゥレクキ伯爵家の長女で、今年二十三歳になりましたが、ここ十年のあいだ姓を名乗ることは一度もありませんでした。
いまは聖騎士として冒険者たちとパーティを組んで活動しています。
十歳のときに母親を亡くし、翌年には父親が再婚しました。お互いに連れ子がいましたが、継母からすべて父の子だと教えられ、当時のわたしは酷く衝撃を受けたものです。
継母は父の乳母の娘で、父は母との婚約前から彼女に手を付けていたらしく、あちらの連れ子は二つ上の少年と五つ下の少女でした。
父は婿入りする予定でしたから、ふたりを我が子とは届け出ていなかったため、再婚時に養子として届け出たようです。ですが父の養子になったとしても、母方の爵位を継ぐ者はわたしのみで、父は子爵家の三男でしたから子どもが継ぐ爵位はないのです。
それどころか父が継母と再婚した時点でアトゥレクキ伯爵家とは縁が切れ、わたし以外は平民となるところでした。父がわたしの後見者だからこそ、邸に留まることを許されていたのです。
父は異母兄を後継者にしたかったのか、わたしが病弱であるために助けが必要だからと無理を言い、彼を貴族しか通わない学園へ入学させたのです。
母の両親が生きていてくれたのならば、このような真似は一切させなかったでしょうが、わたしが三歳になる前に相次いで亡くなったと聞かされておりました。
その父もわたしが十三歳で亡くなり、継母は異母兄をわたしの代理として仮の当主に据えました。もし届け出ていたら伯爵家の乗っ取りを企んだとして処罰されたでしょうが、あくまでもわたしの代理としての当主だったようです。
わたしがそれ以降の伯爵家の様子を知らないのは、父が亡くなり半年も経たず継母から修道院へ追い出されたからです。それからは姓もなくただのシアと名乗っています。
継母は平民でしたので、修道院についてはあまり知らなかったらしく、わたしを送る際に修道院への寄付金を渋ったようでした。そのため、わたしは終身まで修道院でお世話になることはなく、五年の奉仕活動と聖騎士としての修行の後には修道院を去り、俗世に戻ることになりました。
この時点でわたしは、継母の思惑とは異なる人生を歩み始めたのです。
「ギルド長」
全身鎧をまとった大男が、受付の女性からこちらに視線を寄越した。後ろには三人の女性が疲れたような表情で立っている。
「オーガスティンか、どうした?」
「メンバーがダンジョンではぐれて」
「おい、そんなにのんびりしている場合か! 捜索者はどうするんだ?」
「いや、金がなくて」
オーガスティンと呼ばれた男はバツが悪そうな顔をしていたが、出せるお金が無いとはっきり言い切った。
いや、中堅以上のパーティでお金がないなんて嘘でしょ。どんだけ浪費してるんだよ! お前の盾と鎧を売り払ってお金にしたらどうなんだよ。
「どこではぐれたんだ?」
「中層だが、わりと奥まで進んでいたから」
そうか? 私たちはかなり進んでから、ようやく気づいてポータルを使ったぞ。あれが中層の奥なら、あの精霊の棲家はかなり深いね。
「ちがう! シアはもどろうっていったんだ。なのにオオモノをねらうんだって、オマエタチがむちゃをしたくせに!」
ラルスは怒り心頭といった様子である。シアさんが宥めるように掴んでいなければ、彼らに襲いかかったかも知れない。
「中層の奥か――最低三人は動かさないと危険だな。こちらで保障できるのは一日だが、君たちが同行するなら人員を減らして日数を増やすこともできるぞ」
保障内容が本当なのかは知らないけど、ギルド長はそう言ってメンバーを見渡して、シアさんへ悪意がないのか判断しようとしているように見えた。
「ええっ? アタシはムリ。疲れているからもう休みたいし。きょうはお湯付きの部屋が良いわね」
小柄な女性がにべもなくそう言うのを、ラルスは怒りで震えながら聞いている。豆太はその感情に影響されているらしく、プラチナのたてがみが逆立っていた。
彼女が斥候役のイサベッラだろう。
「おい! そんな金はないだろう?」
ハーレム男がそこじゃないだろうという箇所を指摘するのを、ギルドの職員たちがあきれ顔で聞いているのがわかる。指摘するならお金の無さじゃなくて、シアさんの命をなんだと思っているかなんだけどな。
「ねぇ、ギルドでお金を貸してくれない? アタシたち、全財産を持ってた子がいなくて宿もとれないのよ」
この人は確実にシアさんへの悪意があったんじゃないかな。シアさんの名前すら呼ばないじゃん。
それに自身の全財産を、パーティメンバーとはいえ他人に預けることってある? シアさんへと視線を向けると、悲しそうに俯き首を横に振った。
「オーガスティン、お前リーダーだろう。捜索しているあいだにドロップ品を査定しておいてやるから、ここに出して行け」
「いや……」
「どうした? 早くしろ、はぐれたというパーティメンバーが心配じゃないのか?」
「だって」
拗ねたような口ぶりの女性がフリエタだな。この女性は顔色が悪く、魔術師だろうローブを着ている。見た目からしてなんだか不健康そうな感じだ。
「それも全部シアが持ってるんだ」
「はぁ?」
心底軽蔑したような態度のギルド長は、シアさんが無事と知っているから演技をする気がなくなったんだろう。
「わたくしはもう行けないわ。魔力がなくて魔術を使えないもの」
フリエタはローブの裾を気にしたような素振りをしながら、自分が捜索には足手まといだと言う。
たしかに体力がなさそうだが、シアさんを案じているような言動が見られない。足手まといには違いないが、もう少しシアさんへの配慮があれば擁護されただろうが、ギルド職員たちの目にはマイナスにしか映らないだろうな。
「とりあえず、そのはぐれたという場所まで案内してくれ」
「…………」「…………」「…………」「…………」
「どうした? なぜそんなに捜索を渋る? まさかお前たち、わざと見殺しにしてきたんじゃないだろうな」
「違うわよ!」
気が強そうなイサベッラが不愉快そうに即否定をしたが、それを信じる者はいないだろう。
「あの! エマはケガをしてて」
いままで一番後ろで話を聞くだけだった女性が、初めてここで口を開いた。
「エマ? まだメンバーがいたのか?」
「アハハっ。違うわよ、この子ったら自分のことを名前で呼ぶの。でも名前はエンマなのよ? それなのにエマはぁ〜、エマがぁ〜って」
イサベッラがバカにしたようにあざ笑うのを、エンマは悔しそうに上着を握りしめて耐えている。
「そんなことはどうでもいい、ケガはどこだ?」
ギルド長の発言はもっともだが、パーティメンバーたちはどうしても精霊の棲家に戻りたくないらしい。
「あ、あの。あの、足」
「普通に歩けていたじゃないか」
「あ、ガマンしてるから」
「治療師を呼べ」
「えっ。い、いらないです」
「なぜだ?」
「えっと…………お金、がないからです」
口を開けばお金がない話ばかりだ。ギルドに来ないでこの街から逃げ出していたら、シアさんのスカウトは簡単に済んだはずだったのにな。
「お前たち、何か隠しているだろう。呼ぶのは治療師よりも衛兵が先か?」
「いや、オレたちはなにも怪しいことなんてしてないぜ」
「じゃあなんでメンバーひとりだけに荷物運びをさせてんだ? 自分の荷物は自分で持つもんだろう」
「だって、エマには亜空間収納がないし」
エンマがゴニョゴニョと言い訳をしているが、亜空間収納を持たないなんてなんの意味もない。そんな冒険者は星の数ほどいるのだ。
むしろ亜空間収納を持っていたら、最低限のサイズだとしてもメンバーから重宝される。待遇を良くしてパーティから抜けないようにしたとしても、他のメンバーから苦情が出ることはないだろう。
「どの冒険者も荷物は背負うかして、体に固定して運んでいるがな」
「だって…………」
「こんな時に困らないように、荷物を分散させるってのは常識だぜ? オーガスティン、リーダーのお前も知ってるだろう」
「ちょっと! やめてよ。言うわよ!」
「ベッラ! やめろ」
リーダーであるオーガスティンが責められたことで、イサベッラがヤケになったかのように叫ぶ。
「シアはアタシたちの稼ぎを独り占めしてたのよ。アタシたちが逆らえないから」
フリエタとエンマは口をあんぐりと開きっぱなしだし、止めたはずのオーガスティンも目が点だ。それも数秒で持ち直したのか、表情を取り繕って苦しそうな顔をつくった。
「言いたくなかったが、じつはそうなんだ」
そこからはシアさんがいかに女王様のごとく振る舞っていたのかが、メンバーの口から湯水のように溢れ出てくる。特にオーガスティンとイサベッラ、フリエタの三人が、監視員に逆らえない自分たちは被害者だと言い募るが、ギルド長は黙ってそれを聞いていた。
曰く、パーティの稼ぎをひとりで所持し、最低限しかメンバーには分けなかったとか、戦闘もロクにせずドロップ品を拾い集めていたとか、宿の部屋はいつもひとり部屋で、ほかの女性三人は一部屋に押し込められていたとかだ。
「ぜんぶオマエタチのことじゃないか!」
ラルスはカタカタと音を出すほど、怒りで震えているし、ルーはラルスのために、バカなメンバーの首を刎ねても良いかなという気持ちに傾いている。
私はショックを受けて沈んでいるシアさんに、どう声をかけたら良いものかと思案していた。
「喧しい! そんなに話したいなら、お前ら全員衛兵に話を聞いてもらえ!」
「やめろ! オレが何したってんだ」
「ちょっと、なによ! 気安く触らないで!」
「やめてよ、エマは悪くないわ」
「魔石があれば、こんな縄なんか焼き捨ててやるのに!」
さすがギルドで働いているだけあって、女性といえども侮りがたし。四人はあっさりと捕縛され、床に転がされた。
「テメェらまとめて訴えてやる!」
「わたくしの魔力が戻ったら、こんなところ吹き飛ばしてやりますわ!」
オーガスティンとフリエタは、まだ被害者のつもりらしい。
「そんな魔力が無いことは、ギルドに登録しているんだからバレているわよ」
受付の女性がうんざりしたように言い、衛兵を呼ぶように小間使いの少年に指示を出すと、その子はギルドの外へと駆けて行った。
「魔石で底上げしてたんだろ。お前らのパーティがドロップした魔石を売らないのは、ギルド内では有名だからな」
フリエタはあまり魔力がないらしく、魔石で補充しながら魔術を使っていたようだ。以前はいた精霊も嫌気をさして逃げたのだろう。
「シアが喋ったのね! 忌々しい。アイツのせいでわたくしの人生がメチャクチャだわ」
恩を仇で返すとはこのことか? 魔石を売らずにフリエタに渡していたのなら、差し引きした収入の補填をしていたのはシアさんだろう。
見栄を張って魔石を購入しないと魔術が使えないことを隠していたくせに、図々しいにも程があるな。
「お前らの言葉だけじゃなく、戻ったらシアの話も聞き取らないとな」
「アイツなら死んだんじゃないかしら。いまさら捜索したってもう手遅れよ」
ギルド長がウンザリしてそう言うと、カッカしていたイサベッラが口を滑らせた。
「どういうことだ?」
「洞窟内が崩れたもの。きっと埋まっていて見つからないでしょうね」
コイツ等は、精霊の棲家が崩れたのを知っていたのに、シアさんを置いていったのか。
さすがにいまの発言は身を滅ぼしかねないと、床に転がったまま言い訳を考えているかように黙り込んでいる。
「大方、ここで何を話すか話し合ってから来たんだろう。お前らがダンジョンから出てしばらくしても、ここに来なかったのはわかってるんだ」
「そんなの嘘よ」
「ダンジョンからいつ出たのかは、調べればすぐにわかることですよ」
悔しそうにイサベッラが否定をするも、すぐに受付の女性がギルド長の発言を肯定した。
「そ奴らの罪を明かすなどわけもない」
もう待つのも限界だったのだろう。ルーは姿隠しの魔術を解くと、豪奢なソファに体を預けているかのようにふんぞり返って彼らを見下ろした。
その隣には、悲しそうなシアさんがラルスを膝に置いて座っている。
「この街におる精霊たちに伝えよ。こ奴等が何を企みここに来たか調査し証人を連れてくるのだ」
「ゆくじょ!」
豆太が風をまとって勢いよくギルドから飛び出すと、下位精霊のみならず高位精霊までもが各方位に散って行った。
「彼らの命も風前の灯って感じだな」
精霊たちは嬉々として街を飛び回り、彼らの足跡を辿って企みを詳らかにするだろう。
「素直に謝ったら多少は罪も軽くなったろうに」
彼らを片づけたら、次はシアさんの生家の番だ。
ここまでお読みいただき、ありがとうございます
登場人物紹介
シア(フロレンシア・リティン・イリアール) 23歳
金髪 青目 貴族(アトゥレクキ伯爵令嬢)
聖騎士7年目 ラルスの主
ラルス 聖杯の姿 上位精霊 修道院の精霊
ゴミパーティー
オーガスティン 重戦士 28歳 パーティリーダー
無責任 二股をかけている(イサベッラとフリエタ)
イサベッラ 斥候 ナイフと投擲 21歳
小柄 神経質 ワガママ 初犯は15歳と9か月
フリエタ 魔術師 女 24歳 見栄っ張り
魔力と体力ともに低い
エンマ 狩人 女 19歳 怠惰
パーティに加入の際、母親に大反対された
二十歳になる前に村へ帰る約束である
エンマの母 39歳 寡婦 ピナプ村在住
ギルド受付 おじいさん、女性40代 女性20代
ギルド長 壮年男性 ガタイがいい 赤銅色の髪と髭
親族
父 36歳で没(10年前) 元子爵家三男
母に婿入りしたが、すでに継母との子がいた
継母 46歳 平民 父の乳母の娘 未婚で二児を出産
父が結婚後も関係を続けていた
息子が爵位を継げないことに不満を持つ 13歳のシアを追い出した
異母兄 25歳 病弱なシアの代わりに当主を努めている(ことになっているが、伯爵家の乗っ取り) 表向きは養子だが、父の実子である
異母妹 18歳 6歳で伯爵家に移ったため、平民だった記憶がない ワガママで浪費家
母 27歳で病没(13年前 シアが10歳の時)
侯爵家長女 幼い頃から病弱だった
母の両親 侯爵夫妻 ふたりとも故人
娘が病弱だったので伯爵位を餌に婿を募った
伯父 45歳 母の兄 十五年前に父親から侯爵位を継ぐ
伯父の妻 41歳
伯父の長男23歳 次男20歳 長女16歳




