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麗しの聖騎士様を簀巻きにする

 

 集会場の外観の残念さに地の底まで落ち込み、ツィルフリートさんとの交流でだいぶ持ち直した私は再度上空へと浮かんで、トイレや入浴場、炊事場と井戸の場所を確認した。


「やっぱり余計な不和を生まないためにも、バランス良く配置しないとね」

「その程度の距離など誤差であろう」

「ルーは距離なんて関係ないからわかんないんだよ」

「フム」

「おともらち?」


 プルプルと震えながらやってきた下位精霊(マリェンモ)を視界に入れ、私はセバルトさんたちに会った日のことを思い出した。

 ルーが言うには、この龍の棲家の北にそびえ立つ山脈の東側にあるテピトラ王国から、この下位精霊(マリェンモ)はポータルを使ってやって来たらしい。

 どうやら精霊の棲家(ダンジョン)内で困っている子がいるらしく、助けを求め精霊界を訪れた際に、ルーの噂を聞いたようだ。

 困っている子が来ないのは主が動けないからで、その子も精霊界を自力では通れないと言う。


「へえ? なんか事情がありそうだね」

「うむ」

「行くんでしょう」

「当然であろう」


 まぁそうなるよね。ルーが精霊の関することを、無碍(むげ)に扱うわけがないんだよ。

 私たちは庭に果樹を植えていた親子に出掛ける旨を伝えると、震える下位精霊(マリェンモ)を労いながらポータルに姿を消した。






「わたしもここまでか」


 フリエタたちは逃げ切れただろうか。退路が崩落していたが巻き込まれてはいないだろうか。もうわたしには回復魔術を発動する魔力も、回復薬も残っていない。撤退した仲間たちが救援要請してから、一体どれくらいで助けが来るのだろう。

 オーガスティンがちゃんとエンマを村まで送り届けるだろうかと考えれば、彼女の母親との約束が胸に響き手が震える。


「ラルス……」


 修道院を出る際に渡された聖杯が手の中で輝くのを最後に、わたしは暗闇に落ちていき意識を失ってしまった。






 私たちがポータルから出ていまいる場所は、テピトラ王国の中央よりも北側にあるナウナウという街だ。

 ルーは亜空間収納(インベントリ)からパスポートサイズの金属板を取り出して、街に入りたい人たちを審査していた門番に見せる。すると、思ったよりもあっさりと街門を潜ることができた。

 面倒なやりとりがなくて良かったのだが、この街のどこかに目指すべき精霊の棲家(ダンジョン)の入り口があるらしい。


「いっぱいね」

「そうだねぇ」


 この街に住む住民たちに加え、精霊の棲家(ダンジョン)に挑む冒険者やハンターがいるのだろう。

 蒐集家(コレクター)精霊の棲家(ダンジョン)のドロップ品を求めて、数カ月にも渡って滞在するケースもあるらしいから、この街には純粋な住民と同じくらい外部の者がいるようだ。


「ポータルから直接精霊の棲家(ダンジョン)に入れたら良かったんだけどね」


 どうやらそれはルールに反するらしく、現世を通らずに精霊の棲家(ダンジョン)に行くことは不可能だった。もちろん精霊の棲家(ダンジョン)から別の精霊の棲家(ダンジョン)に渡ることもタブーとされている。


「我もそれには同意するが、出来ぬものは出来ぬのでな」

「いきなりこんちは! はめっなの」


 たしかにそうかも。例えば相手が家族だとしても、突然寝室に入ってこられたら嫌だろうからね。

 午後だというのに、これから精霊の棲家(ダンジョン)に入る冒険者は少なくない。広場の一角に煉瓦(レンガ)造りの(ゲート)があり、その奥は真っ暗で何も見えなかった。門番は列に並ぶ人たちの何かを確認して、問題がなければ進むことを許可している。


「ルー? 門番がいるよ。見た感じ、なんか入場チケットみたいなものが必要なんじゃない?」

「広場の奥にあるギルドで、許可証を買わねばならぬのだ」

「みんな、あしょびにきてもいいのよ?」


 精霊的にはオッケーなのに、人のルールでは精霊の棲家(ダンジョン)への立ち入りを限定しているのかな。豆太が良いって言っても門番は通してくれないよね。


「仕方がないな。モタモタしている時間はないんだから、サッサとギルドで許可証をもらうか」


 (ゲート)の横を素通りすると、その先には建物がなかった。煉瓦の厚さも三十センチ弱だった。これも固定されたポータルみたいなものなのだろうか。

 数メートル歩いた先にあるギルドはそれほど大きくない建物で、町の交番よりは広いかなと思うくらいだ。


「すみませーん。精霊の棲家(ダンジョン)に入りたいんですけどぉ」


 受付にはおじいさんがひとりだけで、あと二つある窓口は無人だった。私は思い込みで耳が遠そうだと考えて、心持ち声をはって話しかけてみた。

 おじいさんは私がひとりで精霊の棲家(ダンジョン)に挑むことを渋っていたが、ルーが街に入るときに出したパスポートのような板を見せると、唖然としつつも許可を出してくれた。

 ちなみに持っていた大銅貨で支払ったが、十ガドが高いのか安いのかは判断ができなかった。


「水族館や動物園の入場料としてなら妥当なのかな」


 許可証は数字が刻まれた薄めのかまぼこ板にしか見えない。もしも精霊の棲家(ダンジョン)で事件や揉め事が起きたならば、許可証の番号で相手を確認することができるらしい。

 だが一番の目的は、ドッグタグと同じように遺体を識別するために使う。かまぼこ板は二つに割れるので、遺体を見つけたらパキリと割ってギルドに持ち帰り、提出する義務があるのだと言われた。


「さてと、じゃあ行きますか」


 来た道を戻ると、薄っぺらな(ゲート)から出てくる草臥れた冒険者たちとすれ違う。表から入り裏から出てくるらしく、裏にいた門番が許可証の番号を照会していた。

 あのように出入りした情報を控えておき、出てこない人がいないか調べるんだろうな。


「困ってる子はどんな主についてるんだろうね」

「愚か者にはつかぬであろう」


 どうだろうね。馬鹿な子ほど可愛いっていう言葉もあることだし、精霊が好きだと思ったら愚か者でも主にしちゃうんじゃないかな。


「ぼく、よそのこのおうちはにかいめよ」

「二回目? それっ――」


 (ゲート)の裏側に近づいたため、少しだけ横に逸れた拍子に出てきた冒険者の女性と肩がぶつかってしまった。

 謝る暇もなく次々と仲間が出てきてギャイギャイと喚き散らしているが、どうやら私に対してではないらしい。

 鎧姿の大きな男を中心に、身軽な装束の小柄な女性と紺色のローブを着た女性、矢筒を背にした女性の四人が言い合いをしている。


「なんか忙しそうだから放っておくか」


 悪いのはお互い様だし、ルーの体が頑丈だから痛くはなかったが、相手も痛がる様子はない。絡まれては面倒なので、こちらに気が向く前に退散しよう。

 列に戻れば前には三人組だけで、私が許可証を見せれば門番は一瞬怪訝そうな顔をしたものの、すんなりと通してくれた。


「如何した?」


 ここまで案内していた下位精霊(マリェンモ)が、先ほどのパーティを気にする素振りで揺れていたらしく、ルーが気遣うように声をかけた。


「悪い子たちらしいな」


 あれがかの有名なハーレムパーティってヤツかと思って観察していたから、下位精霊(マリェンモ)から悪い子と判断されて納得する。

 この国だって一夫一婦制なのだ。ひとりの男性が複数の妻を持つのも、その逆も認められた関係ではないから、精霊も嫌うのだろう。


「精霊はそのような些末事、気にせぬが?」


 そうかな? そうかもな。ならなんで悪い子なんだろうね。

 長いトンネルのような洞窟を進むと、土壁の迷路が目の前に現れた。この精霊の棲家(ダンジョン)は下へ下へと迷路のような洞窟の中を進んでいくようだ。


「それで? もっと下の階層なの?」


 目の前の下位精霊(マリェンモ)は、こちらについて来てとばかりに縦揺れして先を促した。

 精霊の棲家(ダンジョン)に入ってから、下位精霊(マリェンモ)が交代したのは三回目だ。この精霊の棲家(ダンジョン)のすべてを知っているわけではなく、自分の縄張りのようなものがあるらしく、拠点に助けを求めてきた下位精霊(マリェンモ)は、わりとすぐに黄緑色の子と交代した。

 それから赤茶の子を経て、いま私たちを案内しているのは白銀の子である。


「なんだかレアっぽい色合いだよね」

鉱石の精霊(エルツァギュイス)であるな」


 銀の鉱石なのかな? 


「ねぇ、目的地がわかっているならポータルで行けないの?」


 目の前の下位精霊(マリェンモ)はピタリと止まると、錆びた扉を開けたときのように、ギシギシと震えながら振り返った。

 下位精霊(マリェンモ)はふわもこなため表と裏の違いがわからないが、状況的にたぶんこちらを向いたのだと思う。


「そなたが最後の導き手か?」


 ブンブンと縦揺れしているのは肯定しているんだろうか。ルーが試しにポータルを開けば、銀の子はいきなりそこに飛び込んだ。


「わぁい! ゆくじょ〜」


 豆太は止める間もなく大喜びでついて行ったので、私たちも遅れないように飛び込んだ、


「出口は精霊界じゃダメなんだよね?」

「この度は抜け道として使った故、問題はない」

「てぃかぁ! いたのよ〜」


 豆太が呼ぶ方向には、銀色の胸当てをつけた金髪の女性が半分土砂に埋もれて転がっていた。


「生きてるかな?」


 頭部は無事のようだが、ほかは薄暗くて確認しづらい。ルーが頭上に明かりを灯すと、女性は腹部から下が埋まっていて、上半身には怪我が見当たらなかった。


「助けを呼んだ子はそばにいないのかな?」


 意識を失った主のそばを離れる精霊はいないと思っていたけどね。


「そこで震えておるではないか」


 ルーが指し示す場所には木製のカップが転がっている。たぶんこの女性の手のひらから落ちたのだろう。


「のどが渇いたのかな? とりあえず体の上の土砂を退かそうよ」


 申し訳ないが、こんな時はすべてルーに任せてしまう。ルーが土砂を軽く浮かせたタイミングで、私は女性の両脇に腕を回して土砂の山から引っこ抜いた。


「血は流れてないみたいだけど、骨がどうなっているかは判断できないな。すぐにオルシャさんのところに連れて行こう」

上位精霊(マニェータ)も忘れずに連れて行くぞ」


 ん? どこに――


「い゛や゛ぁ〜。しあがぁ゛あ゛あ゛〜」

「あの?」

「う゛ぎゃあ゛ぁあ゛〜」


 これほどの声量が、なぜこの場に響き渡っているのか。その叫び声の出どころは、間違いなく転がっている木のカップである。


「ラルスに何をする!」


 目覚めた女性はゴリラみたいに暴れまくり、私の話を聞いてくれなかった。

 自分が命を落としかけたことよりも、精霊の危機に頭がいっぱいなのだろう。


「よっこいせっと!」


 女性を力技で拘束しようとすると精霊が泣き叫ぶため、ルーは制圧できずタジタジだった。

 私は仕方なく女性をムチで拘束したあと、木のカップの姿をした精霊ごとロープでぐるぐる巻きにした。


「私たちって救援要請で駆けつけたんだよね? なんでこんな目に合うわけ?」


 疲れ切った私たちは捕獲したゴリラを簀巻きにして肩に担ぎ、ポータルを精霊の棲家(ダンジョン)出口まで開き近道して探索を終えた。


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