ゴミパーティに尽くす義理はないと精霊は言った
「落ち着いたのかな?」
「はい。わざわざ精霊の棲家の奥まで助けに来てくださったのに、大変失礼をいたしました」
「けんかはめっなの!」
「豆太の申すことには従うように」
「それは言い過ぎ!」
ぷりぷりと説教をする豆太に対しても、申し訳ありませんと腰をかがめて目を伏せる女性は、ちょっと前まで大暴れしていたとは思えないほどの、しおらしさだった。
ゴリラがお姫様になったわ。しかも金髪で青目かぁ。陽の下で見れば顔立ちも整っていて美しく、ツリ目がちだけど大きな瞳は意志の強さを感じさせた。
いまの彼女なら、クリスティーナさんみたいなドレスを着ていたとしても、違和感はまったく見つからないだろう。
精霊の棲家から出てすぐの広場の片隅で、自己紹介を兼ねていくつか情報交換したところ、彼女の名前はシアと言い聖騎士として冒険者をしているようだ。
そして彼女は、自分の精霊をラルスと呼んでいる。
「ごめんなさい」
うん、思っていたよりも普通にしゃべるんだね。声は幼い男の子みたいで正直なところ違和感しかないので、なんとも言えない居心地の悪さを感じてしまう。
目の前にいるのは精霊の棲家に転がっていた、なんの変哲もない木のカップだ。
「カップっていうか、これはゴブレットと呼ぶべきか?」
大きさは二十センチ前後だけど、ワイングラスみたいにステムがある。てもそのステム部分はそれほど長くも細くもないし、対して液体が入るボウル部分は大きくてずんぐりしている。
かわいいイラストで見たことがあるような、手足と目や口がついているタイプではなく、どこから見てもただの木のゴブレットだ。
ボウル部分の外側には翼を広げた鳥の彫刻がしてあり、冠羽と尾羽は燃えているように見えることから、モチーフは不死鳥ではないだろうか。
放射状に彫られたその尾羽は、ぐるりと一周してステム部分からフットまで続いていた。
「ん! これは蛇?」
尾羽の先には蛇の頭が舌を出している姿も彫られていた。これは不死鳥ではなくコカトリスなのか?
「わたしがいた修道院では、子孫繁栄と健康を司る鳥の王の姿だと伝えられていました」
シアさんがラルスをよく見えるようにと、ゆっくりと回してみせてくれると、ラルスは古びた木製のゴブレットから黄金に変わった。
コカトリスの目の部分や、燃えるような羽には、宝石や螺鈿のような細工が施されている。
「はぁっ!?」
「こちらが本来の姿なのですが窃盗騒動が絶えないため、普段は盗まれないように擬態してくれているのです」
「へぇ〜。そうなんだ。すごいね」
「精霊の姿に制限などないが?」
「たしかにクラスチェンジの度に姿が変化してるんだから、そんなことも可能ではあるよね。でもここまで無機物な精霊を見たのは初めてでさぁ」
「井戸の精霊を見たであろう?」
「そう言われたら、さっき人形の子を見たばかりだったね」
生き物じゃない姿の上位精霊を見たのは、これが初めてじゃなかったや。でも人形の姿はそれほど違和感がなかったんだよね。
「らりゅしゅはうごかにゃいの?」
「うん」
「修道院の精霊とは、そのようなものなのだ」
「活動的ではないってこと?」
「左様。滅多なことでは動かぬし話さぬ」
ルーの知識では、修道院の精霊らは半分人工的につくられた精霊とも言える存在だった。修道院に限らず宗教関係の施設では精霊を神聖化しており、下位精霊たちを遺物とともに崇めているのだ。
ドラゴンを倒した英雄の剣だとか槍だとか盾だとか、聖女が湧かせた泉の水を汲んだ杯だとか、祈りを込めた首飾りだとか、そんな遺物のレプリカと化した修道院の精霊たちも、信者たちの祈りによって力がつくらしい。
それをルーが止めない理由は、精霊に害がないからという点のみである。もしも修道院や教会や神殿が、金儲けのために精霊を売り払うまねをしていたならば、この大陸から宗教施設は消え失せていただろうね。
「あの! お話し中失礼しますが、仲間がまだ精霊の棲家内にいるかも知れないので、早めにギルドで確認したいのです」
「もうやめようよ」
「ラルス? どうしたの」
そこからはラルスの長い話を聞かされた。
精霊大好きなルーが、精霊が拙い言葉で伝える訴えに耳を貸さないはずもなく、私と豆太は早々に飽きてしまう。一緒に聞いているシアさんは、話の内容に青くなったり赤くなったりと忙しそうだ。
それは、シアさんが父親を亡くした十三歳のときに義母から修道院に放り込まれた年から現在に至るまでの十年間の、悩みや不満や泣き言などの秘密を暴露されたのだから仕方ないよね。
「ラルス、そろそろやめて欲しいの。わたしだってこんなこと、人に知られたら恥ずかしいわ」
ずいぶんと小さな声だったが、ようやく制止の声がかかる。だがラルスの話はすでに先ほど精霊の棲家に取り残された件を説明し終わっていたので、ほぼシアさんの半生を聞いたと思って良いだろう。
「あの、いま聞いた話は忘れていただきたいのですが」
丸裸にされたシアさんは肩肘を張る必要がなくなったからか、伯爵令嬢として育った素の話し方に戻ってしまった。
十歳で母親を亡くしたシアさんの父親は、翌年には後妻と二人の連れ子を屋敷に迎え入れた。後妻は父親の乳母の娘で、父親が母親と結婚する前に義兄を産んでいたのだ。つまり連れ子二人は父親の子であった。
しかし義母は平民なので、婚外子として父親の子としては届けられず、再婚の際に義兄と義妹を養子としたらしい。
そのとき義兄は十三歳で平民だったにも関わらず、立場を伯爵家の養子としたために学園への入学を許された。体の弱いシアさんの補佐をするためとか、テキトーにそんな理由をつけたようだ。
当時、義妹は六歳になったばかりで状況がわかっていないようだったが、贅沢な暮らしにすぐに馴染んでワガママばかり言うようになった。
そのときに奪われた母親の形見を思って、冒険者となったシアさんはラルスに泣き言をこぼしていたらしい。
まさか何年も経ってから、知り合ったばかりの私たちの前で暴露されるとは思わなかったのだろう。
「あいつらもキライだ! ぼくをぬすもうとしたんだぞ」
シアが所属しているパーティメンバーたちは、ラルスに言わせればゴミパーティらしい。元々はラルスを奪おうとした三人組のパーティだったが、心を入れ替えた様をシアに見てもらいたいと、パーティ加入を願われたのだと言う。
だが実際はシアを良いように使い、自分たちは楽をしているとラルスは訴えかけている。
「でも、エンマの母親との約束が」
「あれだって、せきにんてんかだったよ!」
エンマとは依頼を受けた村に住む狩人の娘で、三年前に加入した弓使いだ。村から出たくてパーティ加入を希望してきたが、母親に大反対されていた。
シアはその母親に、エンマに怪我をさせるなと厳命され、エンマが二十歳になる前には村に返す約束をさせられたようだ。だから今年でエンマは、故郷の村に帰らなければいけないのだと言う。
リーダーは重戦士の男だが、顔が無駄に良く安請け合いをしがちで、そのしわ寄せがすべてシアに集まるのだとラルスは言った。
「こんかいだって、しあはもどろうっていった! なのに、あのかおだけおとこが!」
「フム、それはチカがハーレムパーティと称した、あ奴らであるな」
ああ、喧嘩しながら精霊の棲家から出てきた四人か。シアさんを中に残して来たわりには、慌てた様子はなかったな。ただ男女で言い争う姿が、浮気がバレた男とその彼女たちに見えただけだ。
「ほら! たすけをたのむことすらしないじゃないか!」
豆太なら脚を踏みならして怒りを表すところを、ラルスはまったく動かないため、声だけが大きくなっていく。
「みんなが精霊の棲家から出られて良かったわ。でも共通財産の管理をしていたのはわたしなのよ? わたしが持ったままだと、ほかのみんなが困ってしまうわよ」
ラルスが、あんな薄情な奴らとはもう関わるなと言えば、シアが共有財産の持ち逃げは犯罪だと諭す。
預かっている額がどれくらいかは知らないが、その財産ごと見捨てるくらいなんだから、慰謝料がわりに貰っておけと私は思うんだが。
「フム。我らとともに来るならば、そなたが奪われた形見を取り返してやるぞ」
「そうすべき! ぜったいに! しあはそうしたらいいよ!」
「ラルスが見ず知らずの人をそこまで信頼するのは珍しいけれど、わたしはもう十年以上邸に帰っていないのよ? 門前で追い払われるのがオチで取り返すなんて無理よ」
「あぁ、まだ言ってなかったや。私は人間じゃないよ」
「えっ?」
シアさんが驚いたようにこちらを見ているが、まあ、その気持ちはわかる。何言ってんだと軽蔑したような目を向けられなかっただけマシだ。
「るぅなのよ! ちゅよいの! わるいこはめっよ!」
豆太が偉そうにする理由はないと思うが、ルーが満足げに頷いているから、精霊としては正しい態度だったようだ。
「ですが……」
「精霊の棲家から出たときに許可証を提示したんだから、遭難してるってギルドから探されたりはしないよね? なら、シアさんの仲間たちがどう動くのかこっそり観察したらどうかな?」
信用できない行動をしたなら、もう縁を切っていいだろう。いまギルドで救援を求めているなら、そのうち出口の門番に確認しに来るだろうから、そのときは共通財産を配分してから解散したら良いじゃないか。
「いいね! そうしようよ! あいつらといっしょにいるぎりなんてないんだ」
こんな異世界で、いいねを貰ってしまったな。
「でもねラルス、仲間を試すようなことをしてはいけないと思うの」
そんなことを言ってたら、いつまでたっても私たちは家に帰れない。
「ルー、姿を見えなくする魔術はシアさんも一緒だとどうなるの?」
龍の姿で低空飛行する際には、ルーは地上から姿が見えないようにしていた。鱗が白いからそう簡単には見つけられないと思うが、ドラゴンの襲撃と勘違いされて無駄な警戒をされないように、体全体を覆う魔術だった。
あれならこっそりギルドへ行っても気づかれないと思うのだ。
「ともにおれば姿は見えぬ」
「じゃあ、それで偵察に行ってみよう」
「構わぬ。気づかれたくなくば、声を出さぬよう」
ルーの返事にラルスは喜び、シアさんは渋々といった様子で頷き、注意に従った。
「ゆくじょ!」
「おお!」
豆太が号令をかけ、ラルスが応える。それを嬉しそうにルーが見ていて魔術を展開させた。
「なんて見事な……」
シアさんが呆気にとられているけれど、聖騎士って格好いいよね。どんな魔術が使えるんだろう。精霊の棲家にいたくらいだから、拠点でのチョコ集めも手伝ってくれそうだよね。
私たちは新たな仲間を手に入れるべく、足どりも軽くギルドへと歩を進めた。
ここまでお読みいただき、ありがとうございました




