パーティの解散を希望します
「ん? あのとき出口で会ったのに、なんでギルドにいないんだろう?」
入り口からグルリと建物内を見渡せば、先ほどはたまたま席を外していただけだったのか、空いていた窓口には二人の女性が座っていた。
だけど目的のハーレムパーティは、どこにも姿が見えない。というよりもここでは冒険者たちが待機しないらしく、用が済めばすぐに立ち去ってしまう。
荒くれどもが酒を飲むスペースはもともとないので、長居は無用なのだろうな。
「いなーい。わるいこはいないの」
「ほらな! やっぱりアイツらなんて、しんようできないんだ!」
「そんなことを言ってはいけないわ。わたしのことをギルド長と話しているのかも――」
「屑らは、ここにはおらぬ」
ルーさんや、もう少しオブラートに包んで話してはもらえないかな。豆太たちが敵認定しているからか、ルーはシアさんの仲間を屑呼ばわりし始めてしまった。
シアさんが落ち込むとラルスが――凹んでいるのかは、パッと見ただけではわからないな。もちろん物理的に凹んでいる箇所は、どこにもないんだけどね。
「精霊の棲家内で怪我人を保護した」
「なんと! 捜索人を呼ぶ必要は?」
「必要ない。同行者はすでに精霊の棲家を出でおる」
「なんと! 捜索人の要請はまだありませんな」
突然ルーが受付のおじいさんに話しかけ、シアさんを保護したことを説明しだした。シアさんが勘違いしてゴリラのように暴れたところは、配慮したわけではなく端折っている。
おじいさんは手もとに置いてある端末のような物を操作して、シアさんとそのパーティの情報を確認しているらしい。
『もしや思ったよりも科学が発達してる?』『あれは魔道具であるが、そう考えても構わぬ』『そうなの? たしかに理解できないところとか、そんなに違いはないもんね』
それはお前の知能の問題だろうという空気感が漂うなか、パーティメンバーを精霊の棲家に残したままで、報告にも来ないことに職員がざわついている。
窓口にいた女性のひとりは、奥のドアから責任者に報告に行ったようだ。
「それで、捜索がいらないというのは?」
許可証の片割れを持ってきたのかと受付のふたりに緊張感が走るが、ちょっとだけ忘れていただけなのでシアさんにかけた魔術をいったん解いてもらった。
「あの、まだそうと決まったわけでは」
急に目の前に現れた女性の姿に、ギルドの職員は驚きの表情で固まっていたが、その視線を集めていたシアさんは、居心地悪そうにしながらも仲間をかばうような発言をしている。
つきあいが長いであろうシアさんの気持ちはわかるが、ルーは完全にラルスの肩をもっているので、メンバーに悪意があったら報いを受けることは避けられないだろう。
「無事で何よりでした。しかしシアさん、こういうことは時間が勝負だと、昔っから嫌というほど教わったろう?」
「――はい」
しょんぼりしているシアさんには悪いけど、きょうは集会場もつくったし炊事場も増やしたから、みんなに説明しておきたいんだ。つまり早く帰りたい。
精霊の棲家でメンバーとはぐれることは命にかかわるから、救助には一秒もムダにはできない。それなのにいまだにパーティが報告に来ないということは、後ろめたいことがあると言っていると同じなのだ。
「シアさんと救援者のあなたはこちらへどうぞ」
奥に進んだはずの女性が左の通路から声をかけてきた。
「まめちゃは? まめちゃも?」
「もちろん豆太も同行せねばならぬ」
「そうだね」
「らりゅしゅも?」
「うん、シアさんの上位精霊だから一緒に行くよ」
豆太は自分とラルスが呼ばれなかったから、お留守番だと思ったんだろうか? それを面倒だと思わないルーは、子どもの『なんで? どうして?』にも強そうだな。
「はぁ〜。各国のギルドで伝説と呼ばれている存在に、こんなダンジョン都市でお目にかかるとはな」
ガタイの良い壮年の男性が椅子から立つと、開口一番そう話しかけてきた。赤銅色の髪とヒゲが印象深いが、メタリックではないだけで地味に感じる自分が怖くなってくるよね。
この部屋には彼の執務机と本棚、そして小さめの応接セットしかなかった。
勧められたクッション性の低いソファに腰を下ろし、向かい側にはギルド長が座ると、呼びかけた女性が退出した。ここではお茶は出ないようだ。
「我は長居をせぬ。屑を片づけ、ラルスの願いを叶えねばならぬ故」
「ラルスは上位精霊です」
ギルド長が片眉をクイッとあげて、ルーの話に疑問を持ったようなリアクションをとると、慌ててシアさんがラルスの説明をした。
それを聞いてギルド長は軽く頷き、大火熊の黒のドロップ品が品薄だったからいくつか狩って欲しかったと残念そうに言う。
「ひとつだけですが、わたしたちも狩りました」
そう言ってシアさんが亜空間収納から革袋を取り出した。
ギルド長が受け取り中身を確認している間に、私も同じ革袋をテープルに三つ並べる。
「じゃあ、これも査定してください」
道案内の下位精霊たちは、龍相手に迂回路は必要ないと、シアさんのところまで最短距離で進んだ。その結果、バカみたいな量の魔獣たちに襲われ、やむを得ず返り討ちにするハメになった。
ルーはどのドロップ品にも興味がなく、豆太が集めてくれた戦利品はすべて私の亜空間収納に収まっている。
「三つか! さすが伝説の冒険者だな。さすがに白はないか?」
「白には会わなかったですね」
ギルド長は検めた中身に問題がなかったらしく、職員を呼んで指示を出した。支払いはルーに確認して現金で貰うことにする。
黒のドロップ品は胆丸薬で貴重な胃腸の薬らしく、革袋の中には真っ黒で二ミリ程度の丸薬が二百粒入った小瓶がちんまりと収まっていた。
「とにかくこの者は精霊の棲家の下層に取り残されておった」
「そうだ! ぼくのシアをおいてったんだぞ!」
「わるいこはたいじすりゅ! えい! えい!」
ルーの報告に精霊たちが興奮しだしたが、静と動が極端な二体である。ラルスはまったく動かないが、豆太は自分の頭を左右に振り下ろし、仮想の敵を切り倒しているらしい。
「ルー?」
「そなたが話すが良い」
ルーは孫たちを愛でるため、ギルド長との話を放棄したようだ。
テーブルの上で動き回っているので、気が散ることこの上ないが、どういった状況でシアさんを助けたのかを詳しく説明した。精霊の棲家に入る際にパーティメンバーとぶつかったことや、口喧嘩をしながら去っていく姿を見たことも、忘れずに話しておく。
シアさんをスカウトしたいので、パーティは解散の方向で話をもっていくことに力を注いだ。
「彼女のパーティ加入も、監視員を兼ねていたからなぁ」
シアさんがゴミパーティに加わったのは、重戦士、斥候、魔術師の三人パーティによるラルスの窃盗未遂事件がきっかけだった。
初犯で反省もしているし、実行犯である斥候のイサベッラが未成年だったから情状酌量もされたらしいが、被害者に監視員を命じるのは恐ろしい国だと思う。
「シアさんは十八歳だったんだよね? こういうことって、もっと年配の人がすると思っていたよ」
「未熟者ではありましたが聖騎士として認められていましたし、冒険者は移動が多いのですから年配の方だとご家族が困るのではないでしょうか?」
「そうなんだ。ずっと同行するのは大変だろうね」
規定の日にギルドに顔を出して、近況報告するのではいけないのだろうか。どれくらいの期間、監視員がつくのか知らないが、シアさんが報復で襲われなくて良かったよね。
『この国では、監視員に対する攻撃は死罪だな』
淡々とした口調でルーが伝えてきたのは、かなり物騒な内容だった。それにこちらの話を聞いていたとは思わなかったよ。
「それで、彼らの監視期間は終わっているんですか?」
「はい。二年間で終了しました」
「終了してから、さらに三年か。そこまで居心地のいいパーティじゃ無さそうだがなぁ」
顎ヒゲをなでながらギルド長が同意でしかないことを言う。聖騎士ってお堅いイメージなのに、シアさんはなんであんなハーレムパーティに居続けたんだろう。
「あのときは、新メンバーとして入った子の母親と約束をしておりまして」
あー、二十歳になる前に村に返せってやつね。聖騎士が相手だからと信用したのかも知れないけど、その母親も無茶を言ったよね。
冒険者なんていつ亡くなってもおかしくないのに、そこまで心配なら人任せにせず自分がついて来たら良いじゃないか。
「狩人のエンマか。現在十九歳だな」
「ええ、あとひと月と数日ほどで、西にあるピナプ村に送っていかなければいけないのです」
「もうおとなだぞ。ひとりでかえれるでしょ」
すかさずラルスが口を挟むが、シアさんのあの表情では納得したとは思えないな。
「かいさんしようよ!」
「かいしゃんよ!」
豆太はわかって同調しているんだろうか? 悪い子扱いしているんだから、友だちにはなりたくないとは思っていそうかな。
「失礼します。ギルド長、彼らが来ました」
受付の女性が、ギルドにパーティメンバーがやって来たことを知らせてくれた。それを聞いた精霊たちが、さらにヒートアップする。
「シアさん、仲間が信頼できないことをしたときには、私のところに来てくださいね」
「――――」
「私は信頼できなかったらと言いましたよ?」
「――わかりました」
やったね、ようやく承諾してもらったぞ。あとはメンバーの言動しだいだ。
ギルド長に断ってから、ルーに姿を消す魔術をかけてもらう。これが済んだらシアさんの家だな。
ルーが飽きてしまう前にはやく解決して欲しいよ。




